薔薇色の君を探して

未羊

前編

 シエル王国には、一人の美しい令嬢がいた。

 その名前は「バーバラ・カラーズ」という。シエル王国の重鎮カラーズ侯爵家の令嬢だ。

 その容姿の美しさ、所作の美しさ、剣術の腕前も相まって、野薔薇の君と呼ばれている。美しさととげを併せ持つという様子からそのように呼ばれるようになったという。

 国中の貴族の子女から注目を集めるバーバラには、なんということか婚約者がいるのである。

 その婚約者の名前は「ダニエル・グレイ」といい、グレイ男爵の次男である。ぱっとしない男爵家の次男が、どうして野薔薇の君の婚約者になれたのか。シエル王国における最大の謎とまで言われている。

 夜会などで集まりがあれば、当然のように他の貴族たちからからかわれる始末。ダニエルはパーティーではとても肩身が狭かった。

 この日の夜会でも、ダニエルは他の貴族から暴力を受けていた。囲まれて他の貴族たちから肩を押されたり脅迫を受けたりと散々である。


「おやめなさい」


「なんだぁ? って、あなた様は……!」


 突然かけられた声に振り返ると、そこに立っていたのはバーバラだった。派手過ぎないものの凛としたドレスに身を包んだバーバラは、それはとても勇ましくカッコよかった。


「わたくしの婚約者に何をしていらっしゃるのかしら。すぐに離れなさい」


「は、はい。申し訳ございませんでした」


 立ち去ろうとする貴族を今度はバーバラは呼び止める。


「あなたたち、謝罪もなしに立ち去るおつもりですか。非はあなた方にあるのですよ」


「ひぃっ!」


 バーバラに咎められて、貴族たちは仕方なくダニエルに謝罪をして去っていった。


「ふん、口ほどにもございませんわね」


 貴族たちを追い払ったバーバラは、呆れて目で追うこともしなかった。


「あなたもしっかりして下さいまし。仮にもわたくしの婚約者なのです。近くにいる時であればお守り致しますけれども、必ずしもそばにおられるとは限りませんのですから」


「本当に、君にお世話になってばかりだね。ありがとう」


 ダニエルは申し訳なさとありがたさで、バーバラに頭を下げていた。


「でも、いくらカラーズ侯爵様の命令だとはいっても、私に構い続けなくてもよろしいでしょうに」


 頭を上げたダニエルが口走ると、バーバラの表情が一変する。

 扇を広げてダニエルに顔を近付けると、バーバラは厳しい表情のまま口を開いた。


「本気でそんな事を思ってらっしゃいますの? だとしたら、あなたはわたくしの見込み違いということになるのかしらね」


「え……?」


 バーバラから告げられた言葉に、ダニエルは固まってしまう。どうもバーバラが自分と婚約者になったのは、バーバラの口ぶりからすると侯爵の命令ではないようだった。

 ダニエルはまったく理解が追いつかず、そのまま黙り込むしかなかった。


「……そう思われいるのでしたら、それでも構いませんわよ」


 顔を離してぴしゃりと扇を閉じたバーバラは、少し離れたところでダニエルの方へと振り向く。


「どういう経緯であれ、あなたはわたくしの婚約者。その事実だけは変えられませんわよ。それでは、ごきげんよう」


 バーバラはとても不機嫌そうにそのまま夜会の会場を後にしてしまった。

 何がまずかったのか。ダニエルはまったく理解できないまま、両親に呼ばれるまで壁際で一人過ごしたのだった。


 夜会が終わってからも、ダニエルとバーバラの関係性は特に変化はなかった。

 変化があったとすれば、ダニエルは守られるだけの男から脱却するために剣術の稽古に真面目に打ち込むようになった。いつまでも女性に、バーバラに守られるだけの男でいたくないからだ。

 真面目に打ち込んだ結果、体つきもよくなり以前に比べればちょっかいをかけられなくなった。

 そんな折、ダニエルの元にとんでもない一報が舞い込んできたのだ。


「ダニエル、いるか?」


「どうなさったのですか、父上」


 ダニエルが部屋で休んでいると、父親が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

 がっしりとダニエルの肩をつかむと、青ざめた様子で何度も確認してくる。


「父上、落ち着いて下さい。何があったというのですか」


「これが落ち着いていられるか。バーバラ嬢が……、バーバラ・カラーズ侯爵令嬢が行方不明なんだ」


「なんですと!」


 ダニエルは衝撃を受けていた。

 バーバラが行方不明。その言葉に、正気を保てずに思わずふらついてしまう。

 バーバラの隣に立つのにふさわしい男になるために頑張ってきたというのに、その目標が忽然と消えてしまったのだ。


「父上、確認しますが、行方不明なだけなんですね?」


「ああ、馬車が崖下に落ちたという話を聞いて捜索が行われたが、肝心のバーバラ嬢は見つかっていないのだ。だから、行方不明なのだよ」


 話を聞いて、どこか安心をするダニエル。

 だが、バーバラがいなくなったのは事実。その事実だけは、着実にダニエルの心に不安を芽生えさせていた。

 それと同時に、別の感情も湧き上がってくる。


「ああ、バーバラ嬢。やはり俺はあなたがいなくてはいけないようです。……必ず見つけ出して差し上げましょう」


 ダニエルは心に強く誓うのだった。

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