バレンタインの日に

はづき

バレンタインの日に

 出会ったのは、高校1年生の時。第1志望の高校に入学した須賀野すがのあきらは、父の転勤でこの地にやってきた月原つきはら杏莉あんりと同じクラスになった。だが、席が離れており、話すきっかけさえなかった。


 だが、前期中間考査が終わり、高校入学後最初の席替えで晶と杏莉は偶然にも、席が隣になった。普段女子と話すことのない晶へ声をかけたのは、杏莉だった。


「月原杏莉です。改めてよろしくね、須賀野くん」


まさか声をかけられるとは……と思ってなかったが、内心嬉しかった晶。


「……えっと、よろしく、お願いします……月原、さん」


たどたどしくも、応えた晶。


 ある日の英語の授業で、2人1組で簡単な英会話をすることになったが、英語が苦手な晶を杏莉がサポート。おかげで英語の先生に褒められた。それを機に、2人の距離が縮まっていく――


「……月原さん。君のことが好き。もしよかったら――俺と付き合ってくれないか?」


学校祭が終わり、誰もいなくなった教室に杏莉を呼び出し、告白した晶。


「……いいよ。私も、須賀野くんの……いや、晶くんのことが、好きだよ」


 こうして交際がスタートした。初めての恋愛で戸惑いもあった2人だったが、笑顔はじける日々が続いた。だが、2年生からは文系か理系を選ばなければならない。


(……俺は文系に行くけど、杏莉はどっちを選ぶのかなぁ)


晶は文系を選ぶ一方で、杏莉は理系を選んだ。それを知った晶は杏莉に相談。全く違う道に進むことでこれからの関係をどうするべきか、何度も話し合いの末、苦渋の決断で2人は1月末のデートを最後に別れることを決めた。……残り2か月は、クラスメイトとして。


 2月、スキー授業が行われた。その日が奇しくもバレンタインデー当日だった。杏莉はバスの中で、クラス長を務めるクラスメイトの男子に手作りチョコを渡していた。


「ちゃんと約束、果たしたよ」


晶はクラス長とそこそこ仲良かったから、クラス長が杏莉にバレンタインチョコをお願いしていたのも知っていた。興味本位だったようだったが、杏莉が渡す様子を横で見ていた晶は彼が羨ましいというより、杏莉と共に別れる選択を取った晶自身、悔しい気持ちでいっぱいだった。


(アイツじゃなくて、受け取る男が俺だったら――)


いくら悔やんでも、2人で話し合って決めたことには逆らえなかった……。


 2年生から完全に、晶と杏莉は完全に縁のない高校生活を送り、そのまま大学へ進学。だが心のどこかで、お互いのことが忘れられなかった。いつしか、2人で決めたことに後悔するようになっていった――


☆☆☆


 別れてから6年後。大学卒業前に高校の同窓会が行われた。コロナ禍を挟み、どうにか元通りの生活が送れるようになりつつある中で、晶はかつてのクラスメイト達と再会の喜びを分かち合っていた。コロナ禍の中での大学受験、大学生活を皆、乗り越えてきたのだ。コロナが5類に変わり、かつてはリモートという手段もあったであろう就職試験も、難なく対面で、当たり前のように行われるようになった。


 休憩中、晶は1人、窓から外の景色を見ていた。ふと横を見ると、見覚えのある女性の姿があった。可憐なドレスを着てお団子ヘアをしていて、その美しさにたじろいでしまったが……間違いなく、あの子だった。


「――あのっ」


晶から声をかける。


「……ん? もしかして、晶、くん……?」


振り向いてくれたのは、他でもなく、杏莉だった。


「あ、杏莉……」


「晶くん……会いたかった」


周りに人がいるのにも関わらず、晶に抱きつく杏莉。杏莉をしっかり受け止めた晶。


「やっぱり、晶くん以上の男はいなかった。相手は、いなかった……」


「俺も、杏莉以上の女とは出会えなかった。付き合っても、なんか違うなと思って別れちゃう」


「同じ~」


 同窓会で再会を果たした2人は、地方の大学に進んだ杏莉が卒業式後、就職を機に地元へ帰ってくるのを待って、もう1度やり直すことを決めた。あの頃と同じ、笑顔はじける日々がやってくる。


☆☆☆


 翌年2月。晶と杏莉は、復縁後最初のバレンタインデーを迎えた。お互いに仕事を終え、駅で待ち合わせをした。


(バレンタインと言えば……なぁ)


7年前、当時のクラス長が杏莉にお願いして、自分の横でチョコを受け取っていたことを思い出す。それ以来、あまりもの悔しさで、バレンタインデーが大嫌いになってしまった晶。


(悔しそうだった晶くんの顔……つい昨日のことのように覚えてる)


なんと、杏莉はあの時の晶の様子をよく見ていたではないか。7年分の想いを込めて、チョコを作った。チョコだけでなく、晶が大好きなマドレーヌも添えて。


 少し歩き、イルミネーションが見えるところで杏莉が。


「あの、晶くんっ」


「ん?」


晶も立ち止まる。


「あの時……別れるだなんて話、してなかったら……、あのクラス長の子じゃなくて、迷わず晶くんに渡せて……いたのにね」


チョコとマドレーヌが入った箱をカバンから取り出し、両手でゆっくり差し出す杏莉。


「今度は――貴方に贈るチョコだよ」


杏莉は恥ずかしそうにしながらも、晶の目を見て微笑んだ。


「あ、ありが……と……っ」


思わず目が潤む晶。


「何で泣いてんのさぁ~」


「だって……やっと……貰えたから……杏莉からの……」


「ふふっ。チョコだけじゃなくて、晶くんが大好きだって言ってたマドレーヌも作ったよ!」


マドレーヌと聞き、晶は驚きで目を見開く。


「覚えてて……くれたの?」


「もっちろん。こんな男子なかなかいないから。それと――晶くんのこと、ずっと忘れられなかったから」


「俺も……杏莉のこと、ずっと忘れられなかったよ。……寒いし、そろそろ帰ろっか」


「うん、そうだね」


 住宅街に入り、恋人繋ぎをしながら歩く2人。


「杏莉……今日は本当に、ありがとう。おかげで、バレンタインデーが好きに……いや、大好きになった! また来年も、その先も……一緒にいたいね」


「うんうん! ずっと一緒にいようね、晶くん」


「それじゃ、またねー」


「またねー!」


杏莉の住むアパートに着き、別れ際に改めて気持ちを確かめ合った2人であった――



―完―

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