追放された伯爵家の三男は脳筋貴族をやめて錬金術師になりたい

Ruqu Shimosaka

第1話 転生後最大の危機

「アイザック・オブ・アックスオッター、アックスオッター伯爵家の家督を放棄してくれるね?」


 やばい、やばい、やばい、やばい!!

 口の水分は全てなくなり、汗を大量に書き始める。さらに、血の気が引いて視界が狭まり、立っているだけでクラクラしてきた。

 毒を盛られた!


 俺の返答次第ではこのまま死ぬことになる。

 異世界に転生して以降一番の危機は突然すぎるっ!


「デレク兄さん、わかった。家督を放棄する」

「そうか、嬉しいよ」

「家名も返上する」

「いや、それは残すんだ。当家の血筋は私とアイザックしか残っていないからね」


 デレクはそんなことを言いながら、本心ではそんなことを思ってもいないかのような暗い笑みを浮かべている。

 思わず、言葉に詰まる。


(いや、血筋が残っていないのは、どう考えても父と兄を毒殺したであろう、お前のせいなんだが!?)

 直接伝えられるわけもない叫びを心の中であげる。

 今は生き残る方法を必死に考える。


「では、デレク兄さん、家名を返上する準備ができたら書類を送って欲しい」

「送る?」

「俺はまだ学生だが。学園を卒業後は王都で仕事を見つけて、年に一度程度しか戻ってこない予定だった。家督を放棄した後は、年に一度も戻ってくる必要はないだろ?」

「ふむ」


 デレクが結婚して子供が産まれれば俺はいらなくなる。

 いらなくなった俺をデレクが放置するとは思えない。先に家名を返上すると宣言しておけば命を狙われる可能性は減る。


「個人的には早く家名も返上できればなお良かったのだけど」

「なぜだ?」

「錬金術師になりたいんだ」

「錬金術師? 生まれも育ちも貴族のお前が?」


 デレクの俺への呼び方が、アイザックから、お前へと変わった。俺も内心お前とかデレクと読んでいるので、お互い取り繕っているだけだが……。


「家名を返上すれば、貴族ではないだろ?」

「変なやつだな」

「手を動かすのが好きなんだ。別に良いだろ?」


 デレクが俺を蔑んだ目で見ているのがわかる。

 貴族は錬金術師などの職には付かない。

 貴族の仕事は領地をダンジョンの侵略から守り、領地に繁栄をもたらすのが貴族の定め。


 俺が錬金術師になりたいと言ったのは咄嗟の嘘ではない。普段は隠していたが、今は隠すより表に出したほうが身を守れる。作戦は成功して、デレクから俺への印象がバカなガキへと変わっている。

 邪魔な存在だと思われてこのまま殺されたくはない!


「ふむ、ならば好きにするがいい。だが貴族のうちに、錬金術師なんぞになったら屋敷に居場所はないぞ」

「それなら俺の部屋は片付けてもらって構わない」


 錬金術師になり自身の評判を落とし、家督を奪わないと間接的に宣言する。

 家の評価は落ちるだろうが、別腹でしかも庶子の平民だった兄が家督を継ぐのだ。多少落ちたところで変わらない。


「そうか。なら屋敷に二度と入るな。家名返上の書類は手紙で送る」

「分かった。すぐ屋敷を出ていくよ」

「ああ、出て行け」


 退出の許可が出た!

 殺気だっている兵士に注意をしながら、部屋を出る。元々父が執務室として使っていた部屋を出たが、廊下でもまだ視線を感じる。

 屋敷を出るまで安心はできない。

 早く毒を解毒したいがまだ魔法を使えない。クソが!


 歪む視界の石造りの屋敷を歩く。

 床に敷かれた絨毯で足を取られぬようにしっかりと足を踏み出す。視界に見える屋敷の煌びやかな装飾が三重に見える。

 一刻も早く屋敷を出なければ。


「アイク様」


 後ろに控えていた従者のライナスが隣にきて声をかけてくる。


「ライナス、分かっている。何もいうな」


 ライナスもまた大量の汗をかいおり、顔色が真っ白になっている。毒を盛られたのは俺だけではなかったかうだ。

 自分もライナスと同じように真っ白な顔色だと想像がつく。

 荒い息に感覚のなくなる手足。自分の体を引きずるように屋敷を出る。

 屋敷を出ると今まで感じていた視線を感じなくなった。


「ライナス、魔法で体内の毒を無毒化させる」

「はい」


 転生した俺は魔法を使える。

 貴族である俺だけではなく、転生した世界セリアンスフィアに住む人全てが使える。

 魔法は使い勝手が良くないのだが、今はそんな使い勝手の悪い魔法が頼り。

 魔法が身体中をかけめるぐのを感じて大きく息を吐き出す。先ほどまでとは違い体調が回復している。

 毒の解毒に成功した。


 首の皮一枚でなんとか生き残った!


「疲れた」

「はい」


 喪服のまま俺とライナスは屋敷の前で立ち尽くす。


「なんでこうなった……」

「私にもわかりません……」


 ここに立っていても答えは見つからない。

 むしろこの場からすぐにでも離れたい。


「……とりあえず王都に帰るか」

「はい……」


 魔石列車の駅まで歩く。

 車や馬車がなければ歩けないなどという柔な鍛え方はしていないが、地元で馬車にも乗らず歩いて駅まで移動するとは……。

 急展開すぎて現実感のない危うい足取りで進む。


 水の都であるアックスオッターのカラフルな建物の間を通って、人の多い駅に着く。

 駅の窓口で一等車両の座席を買って、魔石列車が来るまで駅構内で待つ。一等車両の座席を買った人だけが入れる待合室に入る。

 一日に走る列車の本数はそこまで多くないが、一日一本しかないということはない。待っていれば王都行きの列車がすぐに来る。


「アイク様、列車は一時間後のようです」


 駅構内に設置されている時計を見ると午後2時。日本だとアンティークと呼ばれそうな時計は正確に時間を刻んでいる。


「そうか。ライナスも座って少し休憩しろ」

「はい」


 椅子に座って、現実逃避気味に人が行き交う駅を眺める。

 転生前の日本ほどではないが、転生した世界セリアンスフィアは発展している。電車ではないが魔石列車が走っており、道を歩いている人も仕立てのいい服を着ている。

 常識の違いはもちろんあるが、生まれ変わって十五年でもう慣れた。

 オタクであったためゲームやネットがないのは辛いが、魔石による電化製品のようなものはあり、生活水準はそこまで違わない。上下水道も通っているため風呂もあり、清潔な日本に住んでいた軟弱な自分は助かっている。


 ガラスに映るライナスと自分が目に入る。

 俺は竜人という種族に転生した。見た目は角が生えている以外はそこまで変わらない。黒髪黒目なので前世とそう変わらず、艶のある緋色の角が2本頭部に生えているのが大きな変化。


 俺と同じ竜人であるライナスは濃い紫色の角を2本頭部に生やしている。髪の色は黒髪だが若干赤みがある。

 二人合わせてあまりにも邪竜な色合い。

 厨二心くすぐられるが、少々やりすぎだとも思う。


「アイク様、列車が来たようです」


 警戒をしながらも現実逃避気味に考え事をしていると列車が来たようだ。

 巨大な機関車が蒸気を上げながら、10両編成の車両を牽引して駅構内に入ってくる。燃料は石炭ではなく魔石だが、魔石を使うエンジンは蒸気機関車に近い構造で動いている。

 ブレキーの甲高い音と共に列車が止まる。


「乗るか」

「はい」


 一等車両の内装は高級な木材を使用した豪華な作り。

 一等車両は全席個室となっているため、通路がはじによっている。通路を歩きながら買った個室の番号を探す。

 個室を見つけると中にはいる。

 柔らかなソファーに座ると大きく息を吐く。


「国営の列車内で襲撃はないだろう。ようやく落ち着けるな」


 ライナスが小さく頷く。


「アイク様、荷物を全て置いてきてしまいましたが……」

「何か重要なものを持ち込んだか?」

「いえ、急でしたので着替え程度です」

「それなら構わない」


 貴族の着る服は高いが、命には変えられない。


「ライナスに取りに戻れとは絶対言わない。もしデレクが荷物を送ってきた場合、劇物想定で荷物を開封して手紙などなければ捨てろ」

「はい」


 日本で死んだ時も十代と若かったのに、転生先でも若くして死んでたまるか。

 命を大事にだ。




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追放された伯爵家の三男は脳筋貴族をやめて錬金術師になりたい

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今作はカクヨムコン10にエントリーする作品です。

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2025年1月10日 20:00

追放された伯爵家の三男は脳筋貴族をやめて錬金術師になりたい Ruqu Shimosaka @RuquShimosaka

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