シード少年
それなま
第1話
「この直線と曲線が交わる点を何と言うかというと……」
担任の佐山の声が、どこか上滑りしている。教室の空気が浮ついているのは明らかだった。
机の下でスマホを握りしめている生徒、ペンをせわしなく回している生徒、視線を机の下に落としたままの生徒――誰もがあと数分で始まる発表を気にしている。
「なんだ、お前ら。心ここにあらずって感じだな」
佐山が苦笑交じりに言うと、教室の空気が少し緩んだ。
「そうか、お前ら2年だもんな。今年が初めてか。デバイス出していいぞ。そりゃ気になるよな。発表何時からだ?」
「10時です」誰かが答えると、時計を見る気配が教室中に広がった。
「あと5分か。まあ、お前らが思ってるほど大したもんじゃねえよ」
「先生は何位だったんですか?」男子生徒が聞く。
「俺?……んー、忘れたな」
教室に笑い声が広がった。
「そんな上位だったら、今ごろ高校教師なんかやってねえし。大学時代に一度、まあまあのスコアが出たことはあるけど。それでも半分よりちょっと上くらいだったかな」
「その相手と結婚したんですか?」
「いや、まさか」
佐山は首を振った。
「そもそも女性のほうから連絡が来るヤツなんかほんのひと握りよ。考えりゃすぐわかることだが……」
佐山はチョークを持ち、黒板に向かった。
「日本の16歳以上の未婚男性は、だいたい1500万人だ。女性も同じくらいだとする。1500万かける1500万。とんでもない数の組み合わせになるよな。計算すると……」佐山は黒板に0の羅列を書き、計算し出した。
「225兆か」
はあ~、というため息が漏れる。
「先生、半分よりちょっと上って言いましたよね」男性生徒がにやにやしながら言った。
「ああ」
「てことはお金払って確かめたんですか、自分の順位を」
「確かめた」クラスがどっと沸いた。
「そりゃ気になるだろうよ。自分の精子がどれくらいのランクか。1万位以下の人には有料で順位を教えます、っていうのはいくらなんでもひでえよな。225兆のうちの上位1万がどのくらいの割合か、計算してみると……」
佐山が必死に計算していると、女生徒がデバイスを見ながらすかさず言った。
「0.0000000044%です」
「な。つまりそういうこった」クラスがまた笑いに包まれた。
「だいたい精子と卵子の組み合わせに順位をつけること自体、どうなのかって話だよな。しかもこれ、ただの予想だからな。何の保証もない。好きな人と一緒になるのが一番だと思うがな」
「でも上位になったら一生遊んで暮らせるし」男子生徒が言う。
「そうそう。去年1位だった人の受精卵、2億で売れたって」教室がざわついた。
「まあ、だから要するに」佐山が遮るように言った。
「お前ら、若いうちは一生懸命勉強しろってこった」あ~、とあきらめのため息が漏れる。
数人のデバイスが音を発した。
「お、10時か」クラス中がしんとなる。全員が下を向きデバイスを凝視する。ほどなくして空気が弛緩しだした。
「な、そんなもんだって。さあ、現実に戻ろうか」
だが、ひとりだけ弛緩が解けないでいる生徒がいた。
彼の震える手の中にあるデバイスにはこう表示されていた。
『あなたの遺伝子スコアは1位です』
シード少年 それなま @totonon
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