第4話 男の価値

 うだつの上がらない上に地方に転勤の憂き目にあった男にとって妻の実家はますます敷居が高く、“針の筵”の年末年始を過ごしたくない彼は、結局一人アパートで年を越した。


 “姫始め”どころか妻とは足掛け二年、顔も合わせてはいない。電話での会話すら無い。


「果たして単身赴任を解かれ、帰って来たとしてもオレの居場所はあるのだろうか?」


 “早く帰りたい”と言う願いと同時にいつも頭を擡げるもたげるこの疑問を彼はレンジで温めたパック酒のお銚子で飲み下していた。


 そんな“独り呑み”を今日も行わんとアパートの錆びた鉄階段をカツンカツン昇る。


 彼の部屋の戸口には、集めた古新聞の代わりに真白なトイレットペーパーが段積みされているはず!!


 しかし……


 彼の部屋の前には何も無い。


 出勤前に山積みした古新聞達は回収業者の案内の紙ごと消え失せているから、確かに回収はされたはず、なのに!!


 引き換えに積まれるはずのトイレットペーパーだけが無い!!


 盗られた!!!


 彼はアパートの二階の通路を両手の荷物と共に野良犬の様にうろうろと行ったり来たりする。


 どの家も灯が点いていて

 ある部屋からは夕餉ゆうげの香りが、ある部屋からシャボンの香りが、ある部屋からは団らんの声が灯と共に漏れ出している。


 しかし彼の渇望する

 あの白いトイレットペーパーはどこにもなく


 やがてつくため息と共に

 彼の脳裏に

 会社のトイレに2段積みされていたトイレペーパーが浮かんだ。



 しかし


 こんな彼にも“価値”がある。


 “値段”がある。



 彼には5000万円の死亡保険が掛けられていて


 彼が“ぽっくり病”で逝く事を願っている人間が


 少なからず居る。

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男の値段 縞間かおる @kurosirokaede

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