実録 死霊解脱物語

和久井清水

  *

 鬼怒川きぬがわの右岸にその村はあった。下総国しもうさのくに岡田郡おかだごおり羽生村はにゅうむらである。

 寛文十二(一六七二)年正月二十三日、農夫、二代目与右衛門よえもんの娘、きくが俄に発病した。先妻、かさねの死霊に取り憑かれたのである。

 まもなく死霊は弘経寺ぐぎょうじの学僧、祐天によって解脱させられた。

 この顛末は、元禄三(一六九〇)年『死霊解脱物語聞書』として板行された。書いたのは謎の人物とされている残寿ざんじゅである。この本は江戸中で大変な評判となり版をかさねた。

 それから百年以上たった安政六(一八五九)年、三遊亭圓朝がこの話をもとに『累ヶ淵かさねがふち後日ごにち怪談かいだん』を自作自演した。これは後に『真景しんけい累ヶ淵』と改題された。

 また曲亭馬琴が『新累解脱物語』を、鶴屋南北が『阿国御前化粧鏡』『法懸松成田利剣』を上梓するなど数々の「かさねもの」が生まれた。

 しかしながら、累があの世――地獄か極楽かは知らないが――でこれらの作品があることを知ったらどう思うだろう。事実と違うと言って怒り出すだろうか。

 累はどうかかわり、菊の身になにがあったのか。真実をつぶさに見聞きした私が、残寿の手を借りてここに残そうと思う。

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