恋だろう愛だろう
僕はペンを持った
恋だろう愛だろう
恋とはなんだろうか。
愛とはなんだろうか。
ふと、そんな妄想に取り憑かれる。
とてつもなく漠然と。
この妄想は一生付き纏って、それでも付き合って行かないといけないものなんだと。
僕は、恋を愛をまだ知らない。
雲を見上げている。一つ二つと流れている、はたして雲は一つ二つと数えるのだろうか。
くっついてしまったらそれは一つになるのだろうか。
「雲はいいよな、当てもなく彷徨って流れるように進んで行けばどこかにたどりつくのだから。」
「何を言ってるんだい。吉田くん。本当に君の言葉はいつも耳が楽しいね。」
横でスマホをいじっている山本はそう言った。
「だってそうじゃないか。あぁ、僕たちも流れるように生きていけたらなぁ。」
「馬鹿言うなよ。流れるように生きていたらそれは死んでいるのと同義ではないのかな。」
「いいや、違うね。ただ流されるのではそうなのかもしれないけれど、明確な意思をもって、例えばそうだなあ、ハンバーグが好きだとか、実は匂いフェチだとか。そういうことだよ。」
「なるほど、とてつもなく自然に君の癖の話が口から漏れでたことはあまり触れないでおくとして、つまり意思の持った人生なら流されて生きていても問題がないと。
それは一理も二理もあると思う面白い意見だが、だとしたら雲に例えるのは無茶というものだよ。雲には意思はないんだ。」
「君はいつも正しいことを言うね。」
「ねえ、山本。君は今、恋をしているかい?」
「なんだい急に。今日は快晴だというのに、さっきの雲の話といい恋の話といい何かテーマが重っ苦しいね。」
「いやいや、曇りや雨の日にこんな話をしてしまうと重さで潰れてしまうだろう?
今日の晴れという日をうまく使って、重い話を相殺してやろうという算段さ。」
「なかなか、その理屈には頭を抱えるけれども...」
「まあいいじゃないか。答えてよ。
山本は今恋をしているのか?」
「私は今恋をしていないよ。」
「やっぱりか。」
「やっぱりとはなんだ。分かっていたなら聞かないで欲しいね。
でも、勘違いしないで欲しい。
確かに恋はしていないけれど、私には好きな人がいるわ。」
「おぉそれは驚いた。やっぱり聞いて正解だったじゃないか。
それは誰だい?誰なんだい?」
「ちょっと落ち着いてくれ。
私に好きな人がいるとわかった途端、目をキラッキラに輝かせてまるで大好きなオモチャを見つけて親におねだりする時みたいな目を向けて、鼻息を荒くしないでくれ。」
「その例えはちょっとわからん。」
「なんでやねん。あっ、ここは関西ではないのに関西の血が騒いでツッコミをしてしまったではないか。」
「それで誰なんだい?」
「まるで興味が無さすぎないか?いや、ありすぎて他の興味に目が行っていないだけなのか?
そうであってくれ頼むから。」
「わーツッコミおもしろーい。
で、誰?」
「華麗なスルーだ。私でなきゃ見逃しちゃうね。」
「......ダ レ ダ」
「これ以上続けると吉田くんが化け物になってしまいそうだからもうそろそろよしておこう。
しかし、その質問には答えられないよ。
残念ながら。」
「おぉ、珍しい。
あの山本さんが隠し事なんて。」
「そんな珍しいことでもないよ。
人間だもん、隠し事の一つや二つあって当たり前じゃないか。」
「いやいや相当珍しいよ。
実は耳の裏にはホクロが一つあって耳が弱いところとか、今日のパンツは黒色だとかそう言うところまで教えてくれる山本さんが隠し事なんて。」
「ん?なんでそんなこと知ってるんだ?
私は今日吉田君と歩いていてそんな話をした覚えはないのだけれど。」
「あれ?そうだっけ?なんだ人違いだったのか。今日パンツが黒いのは宮川さんだった。」
「他の人とはそんな話をしているのかい!?」
「そんな、誰とでもそんな話をしているかのような言い方は辞めてくれよ。
僕だって理性って物があってだね。」
「理性がある人はそんな会話誰ともしないんだよ。まあ、私にしていないだけましというところか。」
「ふっ、勘違いしないでくれよ。山本さんとは今後はそう言う話もしていきたいと思っているんだよ。」
「......」
「無言で僕から距離を取るのはやめていただけないでしょうか山本さん。」
「というか、なんで私に好きな人がいるのかなんて聞いてきたんだい?」
「気になったからに他ならないよ。」
「気になったって吉田くん。
君は好きな人がいるのかい?」
「わからない」
「わからないって自分の感情じゃないか。」
「これが恋なのか愛なのかそれとも別の感情なのか。気になってはいるのだと思う。
気持ちに名前がつけられていないだけで。」
「なんだか回りくどい言い方だね。」
「うん、少なくとも僕の中では大切な人だと、ずっと一緒に居たいのだと思ってはいる。」
「だとしたらそれは恋だろう、愛だろう。」
「そうなのかな。」
「そうだよ、そんなもんだよ」
「でも、わからないんだよ。」
「何をなんだい?」
「これを恋と呼んでいいのか。
これを愛と呼んでいいのか。」
「呼んでも良いのだよ。それは恋だろう、愛だろう。
何を難しく考えているんだい。
恋も愛も一つの感情の名前で漠然と大きなものなのだから。」
「それは正しくない。恋とか愛とかこの気持ちに名前をつけてしまうとそれに縛られて生きていくようで、苦しいんだ。」
「否定から入るのは悪い癖だよ吉田くん。
恋とか愛とかに縛られて生きるなんてそんなことはないよ。
これは恋だと愛だと名前をつけてこの感情は正しいのだと、正当性を持たせてくれて教えてくれているのだと私は思う。」
「今日はえらく関心を持っているじゃないか。本当に今日が晴れていて良かった。」
「吉田くん。もし、その感情が恋だとして愛だとして、付き合ったら何がしたいと思っているんだい?
「なんでもしたいさ。
手を繋いで一緒に歩きたい。
その途中で耐えきれなくなってキスとかしちゃったりして。
なんでもしたいさ。
それ以上のことも。」
「模範的で童貞的な考えだけど嫌いじゃないよ。ほら。」
「ん?急に手を差し出してきてどうしたんだい?」
「え?いや、なんでもない.... コホン
とにかくそう思っているならそれは恋だろう、愛だろう。」
「変なやつだな。でも、わからないんだよ。」
「面倒くさい人だな君は。また、何がわからないんだい?」
「この感情は間違っているんだよ。本当は違うんだよ、あれもしたいこれもしたいやりたいことはいくらでも思い浮かぶんだ、だけどきっと勘違いなんだよ。」
「勘違いなんかであるもんか。
この感情を君は勘違いだと言ったね。
私は勘違いしていると言うのか?
君は私の恋を勘違いだと否定して、愛を否定して、思う気持ちを否定して。
それは私を侮辱している、馬鹿にしている。
自分の感情を分からないと言うのは勝手にして欲しい。
でも、それを勘違いだと否定するのはいささか失礼だというものではないだろうか。」
「悪かった、そこは訂正する。
君の感情は勘違いではないし、そして僕の感情も勘違いではない。それは認めよう。」
「君は恋を正解のあるものだと思っているのかい?」
「そうだ。正解を求めている。恋の先にはゴールがあって愛の先には理想があって。
それでなければ追いかけ続けることがあまりにも苦しい。
まるで、ゴールが決まっていないマラソンを走り続けているような足の皮が剥がれても肉が削れてもずっとずっと走り続けていくような。」
「わかっているじゃないか。
吉田くんの言う通りだよ。正解なんてない。
結婚がゴールであろうか。
いや、ゴールではない。
結婚の事を一般的にはゴールと言う。
ゴールテープを切る演出がなされることもある。
それをゴールとして追い続けている人が大半だ。
ただ、その後も恋は残る、愛は残る。
決してゴールとは言えないものだ。
それでも成してしまうもの。
心を恋に愛に奪われてしまうもの。」
「それが恋に恋する。
それが愛を愛する。」
「山本さんの熱量も気持ちも伝わってきて本当に熱が出てしまいそうだよ。もう、冬だと言うのに汗をかいてしまうな。」
「ドヤ顔でこんなことを面と向かって言うのは初めてのことだから私も変な汗をかいてきてしまうよ。冷や汗かな?冷えてはいないか。」
「僕、この感情を恋だとしてみようと思う
愛だとしてみようと思う
まだ、君の言い分にも言いたいことはあるけれども納得させられてしまった。
上手く言いくるめられてしまった。」
「そう?なら良かったわ。ならそろそろ歩みを進めましょう。少し議論に熱が入ってしまって道に寄りかかって話していたのだから。」
「そうしようか、はい。」
「その手はなに?私は座ってなど居ないしもし座っていたとしても君の手を借りるほど落ちちゃいないわよ。」
「そんなんじゃないよ。
言っただろう。恋をしたら愛をしたらしたいこと。」
「あらあら、顔が赤いよ吉田くん、まあいいでしょう今日のところはその手を掴んであげましょうかね。」
「山本さん、君も真っ赤でりんごみたいだけれど大丈夫かい。」
「変ね。熱中症かしら。」
「馬鹿言うなよ、もう一月だぞ。
でも、今日は夏みたいだね。」
僕たちはこれからも恋だとか愛だとか大きな漠然とした感情に振り回されて、時には傷ついて。
でも、一瞬でも幸せを感じることができるというのなら喜んで、ではないけれど甘んじて受け入れよう。
この感情は恋だろう、愛だろう。
雲のように流されて、いつか恋だの愛だの一つになってどこかに辿り着けたなら。
そこがきっと、僕たちのゴールだ。
恋だろう愛だろう 僕はペンを持った @ZEPA
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