死霊術師の日課詳報~ネクロマンサーのルーティンワーク~
大黒天半太
揺り籠から墓場まで
人の生き死に、特に死は、朝昼夕夜、時と所を選びはしないのである。
老人は死ぬし、赤子も死ぬ。病人は病で死ぬし、若く健康な者も、事故や戦で簡単に命を落とす。
たとえ、一晩中
その点、真昼の日差しの中に無理矢理呼び出されないだけ、
夜なべ仕事の翌朝の直射日光は、真夏でなくとも結構ツラい。
睡眠を取れず、戻らない体力=
もちろん、その妖しい揺れは睡眠不足に依るもので、
城門で四人の門衛の内、若い三人が蒼く強張った顔で
三人はそれに気づいて、やっと
その三人より蒼い顔で、
城の正面の扉が開き、大広間の中央まで進むと、片膝をついて奥の階段の先の扉を見上げる。
「今日の用件は何だ?」
小さく呟く声に、
『ご迷惑をお掛けいたします。私が引き継ぎをする間もなく息を引き取りましたので、そのことかと』
高齢の執事の衣装をまとう幽霊が、深々と頭を下げる。
「よい。これが我の仕事であるし、汝はこの世に思い残すことの少ない正直者だ。我らが主が、汝の声を聞きたいとおっしゃるなら、語らねばなるまいよ」
城主であり執事と
「伯爵閣下のお召しにより
慌てた様子の書記が入室し、ペンを取り、準備ができたのを見ると、
重要物資の在庫・保管状況、報告し漏れていた城の現状、今日明日の重要な予定の確認と早急な対応が必要なあれこれ、何をどこまで誰に任せているのか、また、今後、誰ならどこまで任せられるのか。
決定するのは伯爵の判断だが、そこまでのお膳立ては全て整っていた。
「他に、何かお尋ねになりたいことはございますか?」
「ここに今もおるのか?」
老執事の霊のことを尋ねているものとして、
「善良なる霊は、伝え漏れた思いが伝わるまで、お別れの挨拶の合間だけ、ここにおります。彼はもうすぐ永の
伯爵は少し黙り込み、言葉を続けた。
「私個人に言い残すことは無いのか?」
「では、最後に本人から一言だけ」
「『お坊っちゃま、お先に先代伯爵様の下に行っております。ごゆるりと参られませ。私がおりませんでも、クレームブリュレは決して召し上がり過ぎませんように』」
伯爵は笑った。
「大皿いっぱいのクレームブリュレを一人で食べて、腹を壊したのは八つの時だぞ。いったい今の私をいくつだと思っている?」
笑う伯爵の目尻に光るものがある。
二十数年前、先代伯爵の急逝で、わずか八歳で伯爵位を継ぐこととなった御曹子を、一族・臣下総出で支えることとなった。
当時の料理長が、疲れた御曹子のため、大好物のクレームブリュレを普段の十二倍のサイズで作った自信作だったが、大喜びで調子に乗った御曹子は食べ過ぎてお腹を壊してしまう。古株の家臣達の間で知られる、懐かしいエピソードだ。
老執事は、若い頃から伯爵の健康状態にはずっと注意を払って来た。
以降、クレームブリュレのサイズは三倍まで、お代わりは無しと定められている。
城の扉から城門までの中庭を、家臣達が並んで、
「『スープは、野菜の
今の料理長は、先々代の料理長、自分の師匠の声に
「『騎士、兵士の練度は申し分ない。努々油断なきよう、日々の鍛練に励めよ』」
騎士団長に、若い頃の鬼教官の思いがけず優しい言葉が降って来る。
「すまない。泣いてしまいそうだから、自分の言葉では話したいけど話せないそうだ。ありがとうと伝えて欲しい、と 」
早世した子の言葉に母は泣き崩れ、父も泣きながら母の肩を抱く。
城内の者達に度々声をかけ、ゆっくり時間をかけて、
四人の門衛は、深く頭を下げ、
「『息子よ、その
先の
「『もう、よろしかろうと存ずる』」
若き門衛の父の声は、同輩であった年長の門衛に向けられ、
「鬼と呼ばれた師範も、自分の息子には甘くなるか……」
苦笑一つ洩らし、年長の門衛は若い三人に声をかける。
「先代師範のお許しが出たことだし、いい機会だ。今日の立番の後から、三人に
「親しき者達の、善き守護霊たれ」
くるりと城に背を向けると
「ついて来い、招かれざる者よ」
十を超える魔力の鎖が、城に留まっていた霊達を引きずり出す。
浮遊している内に、人の活気に引き寄せられた霊。
反省もなく、逆恨みさえする、処刑された罪人の霊。
騎士の一人が手に入れた、名剣にまとわりついた斬られた騎士や戦士の霊。
伯爵に恨みを抱く者の呪詛や、城への探査や攻撃の魔法の残滓が
そうした姿形のはっきりした者から、獣や虫のような魑魅魍魎の類いのはっきりしないモノまで、害を為しそうなモノ、悪霊に変わりそうなモノには、目につき次第、片っ端から鎖を付けて来た。
鎖は、締め付け、食い込んで行く。より深く、核心に近い所へ。
その核心を、本質を鷲掴みにし、理解し、言葉巧みに操るのが
「
伯爵に、伯爵の軍に、伯爵軍の騎士・戦士に下され、恨みを抱いた霊や怨念が形となったモノが、
先々代騎士団長の霊が、首折れ馬と呼ばれる首の無い馬の霊に騎乗して、
「なぜ、ここに?」
『もはや、城に私のなすべき仕事は無いが、
「確かに、集めたばかりの死霊・雑霊を束ねるのには、強い統率力・指揮力が必要と思っておりましたが」
先々代とその乗馬に改めて自分との死霊術の契約を投げ、騎士団長の霊と新しい死霊・雑霊達との上下関係を構築する。
すると、あれよあれよと言う間に、
召喚していない霊達までこぞって現れ、先々代騎士団長の霊の下で、
【
「これが、伝え聞いた先々代騎士団長の、
苦笑する
いつか、自分で気づく日もあるだろう、敵味方問わず、これだけの死霊を簡単に従わせる自分の度量に。
死霊術師の日課詳報~ネクロマンサーのルーティンワーク~ 大黒天半太 @count_otacken
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