青薔薇伯爵の告白

紫藤市

青薔薇伯爵の告白

 あおはくしゃくの名で一躍宮廷の寵児となった男が逮捕された。

 錬金術師を名乗り、王侯貴族たちに若返りの妙薬と偽った薔薇水を売りつけたというのが表向きの罪状だ。彼の顧客の中には王妃や王の愛妾、有力貴族の妻や令嬢などがいたが、この貴婦人たちが多額の借金をしてまで青薔薇伯爵から薔薇水を購入していたため、社交界を揺るがす大事件に発展した。

 けんぺいたい隊長のアルマンは、鉄格子の向こう側で粗末な木の椅子に座り背中を丸めてうなだれるそうしんの男を見遣った。

 逮捕されると同時にこの監獄に収監された青薔薇伯爵は、明日、王立裁判所の大法廷で裁判にかけられる。ほぼ間違いなく死刑が宣言され、即日断頭台に送られる。新聞各紙は青薔薇伯爵を稀代のいかさま師とそしり、国民をあおっている。明日は処刑場に見物人があふれることだろう。

 青薔薇伯爵は病的なほど青白い肌に、彫りの浅い目鼻立ちをした地味な容貌の男だった。長い黒髪をうなじでひとつに結び、絹のシャツからも背骨が浮き上がって見えるほど肉のない背中に垂らしている。年齢は二十代半ばくらいだが、成人男性にしては背が低い。無抵抗で逮捕されたときからしょうすいしており、宮廷の貴婦人たちを騙して次々と金品を巻き上げた強欲な男には見えない。

「あんた、本当に青薔薇伯爵か?」

 じゅうろうそくを掲げ、鉄格子に顔をくっつけんばかりに薄暗い牢の中をのぞき込みながらアルマンは尋ねた。裁判の前に形ばかりの調書を作るため、一通りの取り調べをしろと宰相から命じられている。

「そのように呼ぶ者もいる。ただ、父は伯爵だったが、私は爵位を継いではいない」

 緩慢な動きで顔を上げた青薔薇伯爵は、低いかすれ声で答えた。すでに逮捕から半日近く経っていたが、彼がアルマンの前で声を発したのはこれが初めてだ。

「俺は憲兵隊のアルマンだ。いまからあんたの取り調べをおこなう」

 鉄格子越しに話をしているため、暗い廊下にアルマンの声が響き渡った。同じ階の他の房に囚人はいないため、会話を聞かれることはない。

「なんでも聞いてくれ」

 自分の境遇に諦めを感じているのか、相手は素直に応じた。

「まず、なぜあんたは青薔薇伯爵なんて呼ばれるようになったんだ?」

 そもそも庶民であるアルマンはこの男が逮捕されるまで、青薔薇伯爵と呼ばれる存在すら知らなかった。

「多分それは私が、これまでこの世に存在したことがなかった青い薔薇を作り出したからだろう」

 男が答えたので、アルマンは彼に続けて話をするよううながした。


 私の名前はフランソワ・ロゼ。父は東北部にささやかな領地を持つ伯爵だった。母は私が生まれてすぐさんじょくで体調を崩し、そのまま三日と経たずに死んだ。

 父は薔薇の栽培を趣味としていたが、母の死後、ますます薔薇の栽培に没頭するようになった。特に品種改良に熱中し、幻とされる青い薔薇を開発することに生涯を捧げた。しかし残念ながら、父は青い薔薇を完成させることはできなかった。最初に青い薔薇が咲いたのは、私が死んだ父の研究を引き継いだ三年後のことだ。初めていろに似た花びらが蕾の先から覗いているのを見たときは、心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 私は初めて青い薔薇を咲かせるのに成功した際、父と母の墓に供えたいと強く想った。しかし残念ながら、私はふたりの墓に参れなかった。それというのも、その頃には伯爵家は叔父が継いでおり、私は領地から着の身着のままで追い出されていたのだ。私の両親は正式には結婚しておらず、私は庶子だった。

 叔父は私を嫌っていた。それ以上に彼は私の父を憎んでいた。父は伯爵家の財産をすべて薔薇に費やし、家は没落寸前だった。叔父は財政難の伯爵家を救うために、父がのこした薔薇狂いの私を放逐したのだ。

 行き場を失った私を拾ってくれたのは、かつて屋敷で庭師をしていたジャン・ジャルダンという男だった。彼もまた伯爵家を追放されたひとりだ。叔父は庭の薔薇という薔薇をすべて切り捨て、庭師たちに花ではなく野菜を育てるように命じたが、ジャンだけが反発した。すると叔父はすぐさまジャンを解雇した。

 ジャンは父が開発途中だった青い薔薇の苗木と、父の研究記録をこっそり屋敷から持ち出していた。それを私に差し出し、父のを継いで研究を続けるべきだと言ったのだ。

 私はジャンの家に身を寄せ、青薔薇の研究を続けた。

 ところが、半年も経たないうちに新たな問題に直面した。

 金だ。

 父は私財をなげうって研究していたが、私の懐には銅貨一枚もなかった。

 薔薇というのはとにかく繊細な植物だ。土が気に入らなければ枯れ、気温が高くても低くても枯れ、虫がついても枯れる。面倒な奴だと文句を言おうものなら機嫌を損ねて根っこから枯れてしまう。

 それでも私は薔薇を愛した。私にとって薔薇は父とのたったひとつの絆だったからだ。

 とはいえ、金がなくては肥料や除虫剤は買えないし、温室の設備も整えられない。早急に金を作らなければ薔薇が死んでしまう。

 焦る私に助言してくれたのは、ジャンの息子で私と同い年のラウールだった。彼は伯爵家をクビになったジャンと一緒に農夫をしていたが、畑を耕して一生を終えるのが勿体ないほど頭が切れる男だ。そして、ひときわ容姿に恵まれていた。

 ラウールはまず、ある公爵家の女中と顔見知りになった。その女中に私が作った薔薇水を小瓶に入れたものを渡し、「これは俺の知り合いの錬金術師が作った薔薇水だ。不老の効果があるらしい」と告げた。この薔薇水を受け取った女中は、半信半疑ながらも薔薇水を朝晩と化粧水代わりに使っていたところ、使用人仲間から急に綺麗になったと言われるようになった。それで彼女は薔薇水の効果を信じるようになり、ラウールから貰った薔薇水のことを仲間たちに話したのだ。

 他の使用人たちも薔薇水を欲しがったが、ラウールはわざと渡すのを渋った。そして彼は女中に「実はこの薔薇水は、青薔薇から作り出した貴重なものだ。誰にでも配れるものではないんだ。君に贈ったのは、君が特別だからだ」と囁いた。

 あなたはなぜ女中が薔薇水で美しくなったかわかるかい。薔薇水は薔薇の花びらを煮詰めて蒸留した水だ。特に珍しいものではない。それでも女中は薔薇水のおかげで自分は綺麗になれたのだと信じた。本当はラウールへの恋心で美しくなっていったというのに。ラウールは女性の心をあやつすべに長けていたのだ。

 薔薇水の話はすぐに公爵夫人の耳にも入った。彼女のお喋りな侍女が話したのだ。

 公爵夫人は自分のためにその錬金術師が作った薔薇水を手に入れるよう、侍女に命じた。公爵夫人には執心している若い愛人がいて、その男の心を少しでも長く繋ぎ止めるために、薔薇水を欲しがったのだ。

 侍女はラウールに、いくらでも払うから薔薇水を売って欲しいと頼んだ。それでまずは人差し指ほどの小瓶の薔薇水に金貨三枚の値を付けたが、侍女は値切ることなく買ってくれたよ。

 だが、すぐに小瓶は空になった。

 公爵夫人はすぐさま、新たな薔薇水を買い求めようとした。それで侍女はまたラウールのところにやってきたので、彼は金貨三枚と引き替えに薔薇水が入った小瓶を渡した。その際、彼は侍女に「これが最後の薔薇水だ」と告げた。

 それを聞いて侍女は驚き事情を尋ねてきたので、ラウールは「青薔薇を栽培する資金が尽きた」と答えた。

 実際、私の研究費は金貨六枚くらいでは肥料の足しにもならなかった。

 錬金術師というのは魔術師とは違い、無からなにかを作り出すことはできない。青薔薇とて土や肥料なくして育つものではないが、それを買うための金銭が私にはなかった。

 ラウールは「ご期待に添えられず残念だが」と白い薔薇を青く染めたものを最後の一輪だと勿体ぶりながら侍女に渡した。この薔薇は特殊な着色と加工を施してあったので、花瓶に挿して飾っておいても花は色褪せないようになっていたが、一晩で散った。公爵夫人は悪あがきをするように、この花びらを紅茶に浮かべて飲んだそうだ。

 二本目の小瓶の薔薇水がなくなると、公爵夫人は私に会いたいと言い出した。彼女はすでに薔薇水なしには自分の若さと美貌は保てないと盲信しており、薔薇水が手に入らなくなることが我慢できなかったらしい。

 それで私は、公爵家に招かれた。

 私は貴族の屋敷を訪問するに相応しい服を持っていなかったが、ジャンが黒い一張羅を貸してくれた。彼の服は私には少々大きすぎたが、身なりに無頓着な感じが出ていて良いとラウールは妙な褒め方をしてくれたものだ。

 自分で鏡を見たときは、あまりにも胡散臭い出で立ちに笑うしかなかった。伸び放題の髪をひとつに結び、眉間に皺を寄せながらきょろきょろと落ち着きなく眼球を動かし、緊張のあまり小刻みに身体を揺らしている姿など、見られたものではない。しかしラウールは、研究に熱中する神経質な錬金術師らしくなっていると私をおだてた。

 とにかくラウールは人を褒めそやすのがうまいのだ。

 その言葉を真に受けたわけではないが、私は着慣れない服を着て公爵夫人に会いに行った。約束の日、公爵は不在だった。あらかじめ公爵夫人は夫が家を空ける時間帯を狙って私を呼んだのだ。

 公爵夫人は五十代半ばという年齢にしては肌の色が良く、金色の艶やかな髪が美しい豊満な体型の貴婦人だった。光沢のある絹のドレスを身に纏い、真珠の首飾りに紅玉や碧玉の指輪、銀のかんざしを髪に挿し、ぜいの限りを尽くした姿をしていた。部屋の中は花や絵画でごてごてと飾り立てられており、いかにも有り余る金の使い道に困っている風だった。

 実際、彼女は金で買えるものはすべて手にしていた。

 公爵夫人は私に「薔薇を栽培するための資金援助をしましょう。わたくしのために青薔薇を育て、薔薇水を作ってくれるなら、いくらでも出しましょう」と言ってくれた。その場で宝石箱に入っていた宝飾品を全部気前よくくれたほどだ。

 彼女がこれほど簡単に私を信用したのには訳がある。

 実は彼女の若い愛人というのは、ラウールなのだ。

 公爵家の女中を口説きながら、同時に別の名を使って公爵夫人にも近づいていたのだ。彼は器用にもひとりで女中の恋人と公爵夫人の愛人役を見事に演じ分けていた。

 その愛人が「貴女は最近特に美しくなった」と甘い声で囁き薔薇水の効能を裏付けようものなら、公爵夫人はますます有頂天になり、是非とも薔薇水を手に入れようとして私の支援をしてくれた。

 資金の問題が解決したことで、私はしばらく研究に集中できた。ジャンとふたりで朝から晩まで研究室に籠もり、青い薔薇を作り出すことだけに時間を費やした。もともと父の研究は完成まであと一歩という状態だったため、私が青い薔薇を咲かせるまでにそう月日はかからなかった。

 公爵夫人にも出来上がった青い薔薇を見せたが、彼女は薔薇そのものよりも薔薇水を欲しがった。それですぐに薔薇水を蒸留して彼女に渡した。今度は本物の青い薔薇を使って作った薔薇水だ。

 青い薔薇は八重咲きだが花は小ぶりで、気品のある優雅な花びらが他のどの品種の薔薇よりも際立って美しかった。ただ、いったん花が咲くと一日で散ってしまう短命だった。朝、蕾が開いて咲き始めたかと思うと、日没と同時に花びらがすべてがくから落ちているのだ。その儚さもまた魅力的ではあった。

 青い薔薇の栽培には成功したが、増やすのがまた一苦労だった。接ぎ木をして株を増やそうにも、百本中一本成功するかどうかという状態だった。しかも、なんとか接ぎ木に成功しても、途中で枯れたり、蕾を付けても色が薄かったり、ほんの少しの気温の変化にも敏感に反応して根腐れしてしまったりする。虫の羽音がしただけで機嫌を損ねて葉がしおれたこともある。

 五十年以上庭師として薔薇の世話をしてきたジャンでさえ、「こんなに手間のかかる気難しい薔薇は初めてだ」とぼやいたほどだ。

 手間暇はかかったが、それでも青薔薇の栽培はなんとか軌道に乗り始めた。

 ある日私は、薔薇水と一緒に朝咲いたばかりの青薔薇を公爵夫人に届けた。珍しく夫人が青薔薇も一輪欲しいと言ったためだ。

 公爵夫人はその日、王宮で催された園遊会に出席する際、髪飾りのひとつとして青薔薇を髪に挿して出席した。ラウールが「貴女の金髪に青薔薇はよく映える」と誉めたからだ。

 その園遊会で、公爵夫人が髪に飾った青薔薇は王妃の目に留まった。

 王妃は公爵夫人に青薔薇が造花なのかと尋ねた。

 すると公爵夫人は意味ありげに微笑み、「これは、ある錬金術師が作り出した本物の青い薔薇ですわ」と答えた。

 王妃はすぐさまその青薔薇を欲しがったが、公爵夫人は「日没とともに散ってしまうものを、王妃様に差し上げるわけにはいきません」と断った。しかし、王妃が繰り返し青薔薇を要求したため、しぶしぶといったていで公爵夫人は青薔薇を自分の髪から抜き取り、王妃に献上した。

 こうして王妃は青薔薇を手にした。

 ところが公爵夫人が告げたとおり、青薔薇は夜になると同時に散ってしまった。

 青薔薇は散ると同時に花びらはくすんだ色に変わり、明け方までに枯れたようになってしまう。美人薄命を絵に描いたような薔薇なのだ。

 王妃はすぐさま公爵夫人に遣いを出し、青薔薇を作った錬金術師を王宮に連れてくるよう命じた。

 私は公爵夫人とともに、王妃にえっけんした。

 今度はジャンから借りた一張羅の上に、焦げ茶色の修道僧のような外套を羽織って出掛けた。やはり珍妙な格好ではあるが、錬金術師を名乗る以上、少々風変わりな格好をしている方がそれらしく見えるだろうとラウールが言ったからだ。

 私は王宮の王妃の私室に招かれた。

 初めてお会いする王妃は、栗色の髪に榛色の大きな瞳が印象的な、まだ二十歳を過ぎたばかりの小柄な方だった。隣国から嫁いで一年にもならない彼女は、ごうしゃな絹の衣装に身を包み、宝石の首飾りに耳飾り、腕輪で輝いていたが、あらゆる物を手に入れても満たされない乾きを抱えているように見えた。しゃと退屈に蝕まれ、美しい屍のようでもあった。

 最初に、王妃は私に「本物の錬金術師である証しを見せよ」とおっしゃった。

 それで私は女官に頼んで、王宮のじゃ道に敷いてある石を幾つか持ってきてもらった。それらの小石を小さな革の袋に放り込むと、錬金用の粉だといって小瓶に詰めてあった砂を袋に入れた。この袋を何度か振ってから中身を円卓の上に出した。袋からはさきほどの小石に混じって、小指の爪ていどの大きさの金の粒が転がり出てきた。

「私は錬金術師とは言っても、ただの石塊をすべて黄金に変えるという研究は完成できておりません。このようにまだまだ中途半端な状態なのです」

 小さな金の粒を掴むと、私は恭しく王妃に差し出した。

 王妃はそれを自らの手で受け取り、まじまじと金の粒を見つめた。

 錬金術師は魔術師ではない。魔法の粉を振りかければすべての石塊を金塊に変えられるわけではなく、失敗もすれば、不得意な分野もあるのだということを強調した。

「私は以前より青薔薇の研究をしており、最近になって青薔薇の栽培に成功しました。この青薔薇からは、不老の効果がある薔薇水を作り出せます。以前より公爵夫人には私が精製しました薔薇水をご愛用いただいておりますが、もしよろしければ王妃様も一度お試しになりますか」

 私はラウールから教えられた通りの口上をとつとつと述べると、外套の下から薔薇水を入れた小瓶と青薔薇を取り出した。

 王妃が黙って頷くと、女官は私の手から小瓶と薔薇を取った。

 私は生来口下手だったためそのまま黙り込んだが、あとは公爵夫人が私の薔薇水の効用を余すところなく語ってくれた。

 王妃と公爵夫人は年齢が二十歳以上離れているが、うわべはまるで姉妹のように親しげに話をしていた。ところが実際のところ、王妃は公爵夫人を嫌っており、公爵夫人よりも優位に立つ機会を虎視眈々と狙っていた。というのも、公爵夫人がかつて国王の乳母を務めたことがあり、彼女は国王に対して王妃以上の影響力を持っていたのだ。

 私が公爵夫人とともに王宮を退出する際、王妃の女官が私に心付けだといってたくさんの金貨が入った小袋をこっそりと渡してきた。その中には紙切れが入っており、明日は公爵夫人に内緒でひとり王宮に来るようにと書かれていた。

 もちろん、私は命じられたとおり、翌日はひとりで王宮に出向いた。

 とは言っても、公爵夫人が一緒ではない以上、私の代わりに如才なく喋ってくれる者が必要だ。それで私はラウールを従者として連れて行った。この器用な男は、錬金術師の有能な従者として言葉巧みに王妃に取り入ることに成功した。

 こうして私は王妃という有力な支援者を得られた。

 王妃は青薔薇の水を独占するため、私に研究室を王宮内に移すよう命じた。青薔薇を栽培するためには特殊な設備が必要だと説明すると、王妃は私が指定したとおりの温室を用意してくれた。それで私はジャンとともに王宮に移り住み、ひたすら青薔薇の栽培に没頭した。

 私の温室には、百本以上の青薔薇が毎日のように咲き乱れるようになった。

 女官は毎朝温室へやってくると、その日咲いたばかりの青薔薇を王妃の部屋に運んだ。王妃は黄金よりも高価な青薔薇を部屋に飾り、青薔薇水で肌を潤し、美貌を際立たせた。

 私は無心に青薔薇を育て続けた。

 やがて私は周囲から青薔薇伯爵と呼ばれるようになった。爵位を得たわけではないが、悪い気はしなかった。私は、父と私が親子二代で作り出した青薔薇が人々から認められたことに浮かれていた。

 王妃は自分の取り巻きたちに私と引き合わせ、取り巻きたちには青薔薇水を買うことを許した。王妃の取り巻きたちも、すぐに私の支援者となってくれた。青薔薇は宝石と同じ値段で取り引きされるようになった。

 日々私の温室で花開く青薔薇は、ゆうに二百本になっていた。

 だが、ちょうらくはすぐに訪れた。

 王妃の多額の浪費が国王や大臣たちに知られたのだ。

 宰相は私の素性を洗い出すと、私の叔父を王宮に呼び出し、私を告発するよう命じた。あくまでも王妃は巻き込まず、私だけを断罪するのが宰相の目的だった。

 叔父は私を、ロゼ家の名をかたる詐欺師として告訴した。

 薔薇を憎む叔父からしてみれば、どこかで野垂れ死んでいるはずだった私が青薔薇を作り出して王宮で持てはやされていることが我慢ならなかったのだろう。しかも、伯爵家を没落寸前まで追いやった薔薇の研究で、今度は国の財政が危うくなっているのだ。叔父からすれば私は国賊も同然に思えたはずだ。

 私はすぐさま逮捕され、この監獄に連行された。

 明日は裁判にかけられると聞いている。

 しかし、私は一体どのような罪を犯したというのだ?

 私の青薔薇は本物だ。白い薔薇を色水で青く染めたものではない。

 薔薇水の不老の効果を証明していないことが問題だろうか。誰もが「王妃様は昨日よりも今日の方がお美しい」と口を揃えて褒めそやしているというのに。

 私は、王宮の温室に残してきた青薔薇たちがどうなってしまったのか、それだけが気掛かりだ。あの薔薇たちはほんの少しでも世話を怠ると、すぐに機嫌を損ねてしまうのだ。庭師のジャンは私が捕らえられる寸前に逃げたから、あの温室の薔薇たちは半日以上放置されてしまっていることだろう。もしかしたら叔父が私の首を落とすように、鎌を振るって薔薇をすべて刈ってしまったかもしれないが。

 今頃叔父は、明日の裁判で私をどのように糾弾しようか考えていることだろう。叔父にしてみれば、青薔薇そのものが悪魔なのだ。父と私はその悪魔に取り憑かれたあわれむべき存在であり、死のみが青薔薇の呪縛を解けると考えているかもしれない。

 確かに、私は青薔薇に魅了されている。

 明日、私は青薔薇のために、死刑となることを敢えて受け入れる。


 青薔薇伯爵ことフランソワ・ロゼは話し終えると、長い溜め息をついた。

「あんたは自分の罪をいていないのか?」

 鉄格子越しにアルマンが尋ねると、相手は怪訝な表情を浮かべた。

「悔いることなどなにもない。青薔薇を作り出したことが罪だと言うなら、私は罪人の汚名を甘んじて受けよう」

「酔狂だな」

 軽く肩をすくめてアルマンが呆れ返ったときだった。

 ひゅんっと空を切るような音が彼の背後で響いたかと思うと、次の瞬間には後頭部への激痛に悲鳴を上げる暇もなく床に倒れ込んでいた。

「坊ちゃんにしては上手に身の上話ができていましたねぇ」

 若い男のあっけらかんとした声がアルマンの頭上から響く。

 うめきながらアルマンはなんとか身体を動かそうともがいたが、小指の一本さえ微動だにしない。

「ラウール、いつから聞いていたんだ?」

 驚いた様子の青薔薇伯爵の声が牢の中から発せられた。

 同時に、鉄格子の錠が開く音がアルマンの耳に届く。どうやら腰の鍵束を奪われたようだ。

「坊ちゃんのお父上が亡くなったという辺りからですよ」

 ラウールが答えると同時に、どさりと床になにかを下ろす音がした。

 憲兵隊が総力を挙げて警護するこの監獄にどうやって忍び込んできたのか、アルマンには想像ができなかった。

「ほとんど最初からじゃないか」

 途中で止めてくれても良かったのだが、とわずかに恨めしげな口振りで青薔薇伯爵はぼやく。

「途中で話の腰を折るのも悪いと思いましたので、廊下の隅に潜んで聞いていたんですが、そろそろここを脱出しないと、次の見回りが来てしまって逃げられなくなるんですよ。ほら、さっさとその薄汚れた服は脱いでこれに着替えてください」

「私は命など惜しくない」

「坊ちゃんは惜しくなくても、俺は自分の命が惜しいんです。で、坊ちゃんを生きて連れて帰らないと、今度は俺が親父に殺されかねないんで、お願いですから一緒にここから脱獄してください。親父がちゃんと薔薇の苗木は三本ほど王宮から逃げる際に持ち出していますから、またうちの親父とふたりで世間に隠れて薔薇を育てれば良いじゃないですか」

 子供をあやすような口振りでラウールは説得する。

「ジャンは私の薔薇を連れ出してくれたのか。それなら、行こう」

「やれやれ。まったく、薔薇に振り回されるのもそろそろ勘弁して欲しいですよ」

 りながらも、ラウールは牢の中でばさばさとなにかを床にばらまいた。

 途端に、アルマンのこうに監獄にはあるまじきほうこうが漂ってきた。

 全身がきしむのを感じながら、なんとか首を動かして視線だけを牢の中に向けると、暗い牢の床に散らばる影が見えた。

「ほら、ちゃんとぼたんを掛けて襟を正して、憲兵らしく背筋を伸ばしてください。監獄の外に出るまでの間だけですから」

 どうやら青薔薇伯爵はラウールが持ってきた憲兵の制服を着たらしい。このまま憲兵のふりをして逃げるつもりなのだろう。

 がちゃん、と牢が閉まり、錠が掛けられる音がした。

 ラウールはアルマンの腰に鍵束を返すと、わざわざ膝を折ってアルマンの顔を覗き込んだ。

「あんたにひとつ提案をしてやる。青薔薇伯爵は日没と同時に人の姿から薔薇の花びらに変わってしまった、という展開はどうだ?」

「なん……だと……?」

 歯ぎしりをしながらアルマンが問い質すと、ラウールは声を潜めて続けた。

「牢の中には青薔薇の花びらと伯爵が着ていた服が残っているだけだ。あんたはこの牢の扉は開けていないし、伯爵以外の姿も見ていない。錬金術師である伯爵は青薔薇と同じく日が沈むと同時に散ってしまった。現に、そこにはたくさんの花びらが落ちている」

 ラウールが牢の中を指で示しながらにやりと口元を歪めた。

「あんたが自分の失態をそのまま国王や大臣に報告するのも良し、だ。あんたが好きな方を選べ」

 意地の悪い笑みを浮かべるとラウールは立ち上がり、青薔薇伯爵を急き立てながら廊下を歩き出した。

 いつの間にか獣脂蝋燭の炎は消えており、灯りを失ったアルマンの視界は漆黒の闇だけが広がっている。

 這いつくばっていた床からようやく身体を起こした頃には、部下たちに青薔薇伯爵の脱走を知らせる呼び子を吹く気力は失せていた。床に散らばっているはずの薔薇の花びらの薫りを思いっきり嗅ぐ。青薔薇は日没と同時に散って色褪せ枯れる、と伯爵は話していたが、監獄内の悪臭を掻き消すほどのけんらんな薔薇の匂いで辺りは満たされていた。


 青薔薇伯爵が捕らえられていた監獄内で薔薇の花びらに姿を変えて消え失せた話は、しばらくの間、国内外で話題になった。

 それも数年後には人々の記憶から忘れ去られ、やがて青薔薇伯爵の名も口にする者はいなくなった。

 ある日、ロゼ伯爵家の先代の墓に、枯れた薔薇が供えられていた。

 それを夕刻になって見つけた墓守は、薔薇嫌いの当主の心情をおもんぱかり、黙って薔薇を雑草とともに片付けた。

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青薔薇伯爵の告白 紫藤市 @shidoichi

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