大好きなので、俺を彼氏にして下さい

多田光里

第1話〈完結〉

市役所の合同入社式が終わり、配属先の歴史資料館へと移動した朝日宙は、そこの支配人として勤務している若杉藍翔に会うなり、目の前に立ちはだかり、

「好きです!俺と付き合って下さい!」

と、大声で言うと、頭を下げた。

周囲が、どよめく。

若杉は、顔色1つ変えることなく、

「俺、彼女いるから」

と、容赦なく一撃を食らわした。

「彼女がいてもいいんで、俺を彼氏にして下さい!」

それでも、朝日は怯むことなく挑んだ。

「それ、二股になるだろ?」

「二股じゃないです。彼女と彼氏は違います」

「どんな理屈だ?」

「先輩は彼女を抱きますけど、先輩は俺に抱かれるので、関係としては、浮気でもなく二股でもなく、全く別物かと」

今度は、どっと笑い声に包まれた。

「お前、バカか?」

「やっと先輩に会えたんです。だから、絶対に後悔したくないんです。俺と付き合って下さい!」

「ふざけたこと言ってないで、早く席に着け。勤務日初日だぞ?俺は、仕事とプライベートを区別出来ない奴は、好きじゃない」

若杉が真面目な顔で言うと、朝日はやっと引き下がったのだった。


「先輩!一緒に帰りましょう!」

リュックを担いだ朝日が、戸締まりを終え、館内から出てきた若杉に近寄り、声を掛けた。

若杉がため息を吐く。

「何なんだよ」

「帰る方向、一緒なんで」

そして、若杉の手を握り、歩き出す。

「おい!手!!」

「手ぐらい、いいじゃないですか」

「良くないだろ!」

「じゃあ、腕組みます」

「は!?」

朝日がスルリと、両手で若杉の腕にしがみついた。

「これだと、介護してるように見えるかも」

「見えても困るだろ」

「じゃあ、やっぱり手でいいですよね?」

再びギュッと手を握りしめてきた。

「だから、やめろって。誤解されるだろ」

「誤解されたいです。そしたら先輩に寄って来る人、いなくなるので。だいたいこんな田舎道、誰も歩きませんよ。みんな車なんで」

「車だから、尚更、見られてるんだ!」

「じゃあ、住宅街を通って帰りましょう」

強引に手を引かれ、住宅街へと連れ込まれる。

「先輩!ほら、桜!先輩と桜を見られるなんて、マジで幸せです!これから毎日一緒に帰るつもりなんで、2人で四季を感じられますね。ここの通り、めっちゃ穴場なんですよ。6月には紫陽花が一斉に咲くんです」

「へぇ」

若杉が、満開の桜並木を見て、思わず足を止めた。こんな風に、景色を感じるなんてこと、いつ振りだろう。視線を感じて横を見ると、朝日が目を細めて嬉しそうに微笑みながら、若杉を見つめていた。


そのうちに、紫陽花が満開になり、綺麗に長く道に沿って並んでいた。その葉の1枚をめくり、朝日が若杉を嬉しそうに見た。

「先輩、ほら。カタツムリ」

若杉が近付く。

「久しぶりに見た」

「最近、減ってますもんね。オニヤンマとかも、あんまり見なくなりましたし」

「そうだな。小さい頃はよく見てたけど」

カタツムリを真剣に見つめる若杉に、朝日が、

「カタツムリ、好きなんですか?」

と聞いた。

「いや、カタツムリって、こんな感じだったんだな、って、改めて思って」

「大人目線で見ると、また違って見えるんですよ」

「そうかもな。若い頃はこんなに真剣に見なかったもんな」

「若い頃って…。先輩、まだ27歳でしょ」

言いながら、朝日が笑ったのだった。

そんな日々を過ごしているうちに、冬が始まり、雪の降る日が増えてきた。朝日は仕事の覚えも早く、除雪なども率先してやってくれたりと、若杉の仕事のフォローにも入ってくれることも多く、土日が開館日のため休日は第3日曜と月曜だけということもあり、数少ない人員での勤務にとても貢献してくれていたのだった。


戸締まりをし、雪の降る帰り道をいつものように手を繋ぎながら2人で歩き出す。

「冬は嫌いです。先輩の手を握っても、手袋が邪魔して、直接温もりを感じることが出来ないし。早く春になるといいのに」

朝日が目を細め、物凄く愛しそうに自分を見つめる瞳に、若杉は一瞬言葉を失ってしまった。

「どうしたんですか?」

「面倒くさい」

「何が?」

「いちいち、どうでもいい事を言ってくるのが」

「俺にはどうでも良くないです」

「そもそも何で俺なんだ?お前、顔もいいし、モテるだろ」

「俺は先輩しか目に入ってないんで、モテるとか本当にどうでも良くて」

「ってことは、モテてたんだな」

「でも、まだ童貞です!」

「誰も聞いてない」

どうでもいい事で自信満々に大声を出す朝日に、若杉は思わずため息を吐いた。


それは、小学6年生の夏休みのことだった。図書館の敷地内にある芝生で、友達と2人でセミを捕まえていた時、歩きタバコをしながら犬の散歩をしていた中年の男がいた。

ドン、とぶつかり、腕に異常な熱さを感じたあと、朝日はその場に倒れた。

「気を付けろ!ガキ!」

中年の男が怒鳴り、犬が激しく吠える。

「気を付けるのは、あんたの方だろ?子供の遊び場で歩きタバコなんかして。こいつの腕に当たっただろうが。今すぐ警察に連絡して、傷害で突き出してやろうか?」

言いながら朝日を抱き起こすと、近くの水道へと連れて行き、すぐに蛇口を捻る。

ザーッと、腕に水が激しくかかる。

中年の男は、気まずそうに、急ぎ足でその場をあとにした。

「大丈夫か?痕にならないといいけど」

色白の、目鼻立ちの整った綺麗な顔を朝日はついジーッと見ていた。

「おーい!藍翔ー!!」

遠くから、声がした。

「おう!今行く!先に行ってて!」

後ろを振り向きながら、何人かの友人らしき人たちに向かって大きな声を出した。

「ごめんなさい。友達いるのに」

「いや。お前のせいじゃないし」

そして、水を止めると、ポケットからハンカチを取り出して、ポンポンと、水を吹き取ってくれる。

「家に帰ったら、ちゃんと火傷のあと見てもらって、あんまりひどかったら病院行くんだぞ」

そして、その綺麗な男の人は立ち上がると、自分のカバンを肩にかけ、朝日に背を向けて友達のあとを追うように歩き出したのだった。


「あの日、高校の制服見てたんで、同じ高校受験して。『あいと』って名前で、やっと先輩のこと捜し出して。大学も同じところ受験して、ようやく追い付けたんです」

「怖っ」

「え?何がですか?」

「たった1回会った奴のために、進路決めるとか?あり得ないだろ」

「俺にとって、あの出会いは、それだけ衝撃的だったんです」

「あの時から何年経ってると思ってんだ?その時の俺とは変わってるかもしれないのに」

「何がですか?」

「性格とか容姿とか」

「変わってません」

「それは結果論だろ?」

いつも一方的に、勝手に繋がれている朝日の手に、力が込もった。

「結果論だったとしても、僕が先輩を好きな気持ちに変わりはありません」

「ある意味、ストーカーだな」

「迷惑を掛けないように努力はしてます」

「手に入らない物を追うのって、辛くないのか?」

「辛くないです。先輩の側にいて、先輩の姿を見ていられるだけで幸せなので。何年間片想いしてると思ってるんですか?」

嬉しそうに、腕をブンブンと振る。

「お前、自分のやりたい事、ないの?」

「え?」

「俺中心じゃなくて、自分中心の世界を見つけたらどうだ?まだ若いんだから」

「自分中心の世界を見つけたとしても、先輩がいないと、全くの無意味です」

「重すぎるだろ。俺にお前の人生の責任は負えない」

「俺が勝手にやってることなんで。先輩は気にする必要ないです。俺のこと心配してくれてるんですか?」

「別に」

「やっぱり先輩は優しいですね」

あ...。まただ。いつも目を細めて、嬉しそうに俺を見る。その柔らかな表情から、自分への気持ちが嫌と言うほど伝わって来るのが分かる。

「今日、彼女さんと予定ないなら、俺のアパートに寄ります?」

「何しに?」

「夕飯作りますよ。一緒に食べません?」

「いや、いい。俺は、まだそこまでお前を信用してない」

「何もしませんよ」

「そういう事を言ってるんじゃない」

「俺の気持ち、まだ信じてないんですよね?」

核心を突かれ、歩くスピードが弱まり、若杉は黙り込んだ。

「知ってます。土木課の外村さんとのこと。雰囲気で分かりました」

「もう過去のことだ。今は、お互いにパートナーもいるし、良い関係だよ」

若杉がそこまで言うと、

「先輩、こっちです!」

突然、腕を力強く引かれる。そして、強引に朝日のアパートへと連れて行かれたのだった。


「座ってて下さい」

コートと背広を脱ぎハンガーに掛けると、朝日はキッチンへと移動し、エプロンをする。

「先輩がいつ来てもいいように、毎日掃除してて良かったです」

「毎日?」

「はい。毎日、先輩が来た時のことをシュミレーションしてます」

「変態か」

若杉が言うと、朝日が嬉しそうに笑顔を見せた。

「先輩もコートと背広、ハンガーに掛けて下さい」

若杉は、マフラーを外しコートを脱ぐと、ハンガーに掛けた。

「何作るんだ?」

「しょうが焼き定食です。俺、ずっと定食屋でバイトしてて。キャベツの千切りめっちゃ上手いですよ?」

「へぇ」

若杉が、興味津々といった表情でキッチンの横に立つ。朝日が腕まくりをし、手を洗い出した。

「先輩、めっちゃかわいいです」

「は?」

「横に立つとか、新婚みたいですね」

「座って待つことにする」

「あー…。心の声が漏れたせいで...」

シュン、と肩を落とした。


「どうですか?」

「うまい」

「でしょ?お味噌汁も具だくさんにしたし、ご飯も炊きたてだし、キャベツもたっぷりなので、栄養バランスもバッチリです」

「料理が出来るなんて意外だな」

「次は、サバの味噌煮定食でどうですか?」

「餌付けか」

「また来てもらいたいんで」

「まあ、たまには来てもいいな」

「よっしゃあ!」

朝日はその場でガッツポーズをした。


「送ります」

「1人で大丈夫だよ」

「遅いし、心配なんで」

玄関を一緒に出て、鍵を掛けると、再び2人で歩き出す。

朝日の手が、若杉の手を握り締める。

今はそれが当たり前になり、あまりにも自然な成り行きに慣れてしまって、抵抗することもなくなっていた。

「先輩、本当にまた来て下さいね」

「時間が合えばな」

「合わせます!」

若杉は、思わず口元を綻ばせた。

「あ!先輩、今、笑いました?」

「笑ってない」

「えー?絶対笑ってたと思うけどな」

いじけたように、唇を尖らせる。

ゆっくり歩きながら、若杉へのアパートへと向かう途中で、

「藍翔?」

と、若杉を呼び止める声がした。

2人して振り向くと、若杉の彼女の中野桜花が立っていた。

「桜花。どうした?」

「月曜日、休み取ったから。藍翔のアパートに泊まろうと思って。そっちこそ、今帰り?」

「ああ。後輩の家で夕飯食べて来た」

「えー!珍しい。人付き合い、あんまり好きじゃないのに」

中野の視線が、繋いでいる2人の手に移動したのが分かった。

「酔ってるの?」

「いや。これは、こいつのクセだよ」

「クセ?」

「相手が誰であろうと、夜道は手を繋いで歩く習性らしい」

「そうなんだ」

「はい。夜道は危ないので」

「面白いね」

「じゃあ、先輩、おやすみなさい。また火曜日に職場で」

手が、離れる。

「ああ。おやすみ」

朝日が、若杉に背を向けて、1人で帰り道を歩き出した。その背の高い背中をしばらく見送っていると、

「寒いし、早く中入ろ」

と、中野が言ったのだった。


朝日が、1人空を見上げる。冬の空は空気が澄んでいて、星がものすごく綺麗に見えた。

「うわっ。めっちゃキレイ。さっき先輩と一緒に見れば良かったな…」

朝日のその時の、切なそうに歪んだ悲し気な表情は、誰にも届きはしなかったのだった。


そして、火曜日の出勤日、

「先輩!おはようございます!」

いつもと変わらない様子の朝日が、嬉しそうに若杉へと寄って来る。

「ああ」

「今日って、確か午後から小学校の予約入ってましたよね」

「ああ」

「良かった。これ、手作りの館内の案内作ったんです。人数分、カラーコピーしていいですか?」

「良く出来てるな」

「休みの日は、時間あるんで」

「結構、器用なんだな」

「先輩に褒められると、何か照れますね」

そう言って、朝日は俯きながら、笑顔を見せたのだった。


そんな日常を過ごしていたある日のことだった。外村が資料館へとやって来た。

「よお。仕事は順調か?」

「どうしたんだ?急に」

「今日は、お前に夢中なあいつは?休みなの?」

「今、市のイベントに駆り出されてる」

「そっか。いや、実はさ、あいつ、異動願出したらしくて」

「え?そうなのか?」

「聞いてないのか?」

「聞いてない」

「今年の4月から、しばらく県外に出向するとかって話。まだ決まった訳じゃないだろうけど」

「へぇ」

何事もないように平静を装おってはいたものの、何となく、胸のあたりに重苦しい違和感があった。

「煩わしいのがいなくなると、お前もラクになるだろ。ずっと付きまとわれてたもんな」

「まあ…」

「最初、退職願出してきたみたいだけど、上が相談に乗って、止めたってさ」

「退職願?」

「何か揉めてたのか?」

「いや。全然」

「まあ、人の心の中までは分からないからな。いくら口では好きって言ってても、やっぱり、なかなか信用できないよな」

「お前が言うな」

「俺は、ちゃんとお前のことが好きだったよ。あまりにもつれないから、自分が弱くて浮気してしまったけど、本気だった。今でも、後悔してるし、まだ忘れてない。ヨリを戻す気はない?」

馴れ馴れしく、肩に手が回る。

「新しい彼氏いるくせに。お前のそういうところが嫌なんだよ」

若杉は、その手を即効で払い退けたのだった。


「あ!先輩!今帰りですか?」

リュックを背負った朝日が、駆け寄って来る。

返事をせずに歩き続ける。

「どうしたんですか?何か機嫌悪い?」

「別に」

足早に歩く若杉に、朝日が一生懸命、付いて来る。

「何かありました?」

「別に」

朝日がいつものように、若杉の手を握ると、若杉が急に立ち止まった。

「先輩?」

「もう手を握るな」

その手を振り払うと、また足早に歩き出した。

「先輩!」

「付いて来るな」

「何で怒ってるんですか?」

「別に怒ってない」

「絶対に怒ってますよ。何があったんですか?」

「何もないって言ってるだろ。もう俺に付きまとうな。毎日毎日、煩わしいんだよ」

「本気で言ってます?」

「本気だよ」

「俺のこと、迷惑ですか?」

「ああ。かなり迷惑だ」

若杉が言うと、朝日が黙り込んだ。

「分かりました。嫌がってるように見えなかったので、全然気付かなくて。今まですみませんでした」

そう低い声で呟くと、朝日は、若杉から離れ、逆方向へと歩き出した。

違う。そういうことじゃないんだ…。

若杉は、唇を噛み締めた。カバンの持ち手を握る手に、力が込もる。

『退職願って、どういうことだ?』

その一言が、どうしても口から出てこなかった。

自分に飽きたのだろうか?一瞬、そんなことが脳裏をよぎった。

「バカらしい…。そんな事を考えるなんて」

あいつの事が、好きなワケじゃない。だけど、直属の上司でもある自分に相談もなく、人事のことを決めている朝日が、若杉はどうしても許せなかった。


翌日、朝日は仕事を休み、そして、しばらく有給を使って休むことになったと、上の方から若杉へと報告があった。その間に、人事異動の開示があり、朝日は東京へと出向することが決まった。そして、数日後から出勤はしてきてはいたものの、若杉とは仕事以外の会話をすることなく、静かに荷物をまとめ出していた。

「朝日君がいなくなると、寂しくなるなぁ」

顔を出しに来ていた外村が、わざとらしく言うと、

「そんなこと、誰も思ってませんよ」

と、朝日が答える。

「でも、何で東京?自分で希望出したんだろ?」

外村の質問に、朝日は答えなかった。

「荷物もまとまったんで、帰ります。2年間、お世話になりました」

リュックを担ぎ、段ボールを持って、頭を下げる。

「頑張れよ」

外村が、声を掛けた。

「はい。失礼します」

そして、朝日は事務所を出て行った。

「良かったのか?」

外村が若杉に声を掛けた。

「何が?」

「話さなくて」

「あいつが自分で決めたことだ」

「そういうことじゃなくて。もう会えなくなるんだぞ?」

「せいせいするよ」

若杉は席を立つと、コーヒーを淹れたのだった。


朝日がいなくなり、若杉は1人で帰路を歩いて帰るようになった。

『先輩!』

今でも、そんな声が聞こえて来る気がして、つい足を止めて、後ろを振り返る。そして、手袋の取れた手を眺めた。その手で拳を作ると、ギュッと握りしめ、また前を見て歩き出す。

『先輩!ほら、桜!先輩と桜を見られるなんて、マジで幸せです!これから毎日一緒に帰るつもりなんで、2人で四季を感じられますね』

ザアッと風が吹き、桜の花びらが、一斉に舞い上がる。

「あれ…?何で…」

若杉の頬に、涙が伝う。

ああ…そうか。あまりにも近くに居すぎて、全く気付かなかった。俺、ちゃんと朝日のことが、好きだったんだ…。

会いたいだなんて、今さら願っても、もう遅い。

若杉は、零れ落ちる涙を拭うこともせず、帰り道を1人で、ただ歩き続けたのだった。


そして、2年が過ぎた頃のことだった。

「若杉、これ」

外村が突然、封筒を渡して来た。

「何だ?」

「実は異動の日に、朝日から預かってた。『渡したくなかったら渡さなくていいです』って、俺に対して宣戦布告的な感じだったから、渡しそびれてた。捨てようかなとも思ったんだけど、何か、それも出来なくて。結局2年も放置したままだったけどな」

若杉はそれを受け取ると、ゆっくりと中身を取り出した。

「手紙?何で今さら?」

「ん?ちょっと、ある噂を聞いてな」

「噂?」

「ああ。取り合えず、渡しとく」

折り畳んである手紙をゆっくりと広げる。

『先輩へ。喧嘩別れみたいになってしまって、すみません。先輩と話すと別れがより辛くなりそうなので、このまま去ることにします。やりたい事が見つかったので、俺は東京に行きます。そして、ちゃんと成果を身に付け、また先輩の元に戻って来ます。その時こそ、俺と付き合って下さい。俺は、何があっても、ずっとずっと先輩のことが大好きです。その気持ちは、きっとこれからも一生変わりません。朝日宙』

若杉の手が、震える。胸がギュッと押し潰されるような感覚に襲われ、目に涙が溜まる。

「お前さ、大学に通いながら、夜間の看護専門学校行ってただろ?その話を朝日にしたことがあってさ。それで東京に行くことを決めたって、言ってた」

「どういう意味だ?」

「まあ、そのうち分かるよ」

そして、外村は帰って行った。


朝日が東京に行ってから、3度目の春が来た。桜を見ながら歩く若杉の背後から、

「先輩!」

と、声がした。

振り返ると、そこには朝日が立っていた。

「一緒に帰ってもいいですか?」

若杉へと歩み寄り、手を握る。

「朝日…」

「桜、綺麗ですね。先輩と一緒に見る桜は、やっぱり格別です!」

「朝日…俺…」

「先輩!やっぱり好きです!俺と付き合って下さい!」

若杉の瞳から、いくつもの涙が零れ落ちる。

そして朝日に抱き付くと、

「ああ。付き合おう」

と、返事をしたのだった。


「消防士?」

朝日を自分のアパートへと上げ、コーヒーを出す。

「はい。救急救命士になりたくて。東京でしか資格が取れないんです。だから、出向させてもらいました」

「でも退職願出したんだろ?」

「それが、消防士も市の職員だから、退職しなくてもいいって言われて」

「そうか。それで…」

「先輩が看護師の資格持ってるって聞いて。俺も何か人の役に立ちたいって思ったんです」

「よく頑張ったな」

「先輩に会えなくなるのが、マジで1番辛かったです。でも、逆に離れて良かったなーって」

「何でだよ」

「だって、先輩、俺のこと好きだって気付けたでしょ?」

「まあ、それは、確かに」

「やっと彼氏になれました」

朝日の指が、若杉の頬に優しく触れる。

「先輩、彼女とは?」

「振られた。心ここにあらずだね、って」

「俺のせいですか?」

「そうなんだろうな」

「分かりました!責任取ります!一生側にいて大事にします!」

「喜ぶな」

朝日が目を細め笑顔になる。そして、顔を近付けて行く。若杉が、ゆっくりと目を閉じた。そして、ようやく、2人の唇が重なった。

「やっと、童貞卒業できます」

若杉をベッドへと押し倒す。

「バカか…」

「俺、先輩としか、したくないから」

朝日の言葉に、一瞬で体温が上がったのが分かった。激しく唇を奪われる。朝日の欲望が、一気に加速した。


「先輩、もっと力抜いて下さい」

「どうやって…」

「息、吐いて…。そう」

「ん...」

押し拡げられる痛みとは別に、何とも言えない圧迫感に襲われたが、ゆっくりと優しく中へと入ってくる朝日を一生懸命に感じ取っていた。

「入っ…た」

朝日が呟くと、若杉の頬に、ポタリと何かが落ちた。うっすら目を開けると、朝日の頬に涙が伝っていた。

「泣いてるのか?」

朝日の頬に、若杉がそっと手を添える。

「すみません。何か、感動してしまって…」

若杉は体を起こすと、朝日の頬に口付けた。

「俺もだよ…」

そして、唇を挟み込んで何度も吸い付く。

朝日が腰をゆっくり引き、また中へと深く潜り込ませる。

「…っ…!」

動きが激しくなり、若杉は裸体をのけぞらせ、そして何とも言えない快感に身を委ねたのだった。


ベッドの上、体を寄せ合いながら横になっていると、

「先輩はどうして夜間の専門学校に行って看護師の資格を取ったんですか?最初から看護大学に行けば良かったのに」

と、朝日が尋ねて来た。

「俺の父親、教師なんだ。頭が固いって言うか。男は絶対に公務員だ、ってずっと言われてて。でも母親が看護師でさ。その姿見てたら、自分も目指したくなって。母親にいろいろ援助してもらいながら、父親に内緒で夜間の専門学校に通ってた」

「そうなんですね。だから、あの時も処置が早かったんですか?」

「母親に、いろいろ教わってたからな。お前は?何で急に救急救命士になろうと思ったんだ?」

「何かあった時に、先輩みたいに人を助けられる人になりたくて。あの日、あのあと母親に病院に連れてかれて。その時に、お医者さんが言ってました。『処置が早かったおかげで、痕も残らないと思うよ』って」

「そっか。良かった」

朝日が、若杉を抱き締め、髪に鼻を埋めた。

「もう1つ聞いていいですか?」

「何?」

「先輩、もしかして、初めてでした?」

若杉の体が、明らかに硬直し、みるみるうちに首まで真っ赤になった。

「何で?」

「慣れてなさそうだったから」

「っ…」

「外村さんと付き合ってたんですよね?」

「それは、高校の頃の話だ。あいつ女癖悪かったし、体までは許してなかったんだよ。ずっと拒んでたら、結局、他の男子生徒と浮気して。それで別れた」

「俺、めちゃくちゃ宣戦布告したのに」

「あいつに手紙を預けるなんて浅はかすぎるだろ。もらったの、今日だぞ?」

「え!?今日?」

「ああ」

「うわー。外村さん、マジで先輩に惚れてるんですね。俺が戻って来るって聞いて、きっと諦めも付いて、手紙を渡したんでしょうね。危なかったー」

「危ない?」

「先輩が外村さんに奪われなくて本当に良かった。絶対に狙ってましたよ」

ギュッと胸へと抱き締め、若杉の頭を撫でる。

「朝日、4月1日から勤務だろ?24時間体制だっけ?」

「はい。基本的には、24時間勤務して、48時間お休みです」

「なかなか会えなくなるな。一緒にも帰れなくなるし。お前にいろいろ季節の花とか教えてもらって、楽しかったのに」

「先輩にそんな風に言ってもらえるなんて、最高に幸せです」

そして、2人は目を合わせると、ゆっくりとキスを交わしたのだった。


「先輩、お帰りなさい」

歴史資料館の戸締まりを終え、外に出ると朝日が立って待っていた。

「朝日?どうして?」

「明けで朝に帰って来たので、迎えに来ました」

「寝なくていいのか?」

「帰って来てから、ちゃんと寝ましたよ。葉桜、一緒に見ながら帰りましょう」

そして、朝日が手を差し出した。

「ああ」

若杉が、その手をためらうことなく握り返す。

緑の綺麗な木々の中を寄り添い合いながら、手を繋ぎ、歩いて行く。

「先輩、俺のアパートに引っ越して来ません?こっちに戻ってから新しく契約したところ、部屋1つ余ってるんで」

「そんなことしたら、住所変更の時に市役所の奴らにバレるだろ」

「もうバレてますよ。俺、こっちの勤務が始まった途端、色んな人たちに、先輩とどうなった、って聞かれましたもん。入社式の日に告白してますからね」

「で?何て?」

「やっと付き合ってもらえることになりました、って。そしたらわざわざ市長が来て、パートナーシップ宣言が認可されたら、第一人者として、市報に掲載させて下さいって頼まれました」

嫌な予感しかしない。

「はい!ぜひお願いします!って言っておきました。俺は、みんなに祝福されたいですし、先輩は俺の自慢の人なので、紹介もしたいから」

「お前って奴は、本当に…。肝が座ってるって言うか、ある意味頼もしいよ」

「なので、一緒に住みましょう」

こうやって、いつの間にか若杉は、また朝日のペースにどんどん巻き込まれて行くのだった。〈完〉

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