お庭の小人
@Pokan619
お庭の小人
これは僕がまだ幽霊だとか鬼だとかそんなものを信じていた頃の話である。
白雪姫に登場する「七人の小人」はご存知だろうか。当時、庭にそれの置き物があった。陶器でできたそれは、キチンと七つあって、庭のあちこちに置かれていた。
ある日、僕は石を投げて遊んでいて、小人を一人割ってしまった。僕は血の気が引いた。このままでは母にひどく叱られて、押し入れに閉じ込められてしまうだろう。あの真っ暗でひんやりとした押し入れには二度と入りたくなかった。押し入れには鬼が棲んでいて、悪い子どもを暗闇に引きずり込んで喰ってしまうと、その頃僕は本気で信じていたのだ。
僕は兄に泣きついた。いつも親に言えないような悪いことをしてしまったとき、必ず兄に相談していた。三つ年の離れた兄は、ずる賢かった。僕は兄に小人を割ってしまったことを話した。兄は話を聞き終えると、いつものように
「いい考えがある」
とにたにた笑った。僕の相談を聞くときの兄の表情は、まるでなぞなぞを解いているかのようなしたり顔であった。僕の犯した罪をあの手この手で隠蔽するさまに、あの頃は少なからず憧れを抱いていたものだ。
兄は庭へ出て行って、割れた小人を麻袋に入れた。そしてその上から石で何度も叩きつけ、粉々にし、祖母の畑へ持っていった。興味深くその様子を見ていると、兄が
「穴を掘れ」
と言ってきたので、枇杷の木の下にスコップで穴を作った。そこへ兄は粉々にした小人を流し入れ、元通りになるように埋めた。兄は用心深く穴を掘って土の色が変わったところに稾を置いて形跡をキッチリ消していた。兄は枇杷の実を二つもぎ取ると
「ずらかるぞ!」
といたずらっぽく笑いかけて走り出した。
「待ってよう!」
僕は急いで追いかけた。そんな感じで二人できゃっきゃと走っているときには、もう怒られる不安も罪悪感も不思議と消えていて、ああやっぱり兄に相談してよかったとつくづく思うのだ。
川まで走ってやってくると、兄は枇杷の実を一つ僕によこしてくれた。実を齧りながら兄は言った。
「大丈夫、小人が一人くらい減ったって誰も気付きやしないさ」
血のような夕陽に染まる兄の横顔は、正義とも悪とも呼べる一種の神秘を帯びていて、今でも忘れられないのだった。
兄が言った通り、小人が六人になったことに誰も気付かなかった。兄の完全犯罪記録がまたもや更新され、僕は怒られずに済んだのだった。
ところが、僕はその日から悪夢を見るようになった。あの小人が、僕を殺そうと追いかけてくるのだ。僕はそれが正夢になるのではないかと怖くなった。小人は僕を恨んでいるのだ。僕は今まで以上に怖がりになった。常に誰かに見られている気がして、恐ろしくてたまらなかった。一人になるのが嫌で、ずっと兄にひっつくようになった。正体不明の物音がするたびに兄に言った。
「小人だ、小人が怒ってやってきたんだ」
「そんなわけないだろう。大丈夫さ。だってほら、おれが粉々にしてやったんだから」
「小人の亡霊だよ。きっと僕たちを呪い殺すつもりなをやだ。信じてよう」
賢い兄なら、亡霊を撃退する方法も知っていると思ったのだ。だが、あまりに僕がしつこいのが気に障ったのか、いつもの優しい声は消え、兄は声を荒げた。
「うるさい!第一、あの小人を割ってしまったのはお前じゃないか。小人がやってきたのだとしたら、きっと真っ先にお前を呪い殺すだろうよ!」
そう言い放って兄はどこかへ行ってしまった。僕は兄に怒鳴られたことなんて一度もなかったので、驚いて、悲しくて、怖くて、思わず泣き出した。すると、兄が泣き声を聞きつけたのか飛んで帰ってきた。僕はまた驚いて、次は泣き止んだ。兄は僕を抱き締めて
「ごめんなあ、今のはぜんぶ嘘だ。忘れてくれ」
と呟いた。いつもの優しい声に戻った兄にホッとして、僕は思わず涙をポロポロ落とした。
「ぼく、僕もう、このことを母さんに話して謝るよ。小人のことを」
僕はこの悩みを抱えきれる自信がなかったのだ。母に話せば楽になることは、わかりきっていた。
「そうか……いつ言うんだい?」
「今晩……」
「今晩?今日はよくないね。今日母さんは父さんと喧嘩をしてご機嫌が悪いんだ。明日にすれば?」
「じゃあ、明日の朝話すよ」
そんな会話をして僕たちは眠りについた。
その夜、僕は深夜にパッチリ目を覚ましてしまった。時計を見ると丁度二時を回ったところで、ああなんて不吉な時刻に起きてしまったのだろうとひどく悔やんだ。用を足そうと部屋から廊下へ出ると、どこからともなく低い声がした。
「誰だ……誰だオレを割ったのは……!許さない!許さない!許さない!許さない!」
僕は声の主があの小人であることを確信した。僕の居場所が小人に知られないように、必死に息を殺し、忍び足で歩いた。
「どこだ……どこにイル!?」
僕はもう泣きべそをかいていた。足音を立てないように、ゆっくりゆっくり隣にある兄の部屋へ行こうとした。
「逃げるナ!逃げたらお前とお前の家族を粉々にしてやる!」
僕は足を止めた。生温かい涙が頬を伝って床にポタンと落ちた。窓が風でビュービューガタガタ叫んでいた。
「屋根から飛び降りろ!飛び降りろ!飛び降りろ!飛び降りろ!飛び降りろ!さもなくばみんな粉々だ!」
声はどんどんこちらに近づいてきた。僕は怖くて怖くて、頭が真っ白になって、そのまま二階の窓から、エイッと身を投げ出した。
———目が覚めると、最初に白い天井が目に入った。僕は病室にいた。どうやら骨折だけで済んだようだ。目が覚めた僕に、傍にいた母は
「このお馬鹿!」
と泣いて抱きついてきた。僕は心から安心した。誰一人、粉々にならずに済んだのだから。
僕は母に小人のことを全て話した。叱られはしなかったが、小人の呪いの話だけは信じてもらえず、精神科のお医者にかけられた。唯一、兄だけは信じてくれた。
それからというもの、小人の気配を感じることは一切なくなった。
さて、僕が今こんな訳のわからぬ昔話を書くのは、先日兄が、連続殺人の罪で逮捕されたからである。
お庭の小人 @Pokan619
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます