第十九話 中編 その2
勝負はこの場で始まる。ルーク団長はレミントン家が代々継承する、家紋の彫られた鎧を身につけてキマリスの前に現れた。団員はルーク団長を背に、何か起きてもいいよう準備を済ませている。グレンも同じく、すぐ鞘から抜けるように手を置いている。ルーク団長が負けると思えないが、キマリスも実力者であることはこちらも承知でいる。一抹の不安を抱えながらも団長を信じて見守った。
「それでは始めましょうか。ルーク殿」
「言われなくとも、とうに出来ておる」
双方、武器を構えるだけで動こうしていない。仕掛けるタイミングを伺っているようだった。戦っていないグレンたちにもプレッシャーがかかってくる。空気はヒリつき妙な汗も出てくる。気迫に押される団員らに対し、ルーク団長は動じず集中している。誰よりも圧力を受けているだろうがものともしない姿に第一師団の団長の名は折り紙付きなのだと、グレンは改めて自覚した。
「いざ!」
先に仕掛けたのは団長の方だった。
リーチの長い槍を持つキマリスに対して真正面から地面を抉るように踏み込む。間合いを詰めると横一文字で断ち切った。
読んでいたのか、キマリスも冷静に後ろへ下がると、間合いを生かした突きの反撃を繰り出す。
団長も顔色を一切変えずに全て弾き返すと瞬時に懐へ潜り込む。
だが、そう易々と近づかせてもらえない。器用に振り回し弾き飛ばす。
手数で攻めるキマリスと技量の団長。わずか数秒で起きた激しいぶつかり合いは風を伝って団員の戦意を喪失させる。皆が鞘から手を離し、ただ茫然と、我々が到底経験する事のない撃ち合いを食い入るように見ている。我々の知っている戦いとは一線を画していた。
「見事!」
「お互い様ですよ、ルーク殿」
撃ち合いになりながらも互いを褒め称えている。一人の武人として思うことがあるからなのだろうが、この戦いを見せつけられてなお、喋る余力があるのかと驚かされた。団長もすごいがキマリスも想像していた実力以上の腕だ。
「では、こんなものはいかがでしょうか」
片手で薙ぎ払う。僅かな槍のしなりから生まれる一撃が、地表に擦れただけで亀裂を生んだ。
たまらず団長も後ろへ下がると、キマリスが飛んでくるように間合いを詰めに来た。
顔面を正確に狙った素早い突きの一撃は団長も避け切ることができず、頬に切り傷を負う。先制を許したのは団長だった。
だが団長もやられるばかりではない。弧を描くように振った剣は伸び切った槍の柄ごと断ち切ると、流水のように休む暇のない連撃を浴びせる。
それでも、キマリスは涼しい顔をしながら優雅に躱している。武器を失ったにも関わらず冷静でいられるとは、誰も思うまい。一体どれほど多くの死線を超えてきたのか。
「団長の名は伊達でないようですね。この私が武器を失ってしまうとは」
「いささか余裕そうに見えるのは気のせいかのう?」
「さあ、どうでしょう。貴方なら、答えはすでに持っているのでは?」
棒となってしまった柄を捨てるとファイティングポーズを取った。この状態でも戦う意思があるらしい。武器の有無によって戦局は団長がリードしていることは明確、だが、団長は一歩も歩みを進める気配がない。
「なぜ、仕掛けないのです?」
キマリスの問いに返答しない。ただ、彼はその場で佇んでいる。彼の気迫に押されているのではないかとグレンは考えた。直接戦っていないにも関わらず常に降り注ぐ異様なプレッシャーにグレン本人もやられているのだ。
しかし、戦闘経験豊富なルークは違った。プレッシャーに臆することなく、さまざまなパターンから勝ち筋を探す。彼が近接攻撃を得意としていることは、先の戦闘で感じ取っている。下手に動けば命を刈り取られるかも知れない、長年の勘がそう言っていた。攻撃魔法を使わない、そんな舐めた条件で挑んできた以上勝利しなければならない。だからこそ、彼の選択はこうだった。
『
陽光が刺してきたかと思えば、肉眼で捉えることができてしまうほど高密度に束ねられた空気の層がキマリスを中心に落ちる。瞬間、地面は押し固められ、周囲がメキメキと音を立てながら歪み始めている。物量に押されキマリスが片足をついた。
「……………………」
キマリスの口が動いている。何か呟いているようだったが、轟音を響かせる周囲の突風にどれも遮られた。
「総員、負傷者を最優先に外へ!」
このままでは我々も巻き込まれると考え、グレンが瞬時に号令を出す。隊員らもハッとした様子で急いで命令に従った。
「これでチェックメイト、じゃな」
一度振り向き我々を確認するとさらに出力を上げる。キマリスはたちまち跪いた。徐々に広がっていく穴はやがて仮拠点を飲み込む。その時点で負傷者等は運び終わっているため、犠牲者は出なかった。
「!」
ルークは驚愕した。四肢が地面についていた状態から徐々に離れている。骨まで砕くような威力を誇るこの魔法を耐えるのに精一杯なはずだが、それでもなお、立ちあがろうとしている。
(これが魔族か?)
五十数年の人生において何度も国境地帯の争いを経験している彼でも、これは異様な光景だった。そもそも、戦闘においてこの魔法を使ったのが初。これならば動きを封じ、完全に討伐することができると考えていた。
(我々も耐えることのできない巨大な圧力を一身に受けているが、まさか魔族には通用しない?いや、
そう言い聞かせると、魔法の出力を上げようとする。だが、これ以上となると
解放されたキマリスはゆっくりと立ち上がる。どこか一本でも潰れていればマシだったのだが、彼の立ち姿からそのような気配は一切感じることができないと離れたところから観察していたグレンはそう思っていた。だが、決して無傷ではないみたいだ。
「面白い……魔法の、使い方ですね。ぜひ参考にしたい」
ゆっくりと団長の元へ歩き出したキマリスは口から何かを吐き出した。赤い液体、きっと血液だ。
「骨は問題ないみたいですが……内臓がやられたようです」
よく見ると腹部を抑えている。骨格が無事でも器官はそうでないらしい。
「流石です。ここまで傷を負ったのは久しぶりですよ、ルーク殿」
「本来ならすでに決着がついとるはずなんじゃが……しぶといのう」
頭を掻きながら団長はつぶやく。キマリスは勿論、団長も疲弊している様子だ。心なしか呼吸が乱れているように見える。決着まであと少しのようだ。
「……本来は使いたくないのですが、仕方ありません。私のとっておきを見せましょう」
「とっておきじゃと?」
静かに頷くと、血で汚れた口を手で拭う。すると、カラッとした快晴から雨が降ってくるのではないかと思うほどの曇り空へ戻っていく。上空は雷鳴が轟くと大粒の雨が地面を打ちつけた。
『
誰もが聞き馴染みのあるその言葉に団長を含め皆一瞬の動揺を誘った。直後、天空から青白い閃光がキマリスに直撃した。
(
聞き間違えであると思いたかった。だが、目の前にいるのは英雄譚で見たあの白い毛並みの
(間違いない、白狼だ)
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