第10話 野望

 それからネオの毎日はガラリと変わった。彼は大きな野望に向けて邁進していた。

「馬鹿にしてきた同級生や教師を見返してやる。『黒い穴』伝説が本当だと証明してやる」

「母さんがいつも言っている通り、僕は僕を信じる」

 ネオの心は、完全に『黒い穴ウーハ』へと落ちていた。穴のようにどす黒い感情を糧に、実在の証明という一点の光を追い求めて突き進んでいた。

 目的ができたことで、ネオはようやく授業を受ける意味を見出した。そして、教師の話が価値あるもののように感じられた。元々物分かりのいいネオは、授業を真面目に聴けばある程度理解ができた。試験の成績も悪くなかった。時々満点を取って、教師を驚かせることもあった。

 その話を聞いて、ネオの両親は大層喜んだ。

「やっぱりネオは頭が良いんだなあ」

「きっと高等学校へも行けるよ」

 笑う両親を見て、ネオも幸せな気持ちになった。


 いつも通りの礼拝日。礼拝終わりに祖父母たちの家へと遊びに行った。学校での話をすると、これまた喜んでくれた。

「おお、ネオちゃんはすごいねえ」

「ネオは鉱山よりも学校の方が合っているな」

 喜ぶ祖父母の顔を見つめていると、ドアが開いた。美しい肌のあの人だ。

「ジーモ、リプラさん。こんにちは。今、ネオちゃんの話をしていたんだよ」

「そうだ、ネオはすごいんだぞ。学校で一番頭が良いんだ」

 ネオは誇張して孫自慢をする祖父を止めようとした。しかし、その前にリプラが顔を明るくした。

「まあ、そうなの!ネオくん、すごいのね」

 失恋はしたものの、その熱は冷めていなかった。リプラに声を掛けられるだけでも照れてしまうが、褒められるとネオは天にも昇る心地だった。

「まあ、ね」

 照れを隠して素っ気ない返事をしてしまう。ネオの心の中で、もっと頑張って褒められたいという欲望が湧いてきた。


 ある日の帰り道。

「おい、教室で睨んできただろ。このガリ勉野郎」

 黒い小さなおできを小鼻に付けた少年が怒声を発してきた。

「睨んでないよ」

 難癖をつけられるネオ。気がつけば頬を殴られていた。

「カリカリ勉強していて、気持ち悪い奴。自分のこと偉いと思っているんだろ」

 ネオを殴った工場長の息子のように、ネオを良く思わない同級生もいた。冷めた目で隅っこから教室を眺め、ただ勉強ばかりしているネオが異端児に見えたのだ。しかし、妬みという感情をまだ知らないネオには、全く理解のできない暴力だった。

 それからしばらく、ネオはいじめっ子たちの餌食となっていた。ネオは誰か頼れないかと周囲を見渡した。同級生たちはいじめっ子を怖がって助けようとしない。大人たちは子どものよくある喧嘩だと無視をした。誰も助けにはなってくれなかった。しかし、ネオは両親に訴えることはしなかった。両親には笑顔のままで、心配なんてしてほしくなかったから。

 ネオは時々やり返そうとした。しかし、体格のいい彼らには全く適わなかった。次第に、黒いおできを見るだけでネオは反射的に防御態勢に入るようになった。ただ暴力を受け入れるために。

 まさかようやく見つけた目標が原因で暴力を受けるなんて、とネオは絶望した。初めのうちは自身の野望やリプラへの憧れが痛みを覆い隠してくれたが、それが何週間も続くとそのベールは払われた。

 世間の理不尽さによって、ネオの夢は砕かれた。

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黒穴 とるてぃ @Toruti

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