死霊術師の日課詳報~ネクロマンサーのルーティンワーク~

大黒天半太

揺り籠から墓場まで

 死霊術師ネクロマンサーの朝は早い……場合もある。


 人の生き死に、特に死は、朝昼夕夜、時と所を選びはしないのである。

 老人は死ぬし、赤子も死ぬ。病人は病で死ぬし、若く健康な者も、事故や戦で簡単に命を落とす。


 たとえ、一晩中死霊達スピリッツを使役し、朝焼けとともに死霊達スピリッツを解放、やっと帰宅してベッドに潜り込んだばかりであろうと、雇用主お偉い方の都合次第で、召喚された死霊のように、呼ばれれば参上しなければならない。


 その点、真昼の日差しの中に無理矢理呼び出されないだけ、死霊達スピリッツの方がマシな気がして来た。

 夜なべ仕事の翌朝の直射日光は、真夏でなくとも結構ツラい。


 死霊術師ネクロマンサー日課ルーティンワークは、朝日とともに始まる……こともある。


 睡眠を取れず、戻らない体力=生命力HPと精神力=魔力MPを、短時間の深い瞑想ラピッド・メディテーションで回復させ、死霊術師ネクロマンサーは、妖しく揺れながら登城する。


 もちろん、その妖しい揺れは睡眠不足に依るもので、動く屍体ゾンビの真似をしている訳ではない。


 城門で四人の門衛の内、若い三人が蒼く強張った顔で斧槍ハルバード死霊術師ネクロマンサーに突きつけ、残る年長の門衛らしい一人は落ち着き払った様子で死霊術師ネクロマンサーに一礼し、城門を開くよう城の奥に向かって合図する。


 三人はそれに気づいて、やっと斧槍ハルバードを立て、遅れて一礼した。三人の若い門衛達の顔はまだ蒼ざめている。


 その三人より蒼い顔で、死霊術師ネクロマンサーは門衛達を一瞥すると、案内もなしに先へ進んで行った。


 城の正面の扉が開き、大広間の中央まで進むと、片膝をついて奥の階段の先の扉を見上げる。


「今日の用件は何だ?」


 小さく呟く声に、死霊術師ネクロマンサーにしか聞こえない声が答える。


『ご迷惑をお掛けいたします。私が引き継ぎをする間もなく息を引き取りましたので、そのことかと』


 高齢の執事の衣装をまとう幽霊が、深々と頭を下げる。幽かな霊かすかなれいの名の通り、今にも消えそうに見える。


「よい。これが我の仕事であるし、汝はこの世に思い残すことの少ない正直者だ。我らが主が、汝の声を聞きたいとおっしゃるなら、語らねばなるまいよ」


 城主であり執事と死霊術師ネクロマンサーの雇い主である伯爵は、死霊術師ネクロマンサーとやらの術をどこまで信用すべきかと言う思案顔で現れた。


「伯爵閣下のお召しにより死霊術師ネクロマンサーカチャトーリ・ディオグランデオスコーリタ参上いたしました。よろしければ、書記官をお呼びください」


 死霊術師ネクロマンサーは、伯爵から用件など何一つ訊かず、書記を呼ぶよう依頼し、来るのを待つ。


 慌てた様子の書記が入室し、ペンを取り、準備ができたのを見ると、死霊術師ネクロマンサーは口述を始めた。


 重要物資の在庫・保管状況、報告し漏れていた城の現状、今日明日の重要な予定の確認と早急な対応が必要なあれこれ、何をどこまで誰に任せているのか、また、今後、誰ならどこまで任せられるのか。

 決定するのは伯爵の判断だが、そこまでのお膳立ては全て整っていた。


「他に、何かお尋ねになりたいことはございますか?」


 死霊術師ネクロマンサーは、老執事の伝言を伝え終え、伯爵に声をかけた。


「ここに今もおるのか?」


 老執事の霊のことを尋ねているものとして、死霊術師ネクロマンサーは答える。


「善良なる霊は、伝え漏れた思いが伝わるまで、お別れの挨拶の合間だけ、ここにおります。彼はもうすぐ永のお暇おいとまをいただくことになるでしょう」


 伯爵は少し黙り込み、言葉を続けた。


「私個人に言い残すことは無いのか?」


 死霊術師ネクロマンサーは、中空に耳を傾けるような素振りをし、頷く。


「では、最後に本人から一言だけ」


「『お坊っちゃま、お先に先代伯爵様の下に行っております。ごゆるりと参られませ。私がおりませんでも、クレームブリュレは決して召し上がり過ぎませんように』」


 死霊術師ネクロマンサーの口から、老執事の声が漏れる。


 伯爵は笑った。


「大皿いっぱいのクレームブリュレを一人で食べて、腹を壊したのは八つの時だぞ。いったい今の私をいくつだと思っている?」


 笑う伯爵の目尻に光るものがある。

 二十数年前、先代伯爵の急逝で、わずか八歳で伯爵位を継ぐこととなった御曹子を、一族・臣下総出で支えることとなった。

 当時の料理長が、疲れた御曹子のため、大好物のクレームブリュレを普段の十二倍のサイズで作った自信作だったが、大喜びで調子に乗った御曹子は食べ過ぎてお腹を壊してしまう。古株の家臣達の間で知られる、懐かしいエピソードだ。


 老執事は、若い頃から伯爵の健康状態にはずっと注意を払って来た。

 以降、クレームブリュレのサイズは三倍まで、お代わりは無しと定められている。



 死霊術師ネクロマンサーは、静静と大広間を退出した。

 城の扉から城門までの中庭を、家臣達が並んで、死霊術師ネクロマンサーを送り出す。


「『スープは、野菜の灰汁あくの取り残しがあった。下の者の仕事にはきちんと目を配り、良ければ褒め、悪ければ叱って教えねばならぬ』」


 今の料理長は、先々代の料理長、自分の師匠の声に身動ぎみじろぎする。


「『騎士、兵士の練度は申し分ない。努々油断なきよう、日々の鍛練に励めよ』」


 騎士団長に、若い頃の鬼教官の思いがけず優しい言葉が降って来る。


「すまない。泣いてしまいそうだから、自分の言葉では話したいけど話せないそうだ。ありがとうと伝えて欲しい、と 」

 早世した子の言葉に母は泣き崩れ、父も泣きながら母の肩を抱く。


 城内の者達に度々声をかけ、ゆっくり時間をかけて、死霊術師ネクロマンサーは城門まで辿り着いた。


 四人の門衛は、深く頭を下げ、死霊術師ネクロマンサーを送り出す。


 死霊術師ネクロマンサーは、ふと立ち止まり、若い門衛の一人に向き合う。


「『息子よ、その斧槍ハルバード、よく手入れしているな。腕も、もはや俺より太くなったかも知れん』」


 先のいくさで亡くなった父の声を、五年ぶりに聞いて、若い門衛は驚く。


「『もう、よろしかろうと存ずる』」


 若き門衛の父の声は、同輩であった年長の門衛に向けられ、死霊術師ネクロマンサーは霊に代わって一礼する。言われた年長の門衛も、一礼を返す。


「鬼と呼ばれた師範も、自分の息子には甘くなるか……」

 苦笑一つ洩らし、年長の門衛は若い三人に声をかける。

「先代師範のお許しが出たことだし、いい機会だ。今日の立番の後から、三人に斧槍ハルバードの奥義伝授を開始する。私は、まだ少し早い気もするが、ちゃんとついて来いよ」


 死霊術師ネクロマンサーは城門をくぐり、振り返って誰にともなく一礼する。

「親しき者達の、善き守護霊たれ」



 くるりと城に背を向けると死霊術師ネクロマンサーは、重い荷物を背負っているかのように歩き出す。


「ついて来い、招かれざる者よ」

 十を超える魔力の鎖が、城に留まっていた霊達を引きずり出す。


 浮遊している内に、人の活気に引き寄せられた霊。

 反省もなく、逆恨みさえする、処刑された罪人の霊。

 騎士の一人が手に入れた、名剣にまとわりついた斬られた騎士や戦士の霊。

 伯爵に恨みを抱く者の呪詛や、城への探査や攻撃の魔法の残滓が凝集した凝り固まったモノ。

 そうした姿形のはっきりした者から、獣や虫のような魑魅魍魎の類いのはっきりしないモノまで、害を為しそうなモノ、悪霊に変わりそうなモノには、目につき次第、片っ端から鎖を付けて来た。


 鎖は、締め付け、食い込んで行く。より深く、核心に近い所へ。

 その核心を、本質を鷲掴みにし、理解し、言葉巧みに操るのが死霊術師ネクロマンサーの本分だ。


死霊よ騒霊よお前達は、我が支配下となった。我が命令に従え」

 死霊術師ネクロマンサーの言葉と抗えない力が、魔力の鎖とともに、死霊達に食い込んで行く。

 伯爵に、伯爵の軍に、伯爵軍の騎士・戦士に下され、恨みを抱いた霊や怨念が形となったモノが、死霊術師ネクロマンサーの術の下、伯爵軍の戦力として使役されるモノとなる。



 先々代騎士団長の霊が、首折れ馬と呼ばれる首の無い馬の霊に騎乗して、死霊術師ネクロマンサーについて来ていた。


「なぜ、ここに?」


『もはや、城に私のなすべき仕事は無いが、死霊術師ネクロマンサー殿の所には、今の私に出来ることがあるやも知れぬと思ってな』


 死霊術師ネクロマンサーは苦笑した。


「確かに、集めたばかりの死霊・雑霊を束ねるのには、強い統率力・指揮力が必要と思っておりましたが」


 先々代とその乗馬に改めて自分との死霊術の契約を投げ、騎士団長の霊と新しい死霊・雑霊達との上下関係を構築する。


 すると、あれよあれよと言う間に、死霊術師ネクロマンサーの魔力・霊力が根こそぎ持って行かれる。


 召喚していない霊達までこぞって現れ、先々代騎士団長の霊の下で、死霊術師ネクロマンサーの配下にある戦闘力のある全ての霊達が、組織化され、体系化された。

 【死霊騎士団スピリットナイツ】の結成である。


「これが、伝え聞いた先々代騎士団長の、魅了する人柄カリスマか……私の魔力・霊力を使って、いいところを全部持って行かれた気分だな」


 苦笑する死霊術師ネクロマンサーに、騎士団長は内心カリスマに驚いたのはこっちの方だそれはこっちの台詞だとは言わずに言葉を飲み込んだ。

 いつか、自分で気づく日もあるだろう、敵味方問わず、これだけの死霊を簡単に従わせる自分の度量に。


 死霊術師ネクロマンサーの朝は早い……広く知られてはいないが、昼も夜も死霊術師ネクロマンサーの時間である。

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