最終話 『この先一生 薔薇色か』

 風呂から上がってハッとする。


 さっき着ていた服はずぶ濡れだし、突然来たから着替えがあるとも思えない。


(え、俺、もしかして服が乾くまでずっと全裸?)


 そんなの嫌すぎる、そう思った時――


 彩花はバスタオル姿のまま、部屋に取りに行ったものを恥ずかしそうに俺に手渡した。


「はい。着替え」


 見ればそれは男物のスウェットで。


「え?」


 なんでそんなものがあるのかと聞いてみれば、彩花は東京に引っ越して来た時、いつかこの部屋に俺が来ることがあるようにと、願掛けのつもりで買っていたらしい。そして。


「……重い女だって引かれたらやだから、さらっとどこかで偶然の再会を装って、ゆっくり仲良くなる予定だったのになー」


 ボソッと恥ずかしそうに言ってから、夜ご飯の支度をし始めた。



「ん!! うま……」


 そうして彩花と一緒に彩花が用意してくれたカレーライスを食べた。


 その味は、俺の母親に料理を習っていたというだけあって亡き母のカレーそのものの味で。もう食べられないと思っていた、懐かしい味。


「へへー。結構再現出来てると思わない? 私にとっても思い出の味だからね。小さい頃、よくしょうにぃと一緒に食べたよね」

「そうだったな。あの時の彩花、食べるのヘタクソで口の周りカレーだらけにしてたっけ」

「ちょっとー!! 変なこと思い出さないでよっ」


 そして、話はそのまま懐かしい思い出話になって。


「はは、ごめんごめん」

「今の私は、あの頃よりぐっと大人っぽくなったでしょ? これでも結構……がんばったんだよ?」


 恥ずかしそうに俺を上目遣いで見つめるその表情に、子供の頃の彩花の面影を感じつつ、確かに成長したなと感慨深く思ってしまう。


「そうだな。随分大人っぽくなった。彩花ももう成人かー。……おめでとう」

「……う。面と向かって言われると、嬉しい、というか、照れるというか……」

「威勢はいいのに恥ずかしがり屋なところは、そのまんまだな」

「……もおー!!」


 そうして何気ない話は止むことはなく。――俺は彩花のおかげで、いつの間にか元カノの裏切りに憔悴していた気持ちはすっかりと和らいでいた。


「逆に、久しぶりに会ったら俺はもう彩花から見ればおっさんだろう? 現実見たら彩花の方こそ引いたりしてないのか?」


 そして気になっていた事を聞いてみた。再会した時に、彩花は俺の事を『おじさん』と言っていたし。


「えー? 最高でしかないのだけど? むしろ昔より男性みが増して、好み……。う、やばい。あんまり意識させないで。直視出来ない……」


 すると彩花は明らかに目に見えてデレた。……耳まで赤いのだけど?


 こんな反応、付き合ってきた彼女たちにだってされたことがなかった。

 ――思えば、俺の方が尽くすばかりで、尽くされるという経験なんてなかったかもしれない。




 結局、その後俺は元カノと暮らしていた部屋を引き払い、そのまま彩花の部屋で世話になることになった。


 俺の毎月の給料から、滞納になっていた俺の元の部屋の家賃や光熱費を支払いつつという慎ましやかな生活となったけれど、元カノとの暮らしはなんだったのだろうと思うほど、8歳年下の幼なじみとの生活の方が幸せを感じるから不思議だ。


 彩花は、花嫁修業をしたと言っていただけあって、料理はうまいし、家事の手際もいい。それに彩花の生まれた頃から俺が面倒を見て一緒に遊んでいたこともあって、趣味の傾向も俺と似ているから、話も合うし一緒にいてとても楽しい。


 そして何より――『俺の事を想ってくれている』と実感できるこの安心感と幸福感は、初めての感覚だった。何かプレゼントをしなくても、俺が無理をしなくても、ただ一緒にいるだけで喜んでくれるなんて。


 結婚を前提に同棲をしていた元カノとの暮らしは、薄っぺらい絆の上に成り立っていたのだと、バカバカしく感じた。


 そして数か月が経ち、俺の返済もすべて完了した頃。俺は仕事帰りに花屋に立ち寄った。


 俺のどん底だった人生を、薔薇色に変えてくれた彩花に、名前の中に『バライロ』が入った野原彩花幼なじみに、薔薇の花を送りたくなったから。


 選んだのは、真っ赤な薔薇。数は9本。なぜなら、赤いバラには『愛しています』、9本の薔薇には、『いつまでも一緒にいてください』という意味があるから。


 まだ結婚なんて到底考えられないけれど、今の彩花との暮らしの先に、それがあればいいなと思う。けれど、プレゼントするだけでは伝わらないから、俺は帰宅するとすぐ。


「彩花、好きです。俺と……付き合って下さい」


 まっすぐな言葉を添えて、彩花に告白をした。


 そしたら彩花は、どうしたらいいのか分からないような顔をして、うんうんと頷きながら、ボロボロと涙を流し始めた。


「……どした、彩花。……俺じゃ、ダメか?」


 その意図が分からなくて聞いてみれば。


「ちがう。うれしくて。……うれしすぎて。……もう、死んでもいいって思うくらいうれしくて。どうしたらいいか分からない」


 泣きながらそう言ったから。


 俺は彩花を抱き寄せて、たまらずキスをした。


「……駄目。彩花に死なれたら、俺が困る」


 そしたら彩花はさらに涙を流しはじめて。


「……しょうにぃからキスされたの、はじめてだぁ……。やっぱり嬉しすぎて、死んじゃいそう……」


 涙に声を震わせてそんな事を言うから。


「駄目だってば。この先も、ずっと、俺のそばにいて」


 彩花の瞳を見つめてそう言うと……


「じゃあ……もっと、……キスして」


 彩花は唇を俺に寄せるように、甘えた声でそう言った。




「ねぇ、しょうにぃ、知ってる? 私の名前、『のばら いろか』と、しょうにぃの名前の『こさき いっしょう』を並べ替えたらね? 『このさき いっしょう ばらいろ か』になるんだよ。だからこの先も、ずーっと、一緒にいようね」


 その日の夜ベッドの中で、彩花は俺に甘えながらそう言った。


 彩花の名前の中に『ばらいろ』という言葉がある事には気付いていたけれど、俺の名前を掛け合わせると、そんな意味になるなんて。けれど、俺が彩花と一緒に居たいのは、それが理由では決してないわけで。


「はは、たとえそうじゃなくても、俺はこの先もずーっと、彩花と一緒にいたいよ」


 だから俺は彩花を抱きしめながらそう言った。そしたら彩花の方からもぎゅっと抱き着いてきて、俺の耳元で言ったんだ。


「ねぇ、しょうにぃ。私――男の人と一緒のベッドで眠ったのも、しょうにぃだけ……だからね。いつか私の全部を、もらってね」


 恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めた彩花のその言葉の意味を、一瞬で理解した俺は、――やっぱり死ぬかと思うほど、心臓がバクバクと音を立てた。


 

 時々チクッと棘がある威勢のいい幼なじみは、今はもう、時々ドキッとさせてくる、俺の可愛い彼女。


 ――うん。彩花の人生まるごと全部、俺が大切にするよ。


 けれど、この言葉を本人に伝えるのは、もう少し先になりそうだ――。 

  




(完)


――――――――――――――――――――――

最後まで読んで下さりありがとうございました!


今回は、カクヨム公式さんの短編創作フェス第5回目のお題、『薔薇色』を元に書いた1万文字以下作品となります。

 

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【完結】俺好みに成長した年下幼なじみが、俺と結婚したくて会いにきたんだけど、再会初日に一緒に風呂に入るって何事ですか。~元カノに裏切られ、失意のどん底から人生バラ色大逆転~ 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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