第5話
「ア、アシュリー? どうしたの?」
アシュリーはネイトの手を握って離そうとしない。
ネイトの心臓は、バクバクとせわしなくなってきた。
「どうもしない。ただ、このままで居たい」
ネイトを見上げるアシュリーの顔が、ほんのりと赤くなっている。
ネイトを見つめる瞳が、潤んでいる。
え……と、これは?
これはいったい?
いったい、どーいうこと??
ネイトの頭の中を、いろいろな思考が駆け巡るが、まったく持ってまとまらない。
アシュリーがネイトの手を離した。
なぜかネイトはホッとする。
だが、離れた手はネイトの背中にまわって、アシュリーが抱きついてきた。
ふわりと甘い花の香りが、彼女の髪から香る。
「ネイト、もう離さない。ずっとこうしていたい。……ネイトが好き」
ネイトの心臓が、バクン! と
え……
今、何て?
「ネイトが好き」
アシュリーは潤んだ瞳でネイトを見ながら、甘い声でもう一度言った。
ネイトの頭の中が、真っ白になる。
思考よりも先に、ネイトの腕は、アシュリーの小柄な身体を、抱きしめていた。
「アシュリー……僕も君が……」
ずっと好きだった。
その言葉がこぼれる寸前、ネイトは足元に、あるものを見つける。
薔薇……だ。
ちぎれた蔓に、一輪だけ残った薔薇の花。
そして、蔓がからまった、アシュリーの剣。
ネイトは手を伸ばして、薔薇を拾った。
「ねぇ、アシュリー。この薔薇、何色に見える?」
アシュリーはネイトの手に触れながら、
「美しい、
うっとりとした表情で言った。
ああ、やっぱり。
幻惑を制御していた剣を離したから、薔薇の魔法にかかっちゃったんだね……
で…も……
もしかして、この薔薇がある限り、アシュリーの幻惑は解けない…の…か?
ネイトは薔薇を見た。
白にしか見えない。
ポケットの中の時計が、カチャリと音を立てた。
僕が、この時計を投げ捨てたら……どうなるんだろう……?
ネイトの心臓が、また大きく弾んだ。
そうしたら僕にも、この薔薇がピンクに見えるのだろうか?
僕も幻惑にかかって……
アシュリーと一緒に……
そしたら、
そしたら……
アシュリーのことだけ考えてればいいんだ。
アシュリーと二人で、ずっとこうしていて……
アシュリーと同級生で居るために、頑張って奨学生で居る必死も無い。
貴族のアシュリーと身分が違うとか、考えなくていいんだ。
「……ネイト?」
アシュリーが、ネイトの顔を覗き込んできた。
彼女の手が、ネイトの頬に触れる。
彼女の少し冷たい手のひらを、心地よく感じながら、その手に、自分の手を重ねる。
ふと、何かに気付いて、ネイトは彼女の手のひらを見た。
ところどころ、固くなっている。
ちょうど、剣の柄を握るところ。
その固く乾いた手触りが、ネイトの頭の中を、急速に冷やして行く……
「ごめんね、アシュリー。今の君も可愛いけど、僕が好きな君は、きっと、君じゃない」
そう言って、ネイトは手にしていた薔薇を、燃えている薔薇の茂みへと投げ入れた。
プツンと糸が切れるように、アシュリーが気を失う。
ネイトはそっと、彼女の身体を地面に横たえ、その手が触れる場所に、剣を置いた。
そしてポケットから、時計を出す。
針は、集合時間を指していた。
翌日の放課後、ネイトは一人で図書館に居た。
いつもの窓際の席で開くのは、「魔生植物図鑑」だ。
あの日見つけた魔性薔薇は、ネイトの魔法の炎で燃え尽きてしまった。
高く立ち昇った煙は、集合場所からも見えたので、先生とクラスメイトたちが駆けつけてくれた。
気絶していた、アシュリー、ダニー、ステフの三人は、医務室へ運ばれたが、夜には寮に戻されていた。
あの薔薇について、もう少しきちんと調べたいと思ったネイトは、こうして図書館へ来たという訳だ。
幻惑魔法で、見た者の感情を引き出して、互いを争わせ、流れた血を吸う。
理屈は分かるのだが、最初から蔓で攻撃した方が、確実に血が流れるだろうに。
実際、ネイトもアシュリーも、小さいながらケガをしたのだから。
調べると、幻惑こそが、薔薇が生き残るための手段だと分かった。
幻惑の原因が薔薇にあると知った者が、それを利用するために、薔薇を手元で咲かせようとする。
つまり、幻惑の薔薇を、自分の庭で栽培しようとするからだ。
「なるほど、僕はその術中にはまるところだったんだ」
最後に残った一輪が、アシュリーに幻惑をかけた。
生き残るために。
ピンク色の薔薇は、誘惑の感情を引き出す。
「まさに『薔薇色』だな……」
けれど、感情を引き出すのだから、最初から持っていない感情は、出て来ないはずだ。
ダニーは、まあ論外として……ステフはアシュリーに対して、嫉妬の感情を持っていたんだろう。
表向きは仲良くしていたけど……。
じゃあ……
アシュリーは??
あれは、引き出された感情……なの?
だとしたら、
だと……したら……?
「何を熱心に読んでいるんだ、ネイト?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
驚きすぎて、ネイトの心臓が半分くらい口から出た……気がした。
「ア、アシュリー、ど、ど、どうした?」
「どうした? とは、こちらが聞きたい。急に大声を出して、びっくりする」
アシュリーは胸を押さえながら、ネイトと向かい合わせに座った。
大声を出させたのは、君のせいだ。
ネイトは、あの時のアシュリーを思い出してしまって、心臓が取り乱してしまう。
「ネイトにきちんと礼を言いたくて、探していた。昨日はありがとう」
アシュリーが頭を下げる。
「いや、それにしても不覚。この私が幻惑されるとは……ネイト、君に危害を加えたりしていなかっただろうか? それだけが心配で……」
「だ、大丈夫だよ……」
ネイトは真っ赤になりながら、やっとそれだけを言った。
「幻惑にかけられている時の記憶は、無くしてしまうのが通例だが……少しだけ覚えていることがある」
えええええっっ!!
今度こそ本当に、ネイトの口から心臓が飛び出た……ような気がした。
「あっ、あの……にゃ、
動揺しすぎて、
「とても美しい、
ネイトの血の気がザーッと引いた。
「だから調べに来たのだ。あの色だとどの感情が出たのだろうか……」
とっさに図鑑を閉じると、ネイトは隠すように小脇に抱えて、立ち上がった。
「ご、ごめんね。僕、用事を思い出した」
キョトンとしているアシュリーを置いて、
ネイトは一目散に、図書館を出る。
そして、図鑑を持ったまま、寮の部屋へと走って行く。
制服のポケットに入れた懐中時計が、カチャリと音を立てるのが、聞こえた。
終わり
薔薇色はどんな色 矢芝フルカ @furuka
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