第十九話 中編 その3


「白狼!……貴様!なぜ生きている!」


 ルークは大声で叫ぶ。だが、当のキマリスはなぜ彼が怒鳴っているのか分からずあることを尋ねた。


「質問の意図がわからないのですが……しかしなぜ、『白狼』の名をご存知で?」

「白狼と呼ばれた、雷を纏う人狼種ワーウルフ!貴様のことだろう!百年前の戦争で勇者様によって討伐されたはずの!」


 それを聞いたキマリスは納得したのか、なるほど、と呟いた。


「だからこの名を……。ならば先ほどの質問の回答にお答えしましょうか……。なぜ生きているのかと問われましたが、貴方方の想像する『白狼』は、私ではありません。そうですね……私のことはとでも思っていただければ」

「出来損ない……だと?」


 グレンは戦闘前にキマリスが魔王の側近であると言ったことを思い出した。


(これが……出来損ない?)


 ここまで戦うところを見た。世界にもそういない実力を持つものが出来損ない……?

 もし彼の言うことが本当ならば、先祖はこれ以上の敵と戦っていたことになる。グレンは全身の震えが止まらない。


「受け継いでしまった以上は私も白狼と名乗っていますが、あまり好ましくないので隠しているのです。どうかご理解ください。……それはそうと、この争いもそろそろ終わらせたい、そう思いませんか?ルーク殿」

「貴様は苦しいだろうが、儂はまだ動けるぞ。この好機を逃さぬわけないじゃろう」

「そうですか……。貴方のような素晴らしい兵士、なかなかいません。このまま死なせたくないのです。どうか、その剣を納めてはくれませんか?」

「……儂に降参しろと言っておるのか?」

「ええ、貴方は人族にいなくてはならない存在です。さあ、どうしますか?」


 白狼は我々をすでに人質だと考えているのか、投降せよとその場で交渉している。彼の言葉は脅しではなく本当のことを言っているようだとグレンも肌で感じている。今、我々は白狼の手のひらの上に立っているようだ。しかし、人族は女神エスピルによって作られた聖なる生物。異端な魔族に屈することはない。


「それは聞けぬ願いじゃな。貴様のような魔族をみすみす見逃しておくわけにはいかぬ。我々の誇りに賭けてな」

「……そうですか」


 その一言は彼の待ち望んでいる言葉でなかったようだ。落胆したかのように頭を抱えると、キマリスは瞬時に移動する。


(速っ……)


 今まで戦っていたものとは比べ物にならないほど俊敏になったキマリスは、グレンは当然、団長の反応速度を遥かに上回った。動いたと認識した頃にはすでに遅く、眩い閃光は団長を包み込む。

 

「団長!」


 感情が昂っているのか、キマリスから放たれる稲妻のような光は二人だけでなく団員らも捕える。グレンの叫びが彼らに届いているのか分からない。必死に斬り合っている音だけが聞こえている。直視することすら拒む光の中、徐々にその光は輝きを失う。やがて白い毛並みがたちまち元の黒毛に変わった。


「団長!」


 ぼやけた目を擦りながら団長らを直視する。ようやく回復した時、グレンを筆頭に隊員らはまさに目を疑った。


「……だ、だん……ちょう?」


 キマリスの貫手が鎧ごと団長の胸を貫いている。その腕をゆっくりと抜くと、団長はその場で倒れ込んだ。地下から湧き出る水のように、穴の空いた胸から血が流れ出した。


「ああ……大人しく従っていればいいものを。残念です……」


 キマリスの右腕から静かに団長の血液が地面に滴り落ちながらそうつぶやく。そして、天を見上げている。


(こんなこと……あっていいのか?)


 グレンはこの現実を受け入れられない。師として信頼していた団長が無惨に殺されるなど想像すらしていなかった。どれだけ拒んでも目の前には横たわっている団長、そして白狼が。


「白狼……!」


 腹の底が溶岩のように煮える感覚を覚える。


(……仇を打たねば!)


 脳内はその言葉に埋め尽くされ、感情のままに剣を抜いた。


「おっと」


 持てる力の限りを尽くして切り裂こうとしたが、白狼は片手で剣を受け止めた。がっしりと掴まれ、抜け出すことができない。


「そういえば、敗者は勝者の言うことに従う……でしたね。ルーク殿が死亡、つまり戦闘不能になったので、早速守ってもらいましょうか」

「誰が貴様らの言うことなんて聞くものか!魔法を使わないと言ったくせに!」

「おや、私は魔法を使わないと言っただけですよ。しかし、今のあなたの発言からして……もしかして初めから裏切るおつもりだったのですか?では、ルーク殿はなんのために戦ったのでしょうねぇ。私に従えば、不用意に貴方方の命を奪いません。それでも抵抗するのであれば、ルーク殿の死は無駄だった、そう言えるでしょう」

「うるさい!団長を愚弄するじゃねえ!」

「愚弄?それはあなたでしょう。魔族と人族の争いである以前に同じ騎士として勝負しました。彼も騎士としての誇りがあるはずです。そんなルーク殿の顔に泥を塗っても良いのですか、グレン・クロズリー副団長殿……?」


 今にも噛みつく勢いでグレンを睨む。何も言い返せないと悟り、柄から手を離すと「良い判断です」とさっきまでの睨みが嘘のように慈愛の心で満ちたような目をしていた。


「それで……何に従えばいいんだ」

「そうですね、ひとまずこの場所に5年間、いえ、10年間いかなることがあっても戦闘すること……いえ、侵入を禁じましょう。国境付近です、争いが起きてしまうのは我々の関係を考えても仕方のないことだと思います。争うのであれば人族の領土内で今後行ってください。そうすれば我々は何も言いません。どうぞ、ご自由に」

「……それだけか?」

「あとは……これらの約束事を国の偉い方々にお伝えください。いいですね?」


 と、まだ血に染まっていない方の手で握手を求めてきた。その手を弾き飛ばして拒否した。

 

「おい、その前に聞きたいことがある。もし、俺たちがその約束を破った場合……どうなる?」

「破ったら?……そうなってしまったら、即刻、百年前のようなが起きる、とでも思ってください。良いですか、よく心に留めておくようにしてください」


 白狼の言葉は現実を突きつける。


(目の前にいるのは魔王の側近……もし俺が従わなければ、今ここにいる部下は当然、あの戦争が始まってしまうだと?クソッ、何でこんな魔族に……。どうすればいい、どうすればいいんだ……)


 脳内で葛藤を繰り返す。出した答えは、従う……。そうするしかなかった。

 

「了解した……徹底しよう」

「ありがとうございます。では、よろしくお願いしますね」


 改めて、不本意だが握手を交わした。この瞬間、戦後百年で初めて魔族との争いに負けたのだ。白狼の口元は笑っているが目が笑っていない。静かにその場を後にするキマリスを我々はただ見ることしかできなかった。


 思い出したかのように、団長の亡骸のそばに立ったグレン。目は見開いているが虚ろだった。触れても、心臓の鼓動はもう無い。だが僅かに温もりがある。それも数分のうちに消えて行く。雨が降り始めた。

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勇者の子孫として生まれた俺。魔王の娘として生まれた幼馴染。 瑠璃 @lapis11

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