弟子の私と問題師(後編)
「あれほど、やるなって言ったのにですかっ?」
最近の師は、体から魂だけを抜け出すことにハマっていた。
コウには、魂は見えない。しかし、動物的な勘とでも言おうか、スイには見えないものの感じるものがあるらしい。都度、スイが呼びに来るので、コウが注意していたのだ。
「私、何度も言いましたよね? 帰れなくなっても知りませんよって」
「ええ。何度も忠告していたわ」
のん気に横たわっている体を、コウはねめつける。この師匠、良いのは顔だけか。
「ミツネさんに連絡は?」
兄弟子の名前を出してみる。コウと入れ替わりで弟子期間を終えた彼は、国立魔法機関に就職した。たまに心配して様子を見てくれ、時には助けてもくれる頼りになる人だが、多忙な人でもある。
「連絡は入れてみたけれど、すぐには来れないって」
「やっぱり、そうですよね」
コウとスイで、どうにかするしかない。
コウは部屋の中を見回すと、目当ての物を見つけて引っ張り出した。枝の山が崩れたが、気にしている場合ではない。
引っ張り出したものは、師が作成した魔道具の一つだ。眼鏡だが、視力を
(まさか、必要になるなんて)
一時期は、師がよく掛けていた眼鏡だ。しかし、ある日突然、掛けるのを止めてしまった。というのも、成人男性の魂しか見えないらしいのだ。師は女好きというほどではないが、作成した目的とは違ったようだ。
(なんで、そんな奇妙なことにとは思うけど。今は好都合)
コウは眼鏡を掛けると、もう一度師を見た。体から、青白い紐のようなものが出ている。紐は、窓の外へと伸びていた。
「追ってみます。スイさん、魔法使用の許可をください」
弟子が魔法を使用する際は、師か、師に準ずる者の許可が必要。そう、法律で定められている。ここでの師に準ずる者とは、師の使い魔か、卒業した弟子か、師の師匠となる。
コウは師の師匠を知らないし、ミツネには会えそうにない。スイに頼む以外に、選択肢が無かった。
「許可するわ。私も同行する」
言うなり、スイはコウの肩に飛び乗った。子猫とは違うので、それなりに重さを感じる。しかし、コウはスイを下ろすことなく、一階に降りた。ホウキを片手に持って、外に出る。
「飛びますよ」
ホウキをまたぐと、宙に浮いた。青白い紐は、東へと伸びている。
「もう。どこまで行っちゃったんでしょうか?」
紐を見失わないように、まっすぐに伸びた紐の横を飛ぶ。
「本当にね。でも、コウちゃんが弟子になってくれて良かったわ」
「私は、不安で不安で、たまりませんよ」
スイの言葉に、つい本音が口をついて出た。
「他のみんなは、師から、いろんなことを教えてもらっているんだそうです」
市内に弟子入りした同級生たちと、定期的に『弟子会』と称した食事会を開いている。
そこでは、こんな魔法を習っただとか、こんな魔道具を作っただとか、目を輝かせながら語る同級生たちがいて。コウは、彼等がうらやましくて、しかたがなかった。
「私がやっていることと言ったら、師の失敗の後始末だけで。教えてもらったことなんて、一度も無いのに」
あと二年で、立派な魔法使いとして認めてもらえるだろうか。そんな不安が、度々頭を過るのだ。
「うんうん、そうよね。でもね、コウちゃん。コウちゃんは、ちゃんと成長しているから。心配しなくても大丈夫だから」
慰めてくれているのだろう。スイが、コウの頬に顔をすり寄せる。いっそのこと、スイが師匠だったら良かったのに、と思わなくもない。
(でも、スイさんは、師匠の使い魔だから。今、一番不安なのは、きっとスイさんだから)
コウは目に溜まった涙を手の甲でぐいっと拭うと、ホウキの柄を握り締めた。
「とりあえず、今はスイさんのために、師匠を見つけます」
「うん。ありがとう、コウちゃん」
青白い紐は、空から森の中へと続いている。コウはスイを抱きかかえると、自身も上着を頭の上から被り直して、ホウキの高度を下げた。
足に、腕に、木の枝が容赦なく当たる。しかし、厚手の上着のおかげで、そこまで痛みは感じない。
降り積もった枯れ葉が見える位置までくると、木々の合間を縫うようにして飛ぶ。すると、師の形をした青白い光が見えた。
「いたっ……けど、食べられていませんか?」
正確に言うと、巨大な狼のような形をした黒い化け物に、足をしゃぶられている。
師の魂は、コウとスイに気付くと、手を振った。顔に、苦渋の色はない。むしろ、
「ええ? なんで、食べられているのに嬉しそうなんですかね? もう、放っときますか?」
「ひかないで、コウちゃん。本人は珍しい魔物との遭遇に喜んでいるでしょうけど、このまま放っておけば魂の消滅は免れないと思うから。助けてあげて」
「わかりました」
(とは言っても、どうやって助けよう?)
魔物の口は大きくて、コウの力では無理やり開けることはできそうにない。
木に囲まれているから火炎魔法は使えないし、風魔法も威力が弱まりそうだ。
(口を開けさせるには、もっとおいしそうなものを目の前に差し出す? あくびを促す? ああ、そうか)
ひらめいたコウは、魔物の上にある枝に魔法をかけた。細くて柔らかい葉をたくさん付けた枝が、魔物の鼻先に伸びる。すると、葉が魔物の鼻をくすぐり始めた。魔物が目を細め、鼻先をわずかに上げる。
次の瞬間、魔物がくしゃみをした。大きなくしゃみだ。途端に、師匠が口から吹き飛ばされる。地面に転がったが、肉体は今ものんきに寝台の中だから、ケガもしない。
魔物は何度かくしゃみをした後、顔をぶるるっと震わせて、森の奥へと行ってしまった。
「魔物退治に、こんな平和的な解決策があったのね」
スイが感心したように言うが、コウもこれほどうまくいくとは思っていなかった。
「私もです。というか、次は無いと思います」
「そうね。他の魔物に見つからないうちに、帰りましょうか」
「はい」
コウは返事をすると、師に近づいて手を差し伸べた。
「言いたいことはありますが、とりあえず帰りましょう」
「うん、そうだね」
師はコウの手を掴もうとしたが、すり抜けてしまう。苦笑した彼は、空へと浮かび上がった。肩にスイを乗せて、コウも後に続く。
「あれほど体を抜け出してはダメですって言ったのに。なんで抜け出して、こんなところまで来たんですか?」
「体を抜け出さないと、見えないものがあるからね」
(体を抜け出さないと、見えないもの?)
そういえば、とコウは眼鏡の軸に触れる。師が、自信満々に説明した魔道具。
魂が見えるもの。
「誰か、見つけたい魂がいるんですか?」
「おお、鋭い」
振り向いた師は、ほほ笑んだ。泣き出してしまいそうな、切ない笑顔だった。
「ぼくの師匠を探しているんだよ」
コウは、本当に本当に、師から何も教えてもらっていないのだと痛感する。
(聞いても、いいだろうか)
迷ったのは、一瞬だった。
「師匠の師匠は、どんな人だったんですか?」
「強くて、美しくて、優しくて、世界一愛しい人だよ。ぼくは、ずっと彼女の帰りを待っているんだ」
師匠は、これまでに見たことがないほど柔らかく、美しく笑った。やはり、顔だけは良い。
そして、この時初めて、コウは師匠のことがもっと知りたいと思ったのだ。
コウの耳元で、スイが「バカね」と呟いた。
コウは、スイのことももっと知りたいと思ったのだった。
弟子の私と問題師 朝羽岬 @toratoraneko
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