LEITZ'S GUYS
どったのセンセー
Season 1
S1 EP1 「障碍児をショーカイ!?」
エリック・レイツは帰って来るやいなや帽子を地面に投げ捨て、父親であるスウェイツ・レイツに向かって愚痴り始めた。
「父さん聞いてくれよ。またバイトをクビになった」
リビングでソファに座りテレビを見ていたスウェイツは彼の方を見ることすらせず答える。
「いつものことだろ。今度はなんだ、そもそも何のバイトだったか。消毒液工場?」
スウェイツは家でも職場でもスーツを着ている。彼に言わせれば、「フォーマルこそノーマル」だそうだ。
「工業用アルコールを飲んで依存症になっただろ」
「じゃあペンキ塗りの仕事?」
「相棒がシンナー中毒になって見逃してた罪でクビ」
「コールセンター」
「じじいのクレームにキレすぎて受話器を叩き割ってクビ」
「レジ係」
「コカイン吸うために札パクってクビ」
エリックは扉を苛立ちながら閉めた。スウェイツがため息交じりに言う。
「どれも続かねえな。お前にやる気が足りないんじゃないか?」
「そんなことない。やる気はあるんだ。今クビになった仕事はラブホテルの警備員。良い仕事だった。警察よりも市民を直接守れてた」
エリックはスウェイツの隣に座る。
「じゃ、なんでまたクビに?」
「客の貞操を守ろうとしてクビになった」
スウェイツは再び大きなため息を吐いて、立ち上がった。
「まあ、いいさ。とにかく手に職付けろよ。俺はこれから夜勤に出かける。新しい番組を考えろってんでしばらくカンヅメだ。売れて新しいドデカ番組を作んなきゃならん。人気だった『ゆっくりジェームズとゆっくりメリッサの我らがUSA』が終わっちまったからな」
つまり、こういう番組である。
「ううう、なんだか生きづらいわ。酷い劣等感を感じるの。ねえメリッサ、素晴らしいコミュニティにいると思い込むことでそれに属している自分も素晴らしく価値のある人間だと錯覚できるような事件は無いかしら」
「分かったぜジェームズ。それじゃあ他国のやらかしを外国人の嘘くさいコメントと共に紹介していくぜ。まずはヘイトがあって叩きやすい国から行くぜ。鉄道関連の中国のやらかし二〇〇選だ」
番組を思い出して舌なめずりをした。
「ああいう、弱者を食い物にするビジネスは儲かるんだ」
「ま、父さんも父さんで大変なんだね。僕はロバートと遊んでるよ」
エリックはつば付きの帽子を拾って被りなおし、裏庭へ向かった。
キッチンのガラス戸を開けて裏庭に出ると、ロバートが日光浴をしていた。プールサイドで寝そべり、マットを敷いて甲羅干しをしている。
「ロバート、遊ぼうぜ」
「今お日様を浴びてるから無理。僕が変温動物だって知ってるでしょ」
ロバートはワニである。身長二メートル、百数十キロの巨体。のしかかられたらひとたまりもないだろう。だがロバートは賢い。こうして人語を話せるくらいには。そして理性もあるのでむやみやたらに人を襲ったりはしないのだ。
「バイトをクビになって暇なんだよ」
ロバートが面倒くさそうに体を起こし、サングラスを摘まんで上げた。サングラスの部分だけ日焼けの跡が無い。
「じゃ、新しいバイト探せば?」
エリックは眉をひそめた。
「むぅ。そんなに簡単じゃないんだよ。なんなら一緒にやるか?」
「良いね。ダッチワイフが欲しかったんだ。……デスロールの練習用だよ」
スウェイツが会議室に着くと、既に暗澹たる雰囲気がその場を支配していた。はっきり言って、すぐに良いアイデアが出るとは思えない。つまりすぐには帰れないのだ。そもそも仕事はこれだけではない。これが終わったとしても開放されるわけでもないのだ。
同僚のロランド・フリンが声を潜めて言う。
「なあ、俺たちいつ帰れるんだろうな。せっかく今日は『SWAT THE HELL!?』の放送日なのに」
スウェイツが、ロランドの黒い肌にぽっかりと浮かぶにきびを見ながら返す。
「しょうがない。受け入れろ。良い案を誰かが出せばその分早く帰れるんだ。さっさとやっちまおうぜ」
ほどなくして、会議室にギャレット・ジョーンズがやってきた。彼はスウェイツとロランドの上司である。白い肌に禿げかけた頭。よくある白人中流層である。
「さて、『ゆっくりジェームズとゆっくりメリッサの我らがUSA』が放送終了となった今、新しいタマを見つける必要がある。私の息子の為にもな。睾丸に生まれつき問題を……どうでもいいか。ともかく、再装填の時間だ。シリンダーに弾丸を送り込み、撃鉄を起こし、即座に引き金を引く必要がある。この一連の動作を迅速かつ的確に行わなければならないぞ。
今重要なのは何よりも数字が取れる番組だ。低俗的な奴らの自尊心をくすぐる番組でも良いし、中流層の下を見て安心したい気持ちを満たしても良い。上流層はダメだ。数がいない。ゴキブリ一匹とライオン一匹は同じ価値だからな。ある程度金がかかってもいいが、安上がりであればあるほど良い。誰かアイデアは?」
会議室が静まり返る。
「なんだ、誰も案を考えてきていないのか? 社会人だろ。そうだ、分かったぞ、一番目を恐れているんだな。じゃあ俺が当ててやろう。フレック、アイデアは?」
「ええと……そうですね。我々の今一番のライバルはYoutubeですよね。だから今までテレビには無くて、Youtubeにはあったような新しい風を吹かせるのが良いかと。例えば……そのですね。そうだ、自分では何もコンテンツを生み出さないで、他人の作ったコンテンツにケチをつけまくるってのはどうです? そうだ、そういう番組を二つ作れば永久機関ですよ」
「違うっ。そんなのはYoutuberのカス共の方が慣れてる。どうしても勝てんぞ。Youtuberもテレビも本質的には同じなはずだ。一般女性と不倫するとかクスリやるとか、一杯共通点があるだろ」
「人間の汚い欲望をくすぐる所とか?」
とこれまた同僚のトーマス。
「そうだ。よく考えれば、『ゆっくりジェームズとゆっくりメリッサの我らがUSA』もそういう番組だったな。そのセンで行こう」
「えぇと……人間の汚い欲望と言えば性欲だから……そうだ。アニメはどうです? 可愛い女の子がいっぱい出て来て、それが特にドラマも無いまま童貞くさい主人公にやたらとベタボレするとか」
「それは既に日本がやってるだろ。性欲の観点は素晴らしいが、それに置いて日本の右に出る者はいない。今はネット配信で日本のきったねえアニメが電波で垂れ流し状態だからな。かと言って高潔だと一般ウケしない。いい感じにダーティーで炎上しないくらいにはクリーンじゃないと」
その時、天啓がスウェイツの頭の中に降りてきた。ちょっと人間としてどうかと思う案ではあったが、帰りたいと言う欲望は強かったし、何より彼はテレビ人間だ。ドブ川に墨汁が一滴落とされたとて、誰が気にするだろうか?
「これは妙案ですよ。障碍者を売り物にしましょう!」
「ほう。感動ポルノかね。しかし、感動ポルノなど別に珍しくも無いと思うが」
「違います。本当に売り物にするんです。養子に出ている障碍者をかき集めて、それをテレビに出すんです。で、まあ適当に「わーこの子にはこんな悲しい過去があるんですねぇ。泣けますねえ。えーんえーんそれじゃあ募金をよろしく」とかなんとか言っとけば良い。で、里親をテレビで募集する。そして本当に里親が成立したら仲介手数料をちょこっと頂く。感動ポルノと人身売買で二倍お得ってヤツです」
「しかし、批判は集まらないかね?」
「批判? 我々はあくまで可哀想な子供のために里親を探してやってる立場です。だれも文句なんか言いやぁしませんよ」
「なるほど……アリだな。書き留めておこう。誰か他に案は?」
こうして会議は続いたが、結局スウェイツの出した案以上にギャレットを唸らせる案は出てこなかった。
「刑務所の囚人を集めてパイ投げ大会は?」
「ゴーグル無しのサバゲーなんてどうでしょう」
「心臓が弱い人だけをターゲットにしたドッキリ番組はどうです。死んだら墓代くらいは出しましょう」
「暴力沙汰を起こして干された芸能人を集めてガチンコデスマッチ!」
結局スウェイツの案が採用され、彼自身がプロデューサーを務める新番組、『障碍児をショーカイ!』が製作開始された。
エリックはロバートと一緒にアイスクリームトラックでのアルバイトを始めた。簡単な仕事だ。店主のバーナードさんと一緒に町の至る所を周り、肥満体系のアメリカ人に冷たい砂糖菓子を売りさばく。バーナードさんが運転とアイスクリーム作り。二人はレジ係だ。
バーナードさんはウクライナ生まれらしく、時折ロシア訛りに似たウクライナ訛りが隠しきれていない。かれ曰く、両親は英語とロシア語両方を教えたので、家ではウクライナ語を話し学校では英語を話していたそうだ。
ロバートが訊いた。
「バーナードさんはどこで生まれたんです? ウクライナの土地には詳しくないですけど」
「まあ、聞いたら分かるさ。そのくらい有名な都市だからな。ウクライナで一番有名だぞ。チェルノブイリだ。そう、例の原発事故が有名な都市さ。まあ、そこで生まれたつっても、避難したのが物覚えも無いガキの頃だからな。両親はその事故を機にこのアメリカへやってきたらしい。どうせなら放射能の影響でハルクみたいになりたかったよ。もしくは放射能の影響を受けた生物に噛まれるとか」
エリックが年甲斐もなく目を輝かせて言った。
「放射能とスーパーヒーローは切っても切れねえっすよね。鉄腕アトムは原子力で動くし、X-MENは放射能で能力を得たし」
ロバートが手をひらひらさせながら彼の話に答える。
「でもさ、そんなことは現実にはありえないよね。現実だったらX-MENはX線で白血病になってオダブツだよ。『白血病と悪性腫瘍と癌を抱えて戦う正義のヒーロー』ってのはなんとも格好がつかないでしょ」
バーナードさんが笑いながらアイスクリームマシンに手を掛けた。
「ま、それもそうだな。ロバート君の言う通りだよ。現実ってのは手厳しい。俺もヒーローを志した時があった。スーパーマンのX線での透視をやろうとしたんだ。女の胸が見たくてね。そしたら訴えられたよ。酷い話さ」
「じゃ、俺たちで新しいスーパーヒーローをやりましょうよ。そうだな、謎めいた正義の味方、3X!」
「良いアイデアだと思うけど、ちょっとX-MENのパクリっぽいね」
「じゃ「X cubed」”Xの三乗”にしよう。3Xよりも大きい数字だ」
「ハハハ、そりゃいいな。昔劇で使った衣装があるぞ。行くぞっ、ヒーロートリオX cubed!」
こうして、ヒーロートリオX cubedが結成された。
リーダーはロバート。これは戦力的な意味である。なにせ彼はワニであるので、ひったくり犯にも強盗犯にも痴漢にも大勢のヴィランにもデスロールを繰り出して倒してしまえる。つまりX cubed最強の存在なのでリーダーに抜擢された。
そして知能担当バーナード。彼は年の功と高校中退の学力を駆使し、敵に知能的な攻撃を仕掛けるのが役割だ。
最後におとぼけ担当エリック。ヒーローが三人集まれば一人くらいはユーモアたっぷりなお調子者がいる。スパイダーマンやキレンジャーなど、枚挙に暇がない。ただシリアスなだけのヒーローものはつまらない。たまにはユーモアが必要だ。
そう、これこそが我らがヒーロートリオ、X cubed。カリフォルニア州の小さな町を守るため、彼らは今日も出動する。
行け、X cubed! 帰るな、X cubed! 世界から争いが消える、その日が来ても!
エリックは他の二人と共にはバーナードさんの家で衣装を着て言った。
「エピソード1、『未知との遭遇』。俺たちはX cubed。放射能から力を得た古き良きスーパーヒーローだ。リアリティに関しては、たまたま俺たちが癌と白血病に対するウルトラ抗体を持ってたことにしよう。その方が後で「X cubed募金」を始めやすくなる」
「でもさ、エリック。スーパーヒーローには対となるスーパーヴィランが必要でしょ。ドクター・ドゥームとかヴェノムとかギャラクタスみたいなやつが」
バーナードさんが顎に手を当てて考え、衣装棚の中に両手を突っ込み何かを探し始めた。
「じゃ、それも俺たちでやろう。エリックにはこっちの、ロバートにはこっちの。そして私はこれだ」
ヒーローの衣装ははヒーローらしい真っ青な全身タイツだったが、こちらはヴィランらしい鎧である。SFに出てくるような、ビームを耐えられそうな見た目のアーマーだ。
「スーパーヒーローX cubedの最大のライバル、スーパーヴィランZ cubed!」
しかしこれではヒーロー活動ができない。あーでもないこーでもないと話し合った結果、ヒーロー一・五人、ヴィラン一・五人という結論に至った。
スウェイツ考案の『障碍児をショーカイ!』の準備が着々と進められていた。番組のセットをスタジオに作成し、MCは名物司会者のトム・スパンキーが務めることとなった。慌ただしく準備が行われるスタジオの中でギャレットはスウェイツに訊いた。
「レイツ君、番組の用意はどうだね。新しいヒットに期待しているから、しっかり頼むよ」
「大丈夫です。もう全部オッケー。第一回は聾唖の子供が出演します。耳が聞こえない子供と、その子とコミュニケーションを必死に取ろうと努力する里親。これは良いドラマが作れますよ」
「里親はもう見つかっているのかね?」
「候補が何人かいます。一人に絞ると尺が取れなさそうなので、「色々と里親候補を見てもらって子供の意志で決めてもらう」という建前の元、数人と子供を会わせます。スミス夫妻やベイカー夫妻などですね。里親希望者も障碍児もぼちぼちいるので、出演者に困ることもないでしょうな」
「なるほど。それじゃあ一番重要なことだが、数字は取れそうなのか?」
「もうあったりまえじゃないですか。人間は良い人ぶるのが大好きなんです。有名人がSNSでこの番組について言及してくれるかも。例えウチの番組を見てなくてもこういう番組にコメントすれば自分の株が上がるって薄汚いドブネズミは理解してますからね。いずれこの番組がヒットしたら、テレソンをやりましょう。『障碍児をショーカイ! 二十四時間スペシャル!』募金の番号は……おっと、ありがとうございます、既に百万ドルが寄付されました! 寄付金の一部は障碍者支援センターに送られます。で、残りは我々がありつく。完璧なプランですよ」
「そりゃ良い。そうだ、特に何が生まれる訳でも社会奉仕になる訳でもないがマラソンをやろう。とりあえず顔だけは売れてる芸能人がマラソンをやるんだ。空気中に二酸化炭素を排出させて、「我々は森のご飯を生産しております!」とかなんとか言おうぜ」
溢れるアイデア、開かれる未来。スウェイツの将来は確かなものとなっていった。
「あっ、そろそろ撮影の時間です。見られますか?」
ギャレットは「もちろん」と答え、スウェイツが持って来たパイプ椅子に座った。スウェイツもその隣にプロデューサー席を置いて座った。ADが時間をカウントし、撮影が開始された。トムが簡単な挨拶をして、早速本題に入る。
「さて、今回私たちが仲介する、障碍を持ったお子さんは、ギグル・ドワング君七歳。彼は生まれつき耳が不自由で……」
こんな具合で撮影は進んだ。特にアクシデントも発生せず、順調の一言。VTRは既に撮影できており、今回はVTRに対するタレントの反応や、スタジオに直接障碍を持った子供と里親が来てそれにまたタレントが反応する様子が撮影された。
タレントは、とにもかくにも涙もろい感じの人間が採用された。泣けりゃいいのだ。たとえ演技であっても。本人が障碍を持っていたり、何かしら不運な境遇があればなおよし。視聴者は会うこともない赤の他人に安全圏から同情して善人ぶることに快感を覚える。ニーズがあれば、答える。商売人の基本である。
この映像を編集に回し、完成したら半年後くらいに放送される。その日が実に楽しみだ。ギャレットはこの番組が気に入ったようで、撮影後も褒めちぎっていた。彼曰く、「数字を取るためならなんでもする君の姿勢が気に入った」そうだ。
家に帰ると、ジェニファー・レイツが夕飯の支度をしていた。彼女はスウェイツの奥さん。細身で背が高く、スウェイツと並んでも少しの差しかない。スタイルはまあまあ良い方で、それは昔水商売をしていたことに由来するらしいが、彼女自身はそのことについてあまり話したがらない。家族思いの良い母親ではあるので、夫はそこをあまり触れないようにしている。
彼女は思いのほか早く帰った彼に驚き、言った。
「まあ、スウェイツ。やけに帰ってくるのが早いのね。リストラでもされたの?」
「その逆さ。あまりにも優秀だからってんで早く帰らせてもらえたんだ」
「本当に? どうして?」
「新しい番組を作ることにしたんだよ。『障碍児をショーカイ』って番組。障碍児を施設とかラブホテルのタンスとか産婦人科近くのゴミ箱とかからかき集めて里親募集をかけた。里親とガキとのお涙ちょうだい感動ポルノを撮るんだ」
ジェニファーは息を呑み、怒鳴った。
「それってつまり障碍のある方を売り物にするってことでしょ! よくも人にそんな乱暴な扱いができるわね!」
「乱暴な扱いなんてしてない。大切な商品を傷つけるバカがどこにいる」
再び彼女は息を呑んだ。
「とにかく、その番組は作らないで。非倫理的よ。人を物扱いだなんて」
「やらない善よりやる偽善って言葉もあるだろ」
「それでもやっぱりやる善の方が尊いことに変わりはないわ」
スウェイツは眉をひそめた。
「いいか、やる善なんてのはこの世にゃねえぞ。妥協するんだな。これは子供が救われる番組だ。無責任に子供を作るバカな親からな。医者に「子供は障碍を持って生まれる」と言われて、「それでも育てる」とかぬかす十代のバカカップルは子供を路地裏に捨てる。それよりマシだ」
「そんなことをしててもいつか疲れるだけよ。ねえ、スウェイツ。考え直して」
「絶対にいやだ!」
ここは近くのショッピングモール。平日にも関わらず、家族連れや恋人連れや友達連れやそのどれにも該当しない悲しい男が集まっていた。しかし今日ばかりはおかしな連中がおかしな格好でおかしなことをしている。
宝石店に備え付けられていた警報が建物全体を大きく揺らす。Z half-cubedの一人、バーナードことバーナーマンが火炎放射器で民衆を脅しながら宝石をかっぱらう。彼の相棒はエリック――の右半分。エリックならぬエリッカーは右手だけで宝石を盗むのを手伝っていた。ああ、なんとワルイ奴らだろう。誰か止める人は?
そう、その止める人こそ我らがX half-cubed。リーダーのロバートことアリゲータンがポータブル投光器によるあまりに強い逆光を浴びながら登場した。
「そこまでだっ、Z half-cubed! 僕達X half-cubedがブッ殺す――じゃなくて、倒してやる!」
エリッカーの左半分がそれに同調する。
「観念しろ、俺たち一・五人の力を舐めるなよ! なんだって、チクショウ、X half-cubedめ。だが止められはしないぞ。なにをー!」
エリッカーの右半分と左半分が言い争う。その横でアリゲータンとバーナーマンが取っ組み合いを始めた。エリッカーの両半分も取っ組み合い。バーナーマンがワニに馬乗りになり、連続ビンタを繰り出す。エリッカーの右手が左手を殴り、左足が右頬を蹴った。
ワニはなんとかデスロールを仕掛けようとするが、上手く噛みつけない。ああ、どうする、X half-cubed。正義の味方は、やられてしまうのか! 果たして勝者は誰なのか。先見えぬ戦いの結末は――
――現行犯逮捕であった。
三人は俯きながら留置所を出た。暴れたことで警察に捕まったが、バーナードさんの奥さんが全員分の保釈金を払ってくれたらしく、事なきを得た。
バーナードさんは胸を撫で下ろす間もなく、嫁さんに連行され、ロバートとエリックが取り残された。
「やっぱり……ヒーローになるのって簡単じゃないんだな」
と、帰りながらエリックは言った。二足歩行の爬虫類も、重い体を動かしながら頷く。
「まったくだよ。そういえば、頼んだダッチワイフはもう届いたかな」
「ああ、それなら俺が代わりに受けとったぞ。申し訳ないけど我慢できなくて――先に使っちまった」
翌日、スウェイツが出勤すると、スタジオでなぜか赤ん坊が群れを形成していた。彼らの泣き声がスタジオ内を反響する。スタッフは彼らをあやすのに大忙し。赤ん坊をよく見ると、どうも障碍を持っている子供が少なくない。中には五体満足な赤ん坊もいるが、何か足りなかったり、逆に多かったりする子供がほとんどである。足の欠損、白く曇った目、潰れた頭、ダウン症を想起させる顔、エイリアンのような顔等々。
スタッフの一人を捕まえて状況を訊いた。
「おいっ、こりゃどうなってやがる。どこもかしこもガキばっかだ。いつから託児所に改装したんだ?」
「Xで番組の公式アカウントを作ったでしょう。それでボチボチ宣伝してたら、バカな親が俺たちに障碍児を押し付けようとスタジオに殺到したんです」
「そんなの追い返しちまえよ」
「言うほど簡単じゃないんです。朝来たら玄関に十数人の赤ん坊が毛布にくるまれて置いてありました。どうしようもなくてとりあえず中に入れて、受け入れてくれそうな施設にかたっぱしから電話したんですが、皆いっぱいだそうです。遠くの施設なら余裕がまだあるそうですが、段ボール箱に詰めて送る訳にもいきませんし仕事もありますから、向こうに来てくれるよう頼んだんです。受け取る人を待ってるんですが、今もなお押し付ける親が大勢いるんです。もちろん門前払いしようとしましたよ。でもバイクでやってきてこっちに子供を投げてそのまま走り去る親とかいてもう酷い話です」
「全員下水道に流すってのはどうだ?」
「もう、ただでさえテレビは不祥事が付き物なのに、これ以上悪事を重ねようとしないでくださいよ。株価に関わりますから」
スウェイツが顎を撫でていると、他のスタッフが走ってやってきた。息をゼェハァと漏らして喘ぎながら、スマホを見せながら言った。
「スウェイツさん、Xのアカウントが炎上してます! どうも押し付けられた子供を投げ返してしまったノータリンがいたらしいです」
「クソッ、そのノータリンは誰だっ!」
息をようやく整えた彼が言った。
「私ですっ、すみません!」
「クビだぁぁぁぁっ!」
その日は撮影どころではなくなった。赤ん坊の世話と炎上の対応に東奔西走するハメに。出演者には全員帰ってもらい、状況をギャレットに報告すると彼はカンカンに怒ってスタジオに乗り込み、叫んだ。
「おういっ、この中で死んでも構わねえガキはどれだっ」
一人が、四肢を全て欠損している子供を差し出した。ギャレットは護身用の小型リボルバーを赤ん坊の頭に押し付ける。それを見て流石にマズイと思ったスウェイツは上司に飛びかかった。なんとかギャレットからピストルをひったくる。
「何しやがる! ここはいつから特別支援学級になった、ええ? 一人でも減らすのが得策ってもんだ。こいつの人生にもな!」
スウェイツはギャレットに握りしめられている赤ん坊を見て、言った。
「ジェニファーは正しかった。やる偽善はいつか苦しくなる。やはりやる善が一番だ。番組は中止しましょう」
「こんな金のなる木をみすみす逃すってのか。だったらなおさらコイツを殺さねえと気が済まん。ピストルを寄こせっ」
「無くなって良い命なんてたったの一つも無いんです。本当は産むべきでなかったかもしれないが、生まれた以上、誰かに愛されたり、何かを成し遂げたりする権利がある。それを奪うのはあまりに非人道的ですよ。この子たちは少しずつでも施設に預けましょう。それしかありません」
上司は不服そうに子供を降ろした。そして言う。
「……そこまで言うなら分かった。俺もアツくなりすぎたよ。すまん。ところで、施設に全員預けるまで誰が面倒を見るんだ?」
誰もがスウェイツの方を見た。
「ジェニファー! 0029が漏らしたぞ!」
スウェイツが怒鳴った。家には百一匹わんちゃんならぬ百一匹赤ちゃんが滞在中。
「待ってて、今ロジャーにミルクをあげてるから」
あまりに赤ん坊が多すぎるため、最初こそ仮の名前をきちんと付けていたが、途中から番号で呼ぶこととなった。
「なあ、ロバート。俺たちプールサイドに住み始めて何年経つ?」
「ええっと……一週間かな」
彼らはプールサイドに追いやられ、ビーチベッドにマットレスを置き、毛布を掛けて暮らしている。雨が降ればパラソルでしのいでいた。
ロバートはボソッと呟く。
「避妊具と中絶って重要な技術だったんだね」
LEITZ'S GUYS どったのセンセー @whats_up_doc
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