第1話 ドラゴン・エンプリス


 「帰れ!もうこの国にお前は必要無いのだ。分かれ、理解してくれ!さっさと立ち去れ身の程知らず!」


 目の前でキンキンと騒ぐオウジサマ。ああ嫌だ、招かれて1年早く足を踏み入れたことで優越感を得られるはずのパーティ会場だと言うのになんとも言えない心地悪さ、と思いつつ少女は息を吐く。どうしてこんなことになったのやら皆目見当もつかない。生まれてこの方何となく決まった運命に従ってのんべんだらりと生きてきた。それでもその運命のもと、やるべき事はノルマ以上にこなして及第点以上の存在で居続けたのだ。なのに目の前の自分より余程劣った王子は騒ぐばかり。

 こんな目にあうのならば同じように掠れるくらいに騒いでやろう。わがままなご令嬢がするだろう、と推測できるように思いっきり怒鳴り返してやるんだ。彼女はそう思いつつ息を思いっきり吸って、口を大きく開く。


 「グルォァアアアアア!!!」

 

  あ、と彼女が思った時には遅かった。轟音、地鳴り、熱線の乱舞。単なる怒声として発露すべきそれはわざとらしく思える程の唸り声と共に破壊をもたらしてしまった。そこにあるのは終末の権化だ、と知っているのはその場に何人いただろう。『心下』貴族としてのんびりと暮らし戦線から逃れた奴らには遠いもの。がらがらと崩れ落ちる白亜の壁にその令嬢はあちゃあ、と思いつつ魔術で咄嗟にパーティ客を守って見せた王子相手に首を傾げる。案外素早く動けるものだ。遠回しな保身の為かもしれないがなかなかどうして上手くやる。普段は授業を除いたら魔術なんて使った試しがないくせに。心臓をソーダ水に付けたような感覚は無視するしかないだろう。一つ息を吸い込んでスカートの裾を摘んでカテーシー。

 

「改めて名乗らせて頂きましょう。私はエルジェ・サルマンドラ。役職ジョブ竜姫ドラゴンエンプリス。さてエルノア第一王子殿。帰れ、国から出ていけ、でしたか?そうさせてもらいましょう。明後日には痕跡ひとつ残さないから安心してください。」

 

 突っぱねた言葉は最後通牒。少なくともこの令嬢に怒りをぶつけたエルノア王子にとっては喜ばしい言葉だが、それでも令嬢なりのプライドに裏打ちされた言葉。普段の丁寧な令嬢らしい口調ではなく、対等な立場から発した政治的なやり取りの際のソレだったことに気がついたのは何人いるだろうか。

 その名乗りにいち早く反応を示したのはこの国最大の公爵家の後継でもあるランスロット・ドルジェ小公爵だった。外交を担うことも多く他国との繋がりも多いドルジェ家の人間だからこそ顔面蒼白にもなるというものだ。竜姫ドラゴンプリンセスとはこの国が保有する最大戦力であり資源でもあるドラゴンの寵児である。100年から300年という振り幅はあるが、定期的に現れ国を助ける存在の彼女達を失うことは即ち、ドラゴン達の求心を王家が失うに等しい。それが仮に一挙に起こるのだとしたら、雪が多い常冬のドラッへ王国にとって致命的な社会停滞を招くだろう。


 そんなドルジェ小公爵の焦りを他所にパーティ会場の大半の視線は攻めるように少女を見るだけだった。故に、ちょっと脅してやろうと竜姫を名乗った少女は視線を巡らせる。崩れかけ、所々炭をぶら下げる豪奢だったシャンデリアとその近くにある脆くヒビの入った天井を見上げてくすり、と口角を上げて。

 

「痕跡は残しませんとも、だってね。」

 

 一言残せば頭に手をやる。吠えた拍子に飛び出た角で髪飾りが引きちぎられ、半端に崩れていた。ヴェールを髪に掛ける文化、やっぱり忌々しくない?そんな風に思いながら絡まった布に成り果てたそれを引きちぎって髪を解いて、背中のショールも落として羽を出す。彼女がいつも背中がすうすうするほど大きく開いたドレスを纏うのはいざという時の為であり大衆に知らせる為では無いのだが────今夜くらいは国王も許すことだろう。竜の王族が謗られて苛立つドラゴンたちはきっと、彼女が飛ぶ姿を感じ取れない限り抑えるのがとても大変だから。


 その日、ドラド大陸北方 ドラッへ王国。王都郊外別宮、『サラマンドラ』より飛び立つ令嬢が目撃された。その時刻より1時間、大陸中のドラゴンは翼を持たぬものや自由がないものを除き一斉に羽を広げ、夜空に吐息ブレスを吐き出した異常現象が各地にて記される。

 その意図する所は竜の王族の戴冠にも等しいものだったと​─────知るのはただ、竜のみ。


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婚約破棄されたので太古の契約通り国を滅ぼします 鞘呑たたみ @Ringoame-kuroiwa

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