帰葬の旋律

めいき~

道筋をたどれば、帰りたいと願う瞬間は何度もある

 冷たい風の中、たたずんでいた。両手を合わせ、息をそっと吹きかける。

毎日を繰り返し、夜明けを繰り返す。灯の音が聞こえ、星空に紛う光の華が舞う。



 土が霜で僅かに光を反射しては、零れた涙の様に広がって。合わせた両手を、解いてはすれ違う。甘酸っぱい想い出は、瓶に詰められたマーマレードの様に。色を湛えて。ひと掬いの甘味と苦みが、柔肌のようなパンを染めあげる。



 言葉を重ね、願いを重ねてはお互いの両手を包む。凍てつく寒さが、痛みとその手の温かさを伝え。足元は、こぼれた涙の様に雪が照らす。





 雨も雪も、空から墜ちるものは皆。大地を祝福して、煌めいて。そして、何処かに消えていく。土に帰りたいと願うのだろうか、空に帰りたいと願うのだろうか。



   熱く、焦がして。その模様は万華鏡のように光を曲げて。



 フードを被り、両手から零れ絡まるリボンを指から垂らし。その手に浮かべる香水瓶をこちらに見せながら。薄ら笑いを浮かべ、その「君には、迷いがあるから」とやけに中性的な言葉で囁いた。


 雪と同化するような、白いローブを身に纏い。私に、声をかけるも数多の音にかき消され。迷いがあるというセリフ以外が空虚に消え、希望を囁くものは皆、化け物だ。悲痛に願う想い未だ届かず、枯れぬ夢を見よう。


 ノートの切れ端から首をもたげる様に、絵が体を持ち上げて。ひそかに這い寄る、魂までも凍りつく。薄ら笑いに、迫力だけがやたら印象的に。その印象だけが頭に重油の様にこびりつく。



 しかし、それ以外の印象が残っていない。アナタは誰だ、アナタは何者だ。自分は、誰だと問いかけるも、答えは出ず。「私はアナタ、アナタは私」零れるリボンの様にそっと指を絡め。薄ら笑いは消えず、ただ包み込むように両手で抱きとめる。


 「アナタは帰りたいと願った、だから私は帰す為にやってきた」あの時、今と同じ星見えぬ黒い空。


 違うのは今日降っているのは純白の蛍で、かつての空から降っていたのは漆黒だったというだけだ。黒い空から、黒い花が降り注ぐ。立っているだけで、壁に人が映りこむ。飲める水などなく、水を飲むだけで身体を焦がし溶かす。


 そこには、赤子も老人もなく。白い旗は、血に染められた。


 世界は染められ、幻は羽ばたく。ただ、永遠になるのみ。帰り道に消えた思い出も、零した言葉さえも。ただ、光の中に……。



 セピアに色あせた、切り取られた窓を覗き込む度に思い出す。勇ましく、そして愚かな事の葉を旋律と共に流しゆく。もしも、この音が聞こえたら。もう、最後の寝台になったそれに涙を湛え。犬小屋に紛う、ベットであの日の夢を見よう。背を丸め、サンダルで河川敷をかけたあの日へと。ただ、帰りたいと願うも未だ叶わず。最期の日を待つ。


「お前は生きろ」と言ってくれた友、「お前に全てを託す」と言った師よ。「俺は死ぬのか」と私に問うた父。私は、流れる駅の様にただ見送ってきたに過ぎない。



 私にとって、生きる事はただ流れているに過ぎない。その原木にただしがみついているに過ぎない。風雨にさらされ、黒い空を見る度あの日を思い出すだけ。この世にしがみついては、未練で生きているに過ぎない。「友よ、私はもう十分に生きた」「師よ、私は終ぞ誰かに託すことはできなかった」「死ぬのはアナタだけではない、父よ。人はみな死ぬ」白い天井に手を伸ばせば判る事だ。老いない人などいない、特別な人間などいない。

 握りしめたその手に、夢と未練があるだけだ。だからこそ、帰れもしないあの場所に帰りたいと願うのだろう。


  藍透染み入り、ケルトが響き。酒と共に天へ昇る。


 喧噪、ここに至り。隆盛に叫ぶも、未だ黒い空に手を伸ばし。過ぎ去り際に放つ声を想いだす。琥珀に笑い、波至る。天元にぽつりと石一つ、四季は流れど。旋律は流れず。


        遊星澪月に彩り添えて、大地の炎は今日も猛る。


        鎮魂は幻想と共にあり、髪と共にくすみ征く。


 徒花に軽い口づけを交わし、暗い洞窟から外を見て。

 今だ、土に帰れず。寒しと紅蓮を見つめ、あらゆる音が幻聴なのだと思ふ。


 口ずさむのは、鎮魂歌。引きずる足をたださすり、今日も止まぬ黒い雪を見る。

 帰れず、帰れぬあの時に。今日も焚火をくべるのみ。


死相は緋色、銀の庭。今日も首をもたげて、誰かの帰りを待つ。


物語は、心震わせ。綺想と憎悪を語る。両手で光を掬いあげ、零れ落ち。


 あの頃見た、世界は虹の様であったのに。どうして、今は両手に灯るだけ。

どれだけの「言葉」が「想い」が零れ落ちたのか。


 消えて、流れる中でただ余韻だけを残して。


 今日も、世界は音と光に満ちている。


 こぼれたものは帰らない、ならばそれは捨て去ろう。

 その中に、どれ程の宝石があったとしても。


 それでも、その手からこぼれていったのだ。

 地図には何もない、ただ灯りに照らされて。


 小さなシミが増えていくのみ。


 友よ、願わくばお前と共に。あの時、大地に帰れたら。

 このような想いは、しなくて済んだのだろう。


 清水の様に、体にまとわりつくその想い出が。ひ弱な枝の様に背を支え。

 過去を踏めと、嵐の様に吹き飛ばす。


 飛ばされるまま、舞い踊るままこの葉の様に降り積もる。

 師が吹いていたハーモニカの音色の様に、懐かしく。


 今日の日の空の様に、くすんだ椅子に腰をかけ。色んな曲を吹いていた。

 雪かすみの一升瓶を抱えては、嬉しそうに笑っていた。


 道筋をたどれば、帰りたいと願う瞬間は何度もある。それが、生きると言う事なのかもしれない。




(おしまい)

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