騎士団で一目惚れをした話

菫野花

憧れの人、大切な人

子供の頃からずっと騎士になることが憧れだった。両親から呆れられるほど騎士が出てくる絵本を何回も読んだ。

幼馴染は一緒になって「騎士様ってかっこいいよね!」と言ってくれた。



「本当に俺が騎士団に入団できるだなんて」

割り当てられた部屋で荷解きをしながらあたりを見渡した。


ベッドが6つ、物入れが6つ、窓は大きくないがいくつか設けられており、じゅうぶんな光が入ってくる。部屋の隅から隅までかけられているロープに衣類を干すようだ。


「まだ見習いだけどね。カルラなら入れると思っていたよ」


後ろから幼馴染のルーカスが声をかけてくる。

そういう彼は同期で一番いい成績で入団したと聞くが、子供の頃から何をやっても一番だったから同じ村の出身として誇らしい。俺も悪くない成績で入団できたので俺たちは村の誇りと言ってもいいだろう。まだ見習いだが。


「カルラとルーカスは同郷なんだったか?おれはマヌエル、これからよろしく」

ガタイのいい男が人懐っこい笑みを浮かべて入ってきた。

この部屋は6人部屋だが、幼馴染もいるしマヌエルという男も悪い人ではなさそうで安心した。

「こちらこそよろしく」



マヌエルは几帳面で面倒見のいい男だった。

朝から早く起きて部屋の人間を間に合うように起こしたり、寝起きの悪い団員を励ましたりしている。

俺もルーカスも早起きには慣れていて、まだ朝にマヌエルの世話になったことはない。

彼は食事の時間も声をかけてくれるし、言い出しにくいようなことに気が付いては手を貸してくれる。聞くと、年下の兄弟が多いらしく「こういう性分なんだ」と笑った。


「カルラとルーカスはしっかりしていて、本当に助かる」

他の同部屋の団員がしっかりしていないわけではないと思うが、そう言ってもらえると自分も嬉しい。マヌエルは同期の中でも当然人気があるし、見習いでない先輩達からも目をかけてもらっているように見える。

ルーカスも「マヌエルはいいやつだな」と言っていたので俺もその通りだ、と頷いた。



昼食時にルーカスとマヌエルと体術剣術のコツについて話していたら、食堂の入り口付近が少し騒がしくなった。

そちらに目を向けてみると、背の高い美丈夫が数人に囲まれて食事を受け取っていた。


「副団長がここに来るなんて、めずらしい」

マヌエルが何か言っているようだったが、俺は美丈夫に目を奪われていた。

かっこいい。顔もガタイもかっこよすぎる。

ただ食事を受け取るだけの動作が洗練されていて貴族みたいだ。指の先まで美しいように見えるその人は俺たちからは見えないところに座ったようだ。

先ほどの景色が目に焼き付いて頬が火照った。

あの身のこなしなら、剣の腕前も当然いいのだろう。

知らないけど。


これは一目惚れだ、間違いない。

初恋は村にいた年上の女の子だった。

彼女に恋したときも今と同じく頬が火照って彼女のことが忘れられなくなった。

男相手に惚れるとは思わなかったが、彼ほどの美丈夫なら惚れてもいいだろう。憧れとして密かに想うくらい許されるはずだ。

幼馴染が微妙な表情で俺を見ていたことには気がついていたが、それどころではないので無視をした。




マヌエルならあの美丈夫のことも知っているかもしれない。

憧れているという体で、何か教えてもらえないだろうか。


「マヌエル、今いいか?」

就寝前の支度をしているマヌエルに話しかけてみた。

騎士団では就寝時間が決まっている。良いわけないだろうがマヌエルは「もちろん!」と言ってくれた。


「昼間、食堂に来たあの高貴そうな方を知っているだろうか?」

「ああ、あれは副団長だ。カルラは夢中になっていたようだが、一目惚れでもしたか?」

一目惚れ。図星を突かれてたじろいた。

マヌエルは笑っているが冗談じゃない。


「そんなんじゃない。あまりにもかっこいいから、俺もああいう人になれたらなって思って!」

自分の顔が赤くなったのはわかったが、上手く誤魔化せただろうか。


「なんだなんだ」

「カルラは副団長に憧れたのか?」

「わかる、副団長はかっこいい人だよな」

他の同室者まで集まってきてしまい、ルーカスは俺の横に引っ付いた。

「カルラなら副団長より立派な騎士になれるよ」

「ルーカス、あまりカルラを甘やかすんじゃない」

マヌエルはまだ笑っている。


「悪い悪い、カルラは立派な騎士になれるだろうが、副団長は特別だ。あまりにも遠い人なんだよ」

「遠い人?」

「そうだ、副団長はおれたちと違って貴族の方なんだ。憧れるのは良いが」


貴族。所作が美しかったからそうかもしれないと思ったが本当に貴族だとは。貴族に会ったことがなくてわからなかった。


「剣の腕前も団員の統率力もこれまでにない天才だと先輩が言っていた。団員たちからの信頼も厚い上に愛妻家!完璧なお人なんだと!」


なんだそれ、最高の人じゃないか。


「おれたちが参考にできるなら愛妻家のところだな!おれも早く結婚がしたいよ!」

そのあともマヌエルが熱く語っていたが、就寝時間になり、慌てて寝る支度をしたのだった。


その日はなかなか寝付けなかった。

マヌエルは愛妻家と言っていた。

副団長には妻子がいるのだと。

浮かれすぎて考えていなかった。ひと目見て素晴らしいとわかるような人に妻子がいないわけがないだろう。

俺はあまりにも速い失恋をしたのだ。

失恋はしたが、副団長が最高のお人だとわかって憧れの気持ちはますます強くなった。

この仕事に就けて良かった。立派な騎士になれるよう頑張ろう。



「カルラ、朝だよ。起きて」

ルーカスの声がして目を開けた。

いつの間にか眠っていたようだ。


「ルーカス、今日は休暇だが、予定はあるか?」

どうしてもルーカスに話を聞いてもらいたかった。

「予定はないよ、カルラとのために空けておいたんだ」




俺とルーカスは街で評判の店でサンドイッチを買い、ひと気ない湖のほとりで昼食にした。

サンドイッチは街で評判になるだけあって、ハムとチーズの定番な組み合わせなのに非常に美味しい。ルーカスも一心に食べているからまた二人であの店に行こうと思った。

この湖もマヌエルが穴場だと言っていたように他に人が見当たらないため、今日の用事に丁度いい。



持ってきていた水筒で喉をうるわせて、俺は口を開いた。

「ルーカス、失恋した話を聞いてほしい」


彼は少し目を開いて、続きを促すように頷いた。


「昨日食堂で見かけた副団長がいただろう?あの人がかっこよくて俺は一目惚れしたんだ」

幼馴染相手でも失恋した話をするのは恥ずかしくて、立てた膝に顔を埋めた。


「食事を受け取るだけなのに美しくて、忘れられなかった」

ルーカスは静かに話を聞いてくれている。


「でも、その日の夜にマヌエルが副団長には妻子がいるのだと言っていて、俺は失恋したんだ」

はあ、と深いため息をついて顔を上げた。


「マヌエルの話を聞いて副団長への憧れはさらに強くなったし、騎士団に入団できて心から良かったと思った。でも失恋したんだよ」


俺は泣き笑いのような不細工な顔をしていると思う。

ルーカスは肩が触れそうな距離まで近づいて座った。


「それだけの話なんだけど、男が男に一目惚れだなんて、お前以外に話せるわけがなかった。めちゃくちゃな気持ちを胸に留めて置くことができなかった」

だから話を聞いてくれてありがとう、と続けた。


ルーカスを見ると、彼は困ったように眉を下げた。

やはり男が男に失恋した話は聞き苦しかっただろうか。


「君が副団長に一目惚れしていたことには気がついていた。実は心配していたんだ」


え、と声が出た。

昨夜は眠れたかったんだろう、と彼は続ける。


「僕は、昔からカルラのことが好きでずっと君を見ていた。男に好きだと言われても困るだろうと思って、胸に秘めておこうと。今こんなことを伝えるのは失恋したばかりの君につけ込むようで酷いと思う。でも、嫌でなければ僕と恋人になってほしいんだ」


彼の深い青色の瞳が俺を見つめる。

息を呑んだ。

嫌じゃない。

胸の奥からじわじわと温かいものが込み上げてきた。


ルーカスは子供の頃から病めるときも健やかなるときもずっと俺のそばにいた。遊ぶときも村での仕事のときもずっと一緒だった。

俺の相談事には必ず乗ってくれていた。

彼は俺の夢を尊重してくれていた。

今回の失恋の話だってうんざりしないで静かに聞いてくれたし、嫌なところがひとつもない。むしろ話を聞いてくれているときの態度や、彼の落ち着いた声は好ましいと思う。

顔立ちだって悪くないどころかとてもいい。清潔感のある精悍な顔立ちは村の女の子たちから大人気だった。


嫌じゃないどころか、俺はルーカスが好きだ。

手放したくない。


「…俺は今自覚したが、ずっとお前に恋をしていたのかもしれない。お前にずっとそばにいてもらいたい。お前のことが好きだ。ずっと俺を見ていて欲しい。今さらこんなことに気がつくような俺のことをお前が嫌でないのなら、恋人になってくれないか?」


彼は花が綻ぶように微笑んだ。


「カルラが僕のことを受け入れてくれて嬉しいよ。僕はずっと君の隣にいただろう?鬱陶しがられるかと思うようなこともしてきた。正直、いつか僕のことが嫌になって離れてしまうのではないかと不安だった。君と離れたくなくて騎士団に入った。君のその麦藁色の髪も、飴色の瞳も、何に対しても一生懸命がんばるところも、すべてが愛おしいんだ。君に笑っていてほしい」


鬱陶しいとかそんな風に考えたことなどなかった。俺は美しくて愛しいこの幼馴染を長年不安にさせていたようだ。


うっとりと微笑む彼の唇がとても甘そうに見えて、俺は口付けをした。


「え!…んん!」

戸惑っているような様子にまた愛しさが込み上げてきた。


「はは、ぁっ…ん…!」

思わず嬉しくて笑った瞬間幼馴染の舌が入ってきて口内を蹂躙した。いつの間にか頭に回された手が強くて離れられない。

こんな口付けは初めてで、息が苦しくなった。


「……っは!」

口が離されて空気が入ってきた。

「…ごめん、嬉しくて」


ルーカスは耳まで赤く染めて恥じらったように言う。

確かに仕掛けたのは自分だけども、こんな、こんな!


「だって、お前の唇が美味しそうだったから。勝手に口付けた俺が悪かったけど、お前がこんなキスができるだなんて!経験があるとは知らなかった」


ずっと側にいたはずなのに、自分が知らない間に恋人でもいたのだろうか。

じっとりと見やると、慌てたように弁明をする。

「まさか!こんなこと君が初めてだよ!」

「そうか」

安心して思わず口が緩んだ。


そして自分より少し位置の高い彼の首に両腕を回す。


「俺をお前の恋人にしてくれるか?もう二度とよそ見なんかしない」

彼はとろけるような最上の笑顔で俺の腰に腕を回した。

「喜んで」





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騎士団で一目惚れをした話 菫野花 @hana-sumireno

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