おうちへ帰ろう

たい焼き。

おうちへ帰ろう

「おいおい、なんで雪なんか降ってんだよ……」

「うわ~、信じられん」


 そんな声がそこかしこから聞こえてきた。

 当たり前だ。


 だって、今は真夏だ。

 2046年8月、今まで暑すぎて地球温暖化などと騒がれていた地球の気候が一変した。

 毎年、日本の夏といえば「暑くて湿度が高い」というのが常識だった。それが、雪。それも大雪が降っている。


 今年の夏は地元へ帰ろうと思っているのだが、帰れるだろうか……。


 大体、お盆の時期は毎年帰省ラッシュの影響で混むんだ。帰れるかどうかはわからないが、一応帰り道の座席の確保はしておいたほうがいいだろう。


 俺はそう思って、地元までの座席を一席分予約しておいた。

 帰省まであと5日、少しは天気が回復してくれればいいんだがなぁ。


 俺は遠くにある地元へ届くように小さく願った。



 ***



 それから帰省の日まで俺は気が気じゃなかった。

 俺の家族はいつも俺が家の近くまで帰ると迎えに来てくれるんだ。それはきっと今年もそうだろう。

 しかし、今年はいつもと状況が違う。

 家の近くまで、と言っても雪が降っていたら……ましてや連日の雪が積もりに積もって道路も滑りやすくなっているかもしれない。

 ここ数年は車で迎えに来てくれていた。急にこんな天気になって、スタッドレスタイヤを履いているかも怪しい。


 いろんな可能性を頭の中で考えていたら、ふと声をかけられた。


「やぁやぁ半田さん。お帰りですか?」


 声のした右側を向くと、俺と同郷の栄さんがいた。どうやら同じタイミングで帰るようだ。


「栄さん、ご無沙汰してます。お変わりないですか?」

「あぁ、なぁんも変わっとらん。それより、だいぶ難しく考え込んでたみたいじゃがどうした?」


 栄さんが朗らかな顔で俺を見てくる。

 この栄さんに俺は小さい頃から弱かった。まるで俺の悩みや考えなどまるっとお見通しのような顔に、俺は素直に感情を表に出してしまう。


「今年はなんでか知らないけど、すごい大雪でしょ? いつも家族が迎えに来てくれるけど今年は大丈夫なのか、とか迎えに来る途中でもし、万が一、……事故にでもあってしまったら……とか考え出すと心配で……」


 俺は不安な気持ちをごまかすようにヘラヘラと笑うが、顔がひきつっているのを自覚していた。意識しないと、指先もブルブルと震えてしまう。

 こんなの、大げさって思われて笑われてしまう。

 しかし、栄さんは穏やかに笑うと、俺をなだめるようにゆっくりとした口調で俺に言い聞かせるように話す。


「半田さん。あんたんとこの家族はちゃんと迎えにくるよ。ま、この天候だ。多少遅くなるかもしれねぇけどな」

「しかし、下手に迎えにきて何かあったら……」

「半田さん。冷静になれ」


 栄さんが俺の肩を優しくさする。それはまるで泣きじゃくる子供を落ち着かせるような温かさを持っていた。


「半田さんは信じて迎えを待っていればいい。下手に自力で帰ってすれ違いにでもなったら大変だろう?」

「確かに……そうですね……」


 栄さんのおかげで少し冷静になれた。


 栄さんと話しているうちに、俺たちの地元近くまで来ていた。


「じゃぁ、ワシの家は西だからここでお別れだな。いいか? 心配になってもちゃんと家族を信じて迎えを待つんだぞ〜」


 栄さんは俺に念を押しつつも、自分の家の方角に向かって去っていった。

 栄さんにも彼が返ってくるのを待つ家族がいるんだ。俺の心配をしてくれたけど、栄さんだって不安があっただろう。


 俺は栄さんに感謝しながら、いつも家族が迎えに来てくれる場所まで行き家族の迎えを待った。


 待ち合わせ場所は屋根もないところなので、周りには雪が積もっていた。

 しかし人が通るからか、車の轍がつき歩道も少しばかり雪が除けられている。

 これなら、あいつらも事故に遭うこともなく迎えに来れるかもしれない。


 周辺の道路状況を見て少し安心した俺は、じっと家族の迎えを待った。

 空を見上げると、やっぱり今日も大粒の雪が落ちてくる。


 やっぱりこんな天候の中、迎えを待っているだけなんてできない。道中、何かあったらどうするんだ。


 栄さんの言葉が一瞬、頭をよぎったけれど俺は家族に何かあってからでは後悔してもしきれない。


 自力で家に帰ろう。


 そう決心したときに、通りの道路からこちらに向かってくる1台の車があった。

 5人乗りのメタリックグレー、運転席を目を凝らして見るとメガネをかけた50代くらいに見える女性が運転していた。


「光代……」


 運転していたのは、俺の大好きな妻だった。見間違うわけがない。

 ただ、少し年齢よりも老けて見えるのは俺が苦労をかけてしまったせいだろうな。

 助手席には肩くらいまでの茶色い髪にゆるいパーマをかけている女の子が乗っている。

 大きくなった俺の娘、雪だった。

 しばらく見ないうちに大きくなったな。妻に似て、誰にでも好かれる美人になったな。


 俺はだんだん近づいてくる2人を見て、胸に込み上げる何かがあった。


 無事に迎えに来てくれた。

 何もなく健康に、大きく育っている娘。苦労はかけてしまっているが、元気そうな妻の姿。


 会えて良かった。




 車はそのまま駐車スペースに停まり、二人が車から降りてきた。


「ママ、事故らなくて良かった〜。隣で乗っててヒヤヒヤしちゃった」

「えー、安全運転だったでしょ〜? 雪ももう少し大きくなれば免許取れるから、それまではママが運転するからね」


 2人のなんてことのない会話がここまで聞こえてくる。


 後ろの座席から、花とお迎えちょうちんを持って俺のところまでやってくる。


「あーやっぱり雪被っちゃってるね。寒かったね、あなた」


 光代が手で優しく雪を払ってくれる。

 嬉しいが、光代の手が冷たいだろう。


「ママー、お花立にお水入れてきたよ〜。ここにお花入れればいいの?」

「そうよ、切り花が長かったら切って生けてちょうだい」


 雪が花立に花を生けて俺の前に2つ飾ってくれる。

 雪の中、水は冷たかっただろう。ありがとうな。


 それから2人はカバンから線香を取り出し、俺に線香をあげてからお迎えちょうちんの中のろうそくへ火を灯した。


「うぅ〜、まったくお盆だっていうのに、真冬みたいになるなんて……。早く帰ってあったかいおしるこでも食べようか」


 光代が冷たくなった手をグーパーと温めるようにしながら、雪と話している。


「夏におしるこなんて、ちょっと不思議な気分〜」


 ちょうちんを持った雪は、もうおしるこで頭がいっぱいのようだ。ちょうちんには火が付いてるんだから気をつけてくれよ〜……。


「雪の持っている火を頼りにパパが家まで帰ってくるから、気を付けてちょうちん持つのよ」

「は〜い」


「パパもちゃんとついてくるのよ」


 光代が俺の方をちらりと見る。


 大丈夫、その火があればちゃんと家まで帰れるよ。



 もう俺の声が君たちに届くことはないけれど、こうして君たちの姿を見ることができて嬉しいよ。

 今日は8月13日、俺たち死者が家に帰れる日。

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おうちへ帰ろう たい焼き。 @natsu8u

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