後編

 バーバラの行方が分からなくなってからというもの、ダニエルは必死にバーバラの行方を調べ始める。

 もちろん、剣の練習だって怠ってはいない。バーバラを守れるだけの男になると約束したのだ。その約束を違えるわけにはいかなかった。

 ところが、いくら調査を行っても、バーバラの行方を知ることはできなかった。

 ひと月、ふた月、そして一年が経過する。

 婚約者であるバーバラが行方不明になり、ダニエルとバーバラの両親はいよいよ婚約解消に向けて動き出していた。


「生きているかも分からない娘に、これ以上そちらの息子を縛り付けておくのはよろしくない」


「私もそう思います。これ以上は息子のためにならないでしょうからな」


 カラーズ侯爵家とグレイ男爵家の間で同意が行われ、婚約解消が成立する。

 そのことはすぐさまダニエルにも伝えられたのだが、ダニエルはそれを一向に受け入れなかった。


「俺は、バーバラ嬢以外は認めない。絶対に彼女を見つけ出す!」


「ダニエル!」


 だだをこねるダニエルの頬を、父親は思い切り殴りつける。

 吹き飛んだダニエルは、そのまま家具をなぎ倒して床に倒れ込む。頬を押さえてしばらく呆然としている。


「お前は、グレイ家のことをなんだと思っているんだ。跡取りがいなけれ潰れるだけなのだぞ、分かっているのか!」


「分かってはいるさ。分かってはいるが、こればかりは理屈じゃないんだ!」


「こら、ダニエル!」


 父親に怒鳴られている最中に、ダニエルはそのまま部屋を跳び出て行く。自分の部屋で最低限を用意すると、そのまま屋敷すらも飛び出してしまった。

 行くあてもない。しかし、ダニエルはどうしてもバーバラのことを諦められなかったのだ。


 話は子どもの頃にさかのぼる。

 貴族たちの集まりがあった時に、ダニエルはバーバラと出会った。

 はっきりいって一目惚れだった。だが、自分は男爵家、バーバラは侯爵家。高根の花だと言い聞かせて、諦めようとしていた。

 それが再燃したのは婚約者に決まった時だった。カラーズ侯爵家からの申し入れという予想外な事態だった。

 久しぶりに会ったバーバラは貴族令嬢として凛としており、ダニエルは自分にはもったいないと思ってしまった。

 それでも、バーバラが自分のことを見てくれているのでなんとか頑張ってこれた。

 ダニエルにとって、バーバラは憧れの人であり、婚約者であり、いとおしい人なのだ。

 家を飛び出したダニエルは、バーバラを絶対探し出すと決意して、仕事をあっせんしてもらいながらバーバラの情報を求めてさまよった。


 それから、どれだけ経っただろうか。

 ダニエルもすっかり貴族令息としての状態が抜け落ちて、一介の冒険者の風貌となっていた。

 そんな折、とある村に美しい女性がいるという話を聞きつける。


「その女性の話、ちょっと聞かせてもらっていいか?」


 酒場で話をしていた冒険者に声を掛ける。


「なに、一杯はおごるよ。俺はただ、その女性の話が聞きたいだけなんだ」


 酒を飲んでいる冒険者たちは顔を見合わせる。ただ、ダニエルから並々ならぬ雰囲気を感じたので、その申し出を受け入れた。

 話を聞き終わったダニエルは、冒険者たちの食事の代金を支払うと、そのまま酒場を飛び出していった。

 突然のダニエルの行動に男たちは驚いていたが、おごってもらったのでそのまま酒を楽しんでいた。


 情報を元に、ダニエルは目的の村へと向けて急ぐ。

 場所はバーバラを最後に見た場所からそれほど遠くない。だが、ダニエルがいる場所からは少々ばかり遠かった。

 討伐などの依頼をこなしながら、ダニエルは話に聞いていた村へとようやくたどり着く。


(ここに……、もしかしたらバーバラがいるかもしれないのか)


 確証はまったくない。だが、話に聞いた容姿から、ダニエルはバーバラだと確信していた。

 村に無事に入ったダニエルは、村人たち一人一人を確認しながら歩いていく。

 そんな中、畑に立っている一人の女性に思わず目が留まる。


「バーバラ嬢!」


 思わず叫んでしまうダニエル。

 ところが、腕をつかんだダニエルに対して、女性はひと言言い放つ。


「どちら様ですか? バーバラとは、私の名前でしょうか」


 バーバラはダニエルのことも自分のことも、まったく覚えていなかったのだ。

 記憶喪失。

 それが、やっと見つけたバーバラが陥っていた状況だった。

 バーバラを見つけたという村人の話を聞いて、ダニエルは彼女がバーバラだと確信した。着ていた服や持ち物という物的証拠があったのは大きかった。

 ダニエルは村長に頼み込み、村に腰を据えることにする。

 それからというもの、嫌がられながらもダニエルは毎日のようにバーバラに話し掛ける。いつか必ず自分たちのことを思い出すはずだと信じて。


 ある日のこと、畑仕事に疲れたバーバラが石の上に座り込む。


「疲れたかい。これでも飲むといいよ」


 水筒に入った水を差し出すダニエル。

 その時だった。


「え……、もしかして、ダニエル……様?」


「バーバラ嬢?!」


 ダニエルの顔を見ていたバーバラが、自分の名前を突然呼んだのだ。


「そうですわ。わたくし、馬車ごと崖から落ちて……、ううっ!」


「バーバラ嬢!」


 バーバラが頭を押さえて前屈みになる。

 慌てたダニエルは、バーバラを連れて近くの家へと向かう。

 バーバラはそれから数日間寝込んでしまっていた。

 ようやく目を覚ましたバーバラは、ダニエルを呼び寄せる。

 これまでどれだけの時間が経ったのか、その間に何があったのか、バーバラの質問にダニエルは細かく答えていった。


「まったく、あなたはバカですわよ。行方不明になった時点で諦めればよろしかったのに……」


「諦められるか。俺にとって、あなたは初恋だったのですから」


 ダニエルの言葉に、黙り込んでしまうバーバラ。


「まったく、あなたってば本当にバカですわよ。こんなになってまで、わたくしを……」


「しょうがないじゃないですか。あなたがいたからこそ、俺の世界は灰色から薔薇色に色づいたのですから」


 ダニエルはバーバラの前に跪く。


「バーバラ嬢、俺と結婚して下さい」


「ええ、喜んで」


 ダニエルが差し出した手に、バーバラが自分の手を置く。

 長かったダニエルの冒険は、ここに終わりを迎えたのだった。

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薔薇色の君を探して 未羊 @miyou

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