楽曲【ユリイカ/サカナクション】
まずは聞いてみてね。
サカナクション - ユリイカ (MUSIC VIDEO)
https://www.youtube.com/watch?v=NWcdyTljEaQ
(MVが女性の体をシンボルにしていて年齢制限かかっております。芸術的で美しい映像ですが、女性の裸体が苦手な方はご注意ください)
歌詞ネット サカナクション ユリイカ
https://www.uta-net.com/song/157965/
どんな楽曲?
この楽曲の歌詞はサカナクションの楽曲の中で具体性が高くて、山口さんの個人的な回顧心を感じさせつつ、何か大切なものと離れて都会で暮らす人の心にスッと入ってくる内容です。加えて非常に文学的な言語選択、展開、結末が見事です。
目次
1.舞台
2.主人公である僕
3.君
4.いつ "yeah yeah" 終わるかな
5.時が震える
6.「意味のあること」は何か
1.舞台
まずはこの歌詞の舞台の東京と主人公が東京をどう感じているかを考えてみましょう。まず舞台としてははっきりと「ここは東京」と歌われています。次に東京はどんな街なのかは2回強い描写があって「空を食うようにびっしりビルが湧く街」「蔦が這うようにびっしり人が住む街」とあります。この表現にどんな印象を感じますか?私は「あんまり東京好きじゃなさそうだなー」と思います。
「お住まいどちらで?ああ、あの辺りは空を食うようにびっしりビルが湧いてて、良い街ですよね!最寄り駅は?あの駅は蔦が這うようにびっしり人がいて、いい駅ですねー!!」
こんな風に褒めることはないです。たぶん嫌味です。
主人公は都会に対して良い印象を持っていません。もう少し具体的にすると「ドクダミを刈る母の背中」という歌詞が蔦の表現の直前に出てきます。「蔦が這うようにびっしりいる人」も「刈り取りたいのかな?」という印象を与えていてそれなりに辟易していると感じ取れます。
「東京はビルや人に溢れていて、心地良い街ではない」ようです。
2.僕
次は登場する人物について見ていきましょう。まずは僕から。この歌詞の主人公。普段の暮らしを端的に表現している部分は2つあり「君が言うような寂しさは感じないけど」「風が吹く度 生き急ぐ 生き急ぐ」です。まずわかり易いのは僕は東京の忙しなさの中、「風が吹く度」「壁が立つ度」つまり自分ではコントロールできずに生き急いでいます。次々目まぐるしくビルが建ち空を埋め、人がまるで蔦のように生えて枯れを繰り返すような街で置いていかれないように生き急いでいる。
次に「君が言うような寂しさは感じない」主人公はそんな忙しい暮らしの中でも特に淋しさを感じていないと言います。「東京は嫌な街だな」と思いながらも「淋しくない」。ここがこの歌詞の解釈の鍵になるので追って深めていきましょう。
加えて主人公についてわかることとしては自然豊かな場所で育った人だと言うことですね。端的なのはドクダミを刈る母親、次に忙しい都会で暮らしながらも「空を食うように」「壁が立つ度」普段から風景や空をよく見ています。人を蔦に例え比喩表現も自然に由来します。都会の中でも彼は自分の軸にある原点から離れられずにいますね。
最後に曲を改めて聞いてみましょう。なるべくシンプルな言葉にしてみてください。「穏やか」で「心地良い」と私は感じます。歌唱もリズムには乗っているけど、力は抜けていて決して声を張っていません。東京の日常を思わせるようなモダンで穏やかな曲です。
「生き急ぎながらも、淋しさを感じずに、なんだかんだ心地よく暮らしている」僕はそんな人物ではないでしょうか。
3.君
この歌詞の中で最も大切に表現されている人は「君」です。
まず冒頭の表現。
「いつも夕方の色 髪に馴染ませていた君を思い出した」
2人は夕日を「いつも」と表現するほど頻繁に一緒に過ごす関係。夕日を髪に馴染ませていた。素敵な表現です。どんな人をこんな風に表現するでしょうか?試してみましょう。
「おとん、今日は夕日がよく髪に馴染んで綺麗だね」
ギョッとしますね。これは恋愛感情を持つ人に使う表現です。例えば夕日でなく朝日だったら通勤が一緒なだけかもしれません。でも夕方を一緒に過ごす人って仲良くないですか?仕事終わりに食事に行ったり、休みの日にお出かけしたりしないと夕日に染まる髪をゆっくり眺められません。ここから僕は君のことが好きでよく一緒に過ごすことがわかります。次に見逃してはいけないのは「思い出した」です。夕日を眺めて思い出す。今君は隣にいないことがわかります。いつもと言っていたのに、2人はなぜ一緒にいないのでしょう?
歌詞冒頭のたった2行、10秒足らずで「君は好きな人だったけど、今は隣にいない」ことがわかります。なぜなのか?関心を惹きますね。これが洗練された歌詞の魅力でここだけでもこの楽曲の完成度が伺えます。
関心の手がかりとして「君の言った東京の淋しさ」について歌詞の中で2度繰り返し思い返しています。さきほど触れたように自然についての表現は故郷に由来します。「君」も自然と同じくらいの頻度で何度も表現されています。都会で生き急ぐ中で何度も思い返す「君」は主人公にとって育った場所と同じくらい忘れられない人だとわかります。そんな人が「東京は淋しい街だね」と言った。だけど主人公は「君の言うような淋しさは感じない」と言っています。「心にいつもいる大切な人」だけど「東京についての意見が違う」ようです。
ここまでを理解して2人の距離感を考えてみましょう。「君」は例えば今連絡をして明日ご飯を食べに行くような距離感でしょうか?きっと気軽に連絡を取ることができない、今はもう会えない人でその原因はどうやら「東京の淋しさ」の感じ方の違いにあるようです。
4.いつ "yeah yeah" 終わるかな
私がこの曲を聞いていていつも泣いてしまうのはこのサビの部分です。
「いつ終わるかな 風が吹く度 生き急ぐ」
まず冒頭からこの歌詞までの展開を具体的に捉えましょう。
夕方の色を髪に馴染ませていた君をビルがびっしりの夕日を見ていて思い出します。思い出の中の君が「東京は淋しい」と言っています。でも今になっても僕はその淋しさを感じません。
君について僕は次になんといっているでしょう?「思い出した ここは東京」です。都会の街中で夕日を見てふと君を思い出して感慨に浸ります。何か答えを出そうか、としていたら忙しない街の喧騒が意識を現実に戻します。「ここは東京」そして出てきた言葉は「それはそれで僕は生き急ぐな」です。
わざわざここまで時間をかけて理解したみなさん、「僕」に怒りましょう。
おい、お前!君のこともっとしっかり考えろよ!!ですね。
このツッコミのアンサーが「いつ終わるかな 風が吹く度 生き急ぐ」です。
僕は何か小さなきっかけがあればここが東京だと忘れるほど、思い出の中に引き込まれてしまうほど、君が心の深くにいます。ですが同じように「風が吹く度」にそんな思い出の中から、答えを出す暇もなく引き戻されてしまうんです。風が吹かないようにできるでしょうか?新しく壁が、つまり建物が建つことを止められるでしょうか?どうしようもなく生き急いでしまうのです。そしてこう続けます。「意味もないのに 生き急ぐ」意味がないと言い切っています。「なぜ生き急いでいるの?」「意味はないよ」そう言っています。「もっと君のことを考えろよ!」と僕に言ったとすると答えは「風が吹く度 生き急ぐ 意味もないのに 生き急でしまって考えられないんだ」です。
そして私が何より刺さる部分が
いつ "yeah yeah" 終わるかな です。
終わりって悲しいことです。「僕」は東京の暮らしについて歌っています。「暮らしの終わり」は「死」と解釈することもできますね。死ぬまで生き急いじゃうなと言ってます。さてこの部分を再び聞いてみてください。軽快で楽しそうにさえ聞こえませんか?
いつ "yeah yeah" 終わるかな
こんな変なところで思わず楽しそうにハミングしちゃう。これは2つの意識が同居している見事な表現だと感じます。
君のことを思い出して感慨に浸る暇もない。東京は淋しいと言ってもう近くにいない君。君の感じた淋しさがわからず東京で今も無意味に生き急ぐ僕。消失と焦燥の中を生きる僕は「もう早く終わらないかな」とさえ感じています。だからいつ "yeah yeah" 終わるかな。端的に言えば「死ぬのはまだかな、楽しみだな」のハミングだと私は感じます。
ただそんなどうしようもない絶望を表現するなら曲も歌い方ももっと暗くすればいい。でも軽快で楽しそうですよね?ここからもう一つ読み取れることがあって、きっとハミングしちゃうくらい東京で働いていて楽しいんです。
東京と対比させるように「ドクダミを刈る母の背中」が出てきます。僕の生まれた場所では母が伸びた雑草を日中に刈り取るくらいのんびりしています。つまり東京のような仕事や出会いはなくて、大都会に出てきて良いことがたくさんあったんです。君が「東京は淋しい」と言ったのに今なお「君の言うような淋しさは感じない」と言っています。僕は東京と君を天秤にかけて東京を選んだのだと思います。そして生活は満たされていて東京でハミングしちゃうくらい良い暮らしをしています。
「君は側にいないし毎日忙しいし終わりはまだかな yeah yeah」
「東京で暮らしていて幸せだなyeah yeah」
が同時に表現されているのだと私は感じていつも心を抉られます。
5.時が震える
最後に曲が最も激しくなる部分。ここに僕の心の動きが表現されていますし、私たちが読み取れる結末が書かれています。ただ文字ではたった3節。僕はそんな暮らしをどう捉えたのか、どんな答えを出すのか、より深く読み取ってみましょう。
時が震える 月が消えてく 君が何を言おうとしても
分かり易い順番に見ていきましょう。月が消えていく。場面が大きくかわっていますね。冒頭の夕日、草を刈る母親の思い出、加えて軽快な曲で暮らしを感じさせるこれまでの描写は日中のイメージが強いです。でも夜になって月を眺めています。さらに消えてしまう。「一度出た月が時間が経って空を埋める建物に隠れてしまう」だったり「朝が近づいて日の光に月が溶けていく」と解釈できます。またもっと詩的に読み解くと月を時間の経過と捉えて「月日」が「消えていく」つまり毎日が価値なく過ぎ去って、どうすることもできないという読みもできます。一旦ここは場面で捉えて「月の変化を認識できるほど長く月を眺めていた」と捉えてみましょう。
次に君が何を言おうとしても。「言おうとして」の表現がまた胸に刺さりたまりません。僕は東京より君を選んだのだと思います。君はその別れに至るまで言葉でたくさん気持ちを伝えてくれたのではないでしょうか。だから今になっても君は心の中でずっと僕に何かを言おうとしている。別れを選んだ僕にさえ伝え続けようとしている、君はそう信じられる優しい人なんでしょう。そんな人の「淋しい」を理解できず、その言葉を無視した僕には君が「どんな言葉を言うのか」もう想像できません。今でも言葉をかけてくれる優しい人だと信じることはできても、君が今の僕にどんな言葉を発するかは想像できないんです。ふとした時に目の前の東京の暮らしを忘れるほど大切なのに、その人を理解できていないんです。なんて悲しいことでしょうか。
そして時が震える。これはどんな状態でしょうか?街でも、体でもなく、時が震える。不思議ですね。街は変わります、目に映るもの、自分自身や仕事や環境は目まぐるしく変わります。でも時は絶対です。常に一定で流れ続けます。そんな絶対的な時が「震える」。異常事態です。
ハミングしちゃう暮らしの中でも、君のいない東京の空虚さを漠然と感じて、なぜなのか?どうするべきか?月を眺め考えますが、朝になっても答えは出ません。探求は過去や終わりに思い至っても答えはなく時は過ぎていきます。過去はもっと遠くに、死は近くにやってきます。答えの手がかりは遠く、制限時間は近づく。僕はこの絶対的な時の流れが恐ろしく感じている。それが時が震えるではないでしょうか。
例えば海で溺れたことがある人を想像してみましょう。抗いようもなく深い海に飲み込まれてトラウマをかかえる人です。そんな人が電車に乗っている時に避けようもなく海が見えたとして「海が震えている」と言いました。そう想像すると理解し易いかもしれません。怖いけど、絶対に抗えない。そんな表現だと解釈できます。
ゆっくり時間をかけても、君の言葉はわからず、抗えない時が怖い。この三つをまとめると「ただどうしようもない」。これが結末です。
それが僕が言えるすべて。どうすればいいのか?答えは何か?ではなく「どうしようもない」。
具体的な行動を考えたとして「東京を出て君に会いに行く」「君を完全に忘れてただ忙しい毎日を楽しむ」という選択ができます。でもどちらをとっても「僕ではなくなってしまう」のだと思います。過去を考えても同じであの時「東京をあきらめて君についていく」「ドクダミを刈る母のような暮らし」を送ることも同様。どの選択をしても本来の僕ではないのだと思います。だから今の暮らしをするしかなかった。廃れていく田舎でやりたいことが出来ない、東京の忙しさの中で君を大切にできない。絶対に失いたくないものを彼は失ってもう修正はできない。「いつ "yeah yeah" 終わるかな」と過去の選択が失敗と言い切れないそれなりの暮らしの中で、過ぎていく時に恐ろしさを感じながら終わりをただ待つしかない。これがこの楽曲の君の見せる結末だと私は感じます。
ずいぶん暗く感じますが、音源ではどう歌っているでしょうか?聞いてみましょう。曲は転調します。シンバルとベースが前に出てきて他の楽器も大きく鳴ります。歌唱も他の部分より疾走感を感じます。そして何度も何度も歌詞を繰り返します。止めることのできない、焦燥を感じますね。しかし叫んでいるでしょうか?取り乱しているでしょうか?私にはまだ冷静に聞こえます。曲も強烈に鳴っていてもリズムは変わりません。本質的に激しくはなっていないです。ここが最後に僕を理解する重要な部分で「ただ恐れ終わりを待つしかない」と理解しながら「冷静に受け入れてもいる」のだと感じ取れます。
6.「意味のあること」は何か
僕はどうするべきなのでしょうか?「意味はないけど」と言い切っていますが、じゃあ「意味のあること」は何なのでしょうか?最後に少し考えてみます。
私もそこそこ田舎から都会に出てきました。仕事や施設はやっぱり都会の方がいいですし、都会でないと出来ないことは多いです。でも同時に君の言う「東京の淋しさ」都会で生きる淋しさを理解できます。変化する街、知らない人の波、ふと感じる故郷のような自然。都会の良さ、淋しさ、どちらも多くの人が共感できると思います。
そう、どちらにも多くの人が共感できるんです。「地元に好きな人を残して東京に来たんだ」「東京で夢をあきらめ地元に帰ってきたんだ」と言われれば「仕方ないよね、間違ってないよ」と返しますよね。人生にはどうしようもない選択がやってくるんです。どちらも間違いでも正解でもない選択。すべてを選ぶことは誰にもできません。
そしてどちらかを選んで「仕方ないよ、間違っていない」と人は納得しようとします。そんな人生において私は「答えを出さない」この楽曲が歌詞が、「僕」の感性が素晴らしいと思います。
「納得していないから」です。この人はこれからずっと君のことを考えながら忙しい暮らしを送ることがめちゃくちゃしんどいと理解しているのに、安易な慰めに逃げようとしません。心を楽にせず苦しみ続けています。そしてその様子を拾い上げて歌にしています。
どうすればいいのか?それは僕のように「自分らしく苦しむ」が正解なのだと思います。「君は大切な人より夢を、東京の暮らしを選んだね。なら後悔し続けるといいよ」と語りかけてくれるんです。
同じ状況なら今この時代に生まれたらどちらも手にすることは出来ないと多くの人が慰めてくれるでしょう。でも僕は真正面から苦難を受け止め、自分らしく苦しみながら生き続けています。君とはもう会うこともないのだから忘れたらいい。しんどいなら東京から離れたらいい。そんな優しい甘言に流れず意味もないのに生き急ぐ。僕にとってそれが自分だから。私は安易な慰めに逃げずに、自分の選択と結果に対して苦しみ続ける人がより良い暮らしを、世界を作っていくのだと思います。
単純な話で「僕」が社会で成功したとして私は彼の下で働きたいです。失う苦しみから逃げない人だから、他の人がそうならないように努力してくれるかもしれないから。知らないものを、理解しない物事を正すことはできません。苦難を持って変えようとする人がよい世の中を作るのだと私は信じます。
最後にタイトルの「ユリイカ」は「みつけた!」と”嬉しい発見をした感嘆の声”だそうです。ギリシャの発明家のアルキメデスが発見をした時にユリイカ!と叫んだという逸話が残っているようです。多くの人が難しい選択の後に安易に自分や他人を慰めてしまいますけど「空虚に君を思い続けること」「仕方ない選択を後悔して苦しみを抱え続けること」こそが最良の生き方という気付き、それは歴史に残る発見と同じくらい価値あるものだと、世の中を良くしていくのだと。「苦しみを抱えながら自分らしく生きる人」を穏やかに肯定している。そんな楽曲なのだと私は捉えています。
長々独りよがりでぽんぽんな解釈を語ってきましたが以上になります。みなさんは、この楽曲どう感じましたか?
私にとって音楽って密度を持ったもので、数百の文字の歌詞と、5分程の音楽から7000字の解釈をしてしまいます。耳で理解できる言語の文章、リズムと歌唱と歌詞の関係、そこから様々な表現、解釈ができます。
私が変わり者なだけなので短くても構いません。共感も嬉しいですが、「それは違うよ!」という意見も是非聞かせてください。「君の言うような解釈はわからないけど ここは大阪」と言ってスルーするかもしれませんが、間違いなく楽しく読ませて頂きます。私だけでなくこの長い解釈にお付き合い頂いた他の方にとってもあなたのコメントは楽しいものだと思います。ぜひあなたの感想をコメント等でお知らせください。
次回以降ものんびり楽曲や映画だったりをぽんぽんに解釈していくのでお好み頂けましたらまたお付き合いください。
解釈くん ぽんぽん丸 @mukuponpon
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