14:埃の私、泡の君

地上に連れ出された後、そのまま庭先に連行され、私のズボンに付いた埃をミーシャは落としてくれる。


「やっぱきたねーな。地下牢」

「地下牢だから仕方ないですよ」

「エレナ?ミーシャ先生?」

「シエット!」


マナーの授業が終わったらしい。

庭先で見かけた私達の元へ駆け寄ろうとした彼女。

けれど、今は…。


「だめ、シエット。今は、汚いからさ…」

「どうして汚いの?」

「地下牢に行ってきたんだよ」

「え!?地下牢!?私にはまだ早いって言っていたのに…」


事実まだ早い。あの環境はシエットには早すぎる。

苦い顔をしていると、ミーシャも隣でうんうんと頷く。


「事実、エレナも抱っこ状態で入ったもんな〜」

「階段だけですよね」

「…エレナを抱っこ。私だってできるもん」

「無理しないで。シエットは私より身長低いし…多分体重とか」

「腕力には自信あるもん」

「それでも、身長差があるってことは、体重にも差がちゃんとある。シエット。例えお前に腕力があったとしても、エレナを支える軸は出来上がっているか?」

「…」

「転倒の可能性だってある。エレナに怪我させたくないだろ?だから、今は我慢だ」

「…うん。でも、寝っ転がって抱っこはできるよね!」

「あ、ちょっ!しえ」


勢いよく抱きついてきたシエットを支えきれず、そのまま尻餅をついてしまう。


「いたた…」

「大丈夫、エレナ…」

「大丈夫だよ、シエット。平気平気」


こうしてみると…まだ、成長途中って感じ。

子供の身体は柔らかくて、軽くて、足には常時バネがついているかの様に弾む。

けれど、力はない。

大人としての力を知る分、現状には少々どころかかなり不満がある。

かつて出来たことが、今はできないから。

昔はこれぐらい小さい子どころか、同級生が抱きついてきたって平気だったのになぁ…。


「シエット、転倒の可能性があるって話をしたばかりなのにお前って奴は!」

「たまには、私もエレナと遊びたいもん。反省はしてるよ」

「確かにここ最近互いに稽古漬けで会う時間なかったもんなぁ…なんでお前ら二人ともぎゅうぎゅうのスケジュール組むわけ?何か目標でもあんの?」

「内緒」

「内緒」

「へいへい。お前らホント仲良しだな…。理由まで隠すたぁ…驚いたさ」

「「へへ〜」」

「褒めてねぇぞ?」

「あだだ。あだだ」


ミーシャは何故か私の頬だけ掴んで、引っ張っては元に戻すを繰り返してくる。

確かに、これを保護者マシューに見つかれば怒られるどころの騒ぎではない。

ミーシャは容赦なくマシューに追いかけ回されるだろう。

あいつならする。あの娘大好きパパなら絶対にやる。


「なんで私にはしないの?」

「マシューの尊厳を守るためだよ、シエット…」

「娘のもちもちマシュマロほっぺを赤くしやがったなとか言い出すからな、あいつ」

「言いますね。ホント。ピンクフリフリババアとか言って地雷を踏むのも忘れずに」

「おいエレナ今なんて?」

「ひゃんひぇひょひゃひぃ…(なんでもないぃ…)」

「二人とも変なの。お父様そんなこと言わないよ?」


そう。それでいいんだシエット。

シエットが知るマシューはそんなことは言わない。

私達が知っている「むすめ御父上ことだいすきパパ」ならいうだけだ。

君は一生知らなくていい。自分の父親が、筋金入りの気持ち悪さを誇ることを。


「てかシエット。お前、エレナに抱きついたせいで埃移ってんじゃんか…」

「あれ?本当だ」

「…エレナは、何故か泥だらけだな」

「いつもですよ」

「…シエット。お前の服、少し古いやつだな」

「うん」

「…怒られずに済むな」


ミーシャは私達を交互に見た後、ぼんやりと呟く。


「お前ら洗って遊ぶか…」

「「……?」」


ひょいっと腰を抱かれ、私とシエットはミーシャの脇に挟まれて、荷物の如くどこかへ運ばれる。

もしかしなくても…行先って、まさかぁ!?


◇◇


ミーシャに連れてこられたのは案の定風呂場。

衣服を洗濯係に預け、ミーシャは私達を抱きかかえたまま、風呂場へと突入する。


「よし!洗うぞ!」

「自分で洗えるから!」

「もう一人でできるもん…!」

「子供なんだから甘えとけって…」


石鹸を沢山泡立てて、ヒツジみたいにもこもこに。

どうやったらこんな風になるのだろうか。

そんな状態のまま、私達はミーシャに洗われていた。


しかし!しかしだ!

私達はもう十歳。十歳なのだ!

十歳と言えば、ちゃんと一人でお風呂は入れる年頃だし!

誰かと一緒に入るのも抵抗が出てくる年頃だし!

なんなら誰かに服の下にある肌を触れられることにも抵抗が出る頃だし!

それに、エレナは意外と成長が早いらしく、今は見られたら困るものが…!


「…おい、エレナ。お前…」

「な、何でしょう」

「胸出てきているじゃないか。ちゃんと胸当てしてるか?」

「きゅう!?」

「この大きさだと、もうつけておかないと。変に目立つって」

「……わかっては、いるんですけど。どうしたらいいかわからず」

「あの孤児院じゃ、用意とかしてないか。今度手配しておくわ」

「…ありがとうございます」


「お前なぁ、保護者はいなくても師匠がいるだろ。少しは頼ることを覚えろ。こういうことでもちゃんと相談に乗るからさ」

「…いいんですか?」

「いいんだよ。シエットも。使用人には相談しにくいだろう」


「じゃあ、未だに胸が出る気配がないことを相談しても…?」

「…性徴期が、まだなんだろうさ」

「そっか…私はエレナに追いつけていないな…」

「べ、別に追いつかなくていいと思うよ…?」

「ダメ。ずっと一緒…」

「こういうのは、人それぞれだから…」

「それでも、性徴期も一緒がいい…」

「遠からず来るよ。大丈夫だって」


シエットは私の胸を何度か一瞥しつつ、自分の胸をぺたぺたと触れてため息を吐く。

そういえば、ゲームの立ち絵でも…シエットの胸は“まな板”…。

いや、これ以上は何も言わないでおこう。


「…エレナみたいに大きくなりたいな」


ぼそっと呟いた願いが届かないことを知る現状で、彼女にどんな言葉をかけてやるべきかわからず、目を逸らす。


ミーシャに隅々まで洗われ、湯船に浸からされても…いつもの調子を取り戻したシエットが戻ってくることはなかった。

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悠久都市のアルシェ 〜バッドエンドが豊富の乙女ゲー主人公に転生したので、悲劇に巻き添えを食らってしまう親友を徹底的に保護しながらノーマルエンドを目指します!〜 鳥路 @samemc

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