自信と覚悟
鈴木 優
第1話
自信と覚悟
鈴木 優
エピソード1 出会い
自信とは
人間が自らの能力、知識、信念など、信頼している精神の状態を意味する。
。
覚悟とは
危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受けとめる心構えをすること。
北海道の小さな田舎町 いつもの光景が始まる
今は、無人駅となっているが当時の駅 改札には駅員が居て、それなりの人達が利用していた
通勤、通学の時間が重なるからだろう 朝の便は特にだ
その日は、昨夜の夜更かしが祟りギリギリだったと言う事もあって違う車両に乗る羽目になった
改札は通らず、ホームを走り四両目 いつもは六両目の入り口付近
田舎の駅なのでホームも短い 七両編成の中程しかホームにかからない
高校に通うようになった毎日の様子だ 三ヶ月位すると乗車する人の顔が、その車両毎にだいたい同じ事に気づく
でもこの日は少し違っていた
入り口付近で新聞を読む公務員風のオッさん ヤンチャ風な高校生 それに小学三年生からの仲間達
学生の間でも暗黙のルールで車両によって柄が違っていた 特に後ろ二両へは、普通の人達は敢えて乗らない通称『不良車両』なる物が存在していた
その日は、居心地が悪く、周りからも浮いていたのも確かである 変わった物でも見るような視線
自分でもわかっている事だ 普通より長い制服に太いズボン その車両ではとても違和感のある風体 空気が違う! だが移動しようにも動きずらい位の混雑、人だらけ
『あ〜鬱陶しいな』ふと後ろを振り向くと見覚えのある顔が 確か...
"あの子"だ〜
ここに乗っていなかったら"あの子"に出会う事もなかったはずだ
『あの子』とは、小学校の三年生迄同じクラスに居た子 幼稚園から同じクラスで、いつも明るく少し小さかった子
確か、名前は酒井明美だったと思う 皆んなからは、『あーちゃん』と呼ばれていた 実家が写真館をやっていて、割と裕福な家庭だったと思う
制服からすると、確かあの高校? 私立の女子校なのは直ぐにわかった
『地元の高校には行かなかったんだ〜』
ふとあの頃の事が蘇る
席替えで斜め後ろになって少し嬉しかった事、運動会のフォークダンスで、あの子との順番が来てドキドキした事
いつもニコニコしていて人気もあり、とても可愛かった子
少し雰囲気は変わって見えていたが、"あーちゃん"に間違いない!
間違えるはずが無かった
子供、特に五歳位の男の子とは色々と知恵みたいのがついて来る 特に同年代の女の子には妙に素直になれず、気持ちが反目になる事も
わざと邪魔をして泣かせてしまったり、変に避けてみたり
それに感情?が加わると余計にだ
家が近いと言う事もあり、帰ってからの遊び場もだいたい同じだった
ある日、急な雨で"あーちゃん"が公園の隅で困っている姿があった
俺は何故か急いで家に戻り、傘を片手に"あーちゃん"の元へ そうしないとダメだ! 俺が助けよう そう思えた
『優君 ありがとう』 今でも忘れない
"あーちゃん"の声 少し赤いホッペ 冷たかった手 今でも忘れない
『俺の事なんか覚えてないだろうな〜』
思えば不思議な日だ 寝坊しなかったら、この車両に乗っていなかったら?
そう思いながら終着駅迄の二十分間 混み合っている列車に揺られていた
いつもと変わらない憂鬱な一日の始まりのはずだった
自信と覚悟
鈴木 優
エピソード2 粋な計らい
今更ながら、高校受験に対してはあまり興味が無かった と言うより自信がなかったんだと思う
中学の頃、お世話になった先輩がその高校に行っていたと言う事が正直な所だ
あの先輩には後々俺の人生にとってはキーマンになる人だ
そんな気持ちだったと言う事からも、先輩が退学したのを気に、俺も辞める方を選んだ
わずか一年足らずの短い高校生活だった その事に対して、親や周りからは何の意見は無かった
ほんの少しの後悔と、これから世間に出て行くんだと言う不安や期待などの覚悟が入り乱れていたのを覚えている
『仕事見つけなきゃ〜』
流石にこれ以上は親にも面倒はかけたく無いし、早く自分で稼げるようになりたかった 自由になりたかったと言うか、逃げ出したかったんだろうと思う
せめて高校位は出てほしい、本家の長男坊、世間体などの重圧?
直接の意見などは無かったが、そう言う思いを感じていた
そんな事があってから両親や姉との絡みも自然と減っていった
色々なバイトをした中で、大手の飲料水メーカー 蝶ネクタイに縦縞の入った制服に赤いトラック アレは格好が良かった
その後、あの先輩の勧めもあり運送屋の助手をする事になり、何とか仕事にありつけた
朝五時に出発して、夜六時頃に帰る
前日の夕方積み込んだビールの空き瓶を満載に積み、翌朝三時間かけて大手のビール会社で荷下ろし それが終わると出来立てのビールを積んで、また三時間かけて地元に戻りローラーなどに滑らせながら荷下ろし 繁忙期には、背中に三段ずつ背負いながら何度もそれの繰り返しの荷下ろし これが一番辛かった
しかしながら、周りの人達、先輩と仕事が出来る事の方が楽しかった
先輩とは家が近いという事もあり、職場への行き来の際には大変お世話になった 車が好きな人で、俺はその人の車に乗れるのが楽しみだった とてもセンスが良く憧れの車に、頼り甲斐がある兄貴のような先輩
色々な所へも連れて行ってくれた 時には相談にものってくれた いい事も、時にはヤンチャな事も...
ある日の週末"あの子"の話しになり色々と先輩に打ち明けた
『優、お前好きなんだろう?家もわかってるんだろう 直接言わなきゃ伝わんないよ〜』
そう言われても、高校を辞めてからバイトに通う時、三ヶ月位あの電車を利用し続けていた たまたま共通の友人をかえして"あの子"と話す機会はあったが彼女の様子からして俺の事なんか全然眼中にない感じだったし、最も口数の少ない子だった 住む世界が違うかのような気さえ思えた
向こうは学生 こっちは落ちこぼれの退学したバイト野郎 話が合わないのは当然の事
『そうか、合わなくなって半年以上経ってたんだな〜 元気にしているのかなァ〜』
そんな事を先輩に話している内に切なくなって来ていたのを覚えている
いつもの週末、この日は少し違っていた
左手には空港が見える 実家のある隣町を過ぎ"あの子"が住んでいる街 俺が小学生迄住んでいた街だ
『優、その子の家知ってんだろう?』
先輩の粋な計らいと言うか、それが これから起こる嬉しさとプレッシャー
近くの電話ボックスから"あの子"へ電話
受話器の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた
何をどう言ったらいいか、伝えたらいいか『優、ちょっと変われ』先輩は受話器を奪い取ると
『明美ちゃん 今、近く迄来てるんだけど出て来れる?何か優が話したい事があるんだって』
先輩は少し悪い顔をしながらニヤケながら電話を切った
『近くに公園があるから、そこで待っててって言ってたぞ』
強引な人のようだが、俺には先輩の優しさ、温かさがよく分かっていた
『優君、待たせてごめんね』
制服以外の"あの子"を見るのは七年振りだった
あの頃の少しほっぺたが赤い子供から少女に変わっていた でも笑顔はそのままだった 柄にもなく緊張していた 先輩が気を効かして缶コーヒーを二本渡してくれた
『あっちに居るからよ!時間なんて気にしなくていいからな』
大野康文 それが俺の先輩 皆んなは、あだ名で読んでいる『やっこ』と
背が高く、足が長く、それに喧嘩が強い トランザムに乗っていた『やっこ』それが俺の中学生から続いていた先輩
"あの子"あーちゃんとは、あの頃の事、高校を辞めて今、運送屋で助手をしている事、以外にもあーちゃんは、だいたいの事を知っていたそうだ
『あーちゃん 俺〜もう直ぐ免許取るから、車買ったら一番最初に乗って欲しいんだけど、どうかなぁ』
あーちゃんは、少し間を空けて黙って振り向き頷いてくれた
少し肌寒く、公園の そのベンチには、赤く色づいた子供の頃のあーちゃんの頬と同じ色をした枯葉が落ちていた
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エピソード3 桜の下を君と二人で
『先ずは、初日だからコースの外を走ってみようか』
助手席の教官が言っている
少々の緊張はあったが、車の運転は初めてではなかったので同期に入校した仲間達よりは変な自信があった。 と言うのも仕事柄、少しの移動や先輩の"やっこ"が帰りしな、面白がって運転をさせてくれていたからだ
『君、結構乗ってたな〜 足捌きを見たらわかるんだわ』
教官は、上目遣いで俺を見ながら渋々判子を押してくれた
次の日からは、短縮といって二つずつの判子が押される
『この分だと補習さえ無ければ最短コースの約三週間で取得できそうだ 後は決まった学科を受けさえすれば』
どうしても、そうしなければならない訳があった
免許を取るまえに知り合いの車屋で、購入と納車が決まっていたと言う事と、何よりあーちゃんとの約束!
あの車に決めた理由は、あーちゃんの一言が決まりだった
『あれ、カッコイイよねー』
初心者にしては分布相応な感はあったが、色々なタイミングが合いそれに決めた
先輩の"やっこ"も前に乗っていた車 二人乗りで実用性は無いが、あーちゃんだけの指定席
好きな曲だけ集めて、それを聴きながら桜が咲く通りを走る
休みの日には少し離れたレジャーランド迄のドライブ ボートに乗ったり、あーちゃん手作りの弁当を食べたり
そんな事を浮かべながら毎日、自動車学校に通っていた
あーちゃんは、その春から短大に通うようになり、俺は相変わらずの運送屋の助手 以前のように頻繁には会えなくなってはいたが連絡だけはとっていた
先ず、三回ベルを鳴らし またかけ直す たまに、家族が出る事があったが そんな時は心臓が飛び出す位にド緊張した
後から聞いた話だが、そんな事が一年以上も続ける内に家族の中では暗黙の了解みたいになっていたらしく、半分 鬱陶しがられていたらしい 特に父親には...
俺の家でも同様だった 時間帯と言う事もあり家族は食事を済ませ、居間でテレビなんか観ている そんな時は電話の側に陣取り、あーちゃんからの連絡を待っている
思っていただろうな〜
『いつもは部屋に篭ってギターなんか弾いてる奴が 今日はどうした事か? ハハァ〜ん今日は向こうからくる日か』
ベルが三回鳴る 一瞬親父の新聞を読む手が動く お袋と姉は、俺の顔をチラッと見る その時の顔は呆れ顔とニヤけ顔を足したような顔だったのを覚えている
『はいもしもし』
よそよそしく、そしてワザとらしく
『あ〜俺ですけど』それからは、返事だけ ア〜とか うんうんとか 返事を返すのが精一杯 あーちゃんはと言うと、最近あった事とか、色々話していた
今日も元気でいてくれた 笑ってくれた それだけで、明日からまた頑張れる気がしていた
記憶が甦る 初めて見た幼稚園から、俺が転校する迄の五年間 悪戯してワザと泣かせた事 寄せ書きに『元気でね』って書いてあった事
運命とか、定め?とかは信じない方だとは思うが あーちゃんにだけは"特別"を感じていた
『あーちゃん やったよ合格したよー』
今のように即日交付ではなく、約二十日間程待ってからの交付 長かった〜
久し振りに本を読み、真面目に教習を受けた 結果予定通り最短での合格 高校の入試以来の出来事だった 自分自身でもビックリしていた
交付日には、こっそり車に乗って近くに止めて受け取り
初心者マークなる物が少々気にはなるが、爽快な気分だった
前日に待ち合わせした所へあーちゃんを迎えに行く
何でか分からないが途中、花屋に寄りバラを一輪とカスミ草を買った
『優君、おめでとう良かったね〜本当にこの車買ったんだね〜』
あーちゃんは、窓から手を出して桜の花弁を掴もうとしている
五月のはじめ まだ肌寒さが残る夕暮れの土手沿いの真っ直ぐな道をゆっくりと進んで行く
時々ワイパーを動かし散っていく花弁を二人で見ていた
そこには、あの頃の少し赤い頬をした子では無く"女性"のあーちゃんが居た
『優君、明日も晴れるといいね〜』
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エピソード4 あの時、
週末のいつもの光景、仕事を終えてからあーちゃんを迎えに行く いつもの笑顔がある でも、その日は、少し違っていた 普段ならただ通り過ぎていた自販機でコーヒーを買ったんだ
あーちゃんが、そこから見える飛行場の一列に並んだライトニングを見たいと言ったからだ
いくつも並んだライト 本当に綺麗だった
遠くの上空には今正に、着陸しようとしている飛行機が見える
いつもならそれを前後にしか見ていなかった
二人だけ 車に寄り掛かり、それを見ていた
アレがなかったら、自販機に寄らなければ、あんな事は起こらなかっただろう
通りの少ない裏道の交差点 ただ普通に、本当普通に通過するはずだった
何が起こったのか?数秒?数分? 遠くから救急車のサイレンが微かに聞こえる
『おい大丈夫か もう直ぐ救急車が来るからな』
あーちゃんの姿を見つけ手を握った
『あーちゃん、あーちゃん大丈夫か』
頷きながら『優君も大丈夫』
同時にサイレンの音が聞こえなくなっていった
どれ位たっていたんだろ 気がつくと病院のベッドの上 父親と母親が何かを話しているのが見えた
『お〜優 気がついたか』
声をかけた父親は、少し心配と怪訝そうな顔をしていた
『明美は、あーちゃんは?』
起きあがろうとしたら、フラフラと同時に目眩のような感覚がきた
『心配なのは分かるけど 今は辞めとけ』
事故の様子、今、あーちゃんの病室から戻って来た事、向こうの家族が唯ならぬくらい怒り狂っている事、そしてあーちゃんの怪我の様子
幸いにも、俺もあーちゃんも大した怪我では無く大事を取って今晩は、一応入院になった事
父親曰く、警察の話では農家のトラクターが信号を無視して車の後方にぶつけて、その弾みで路外に落ちたらしい 横転しなかったのが幸いだったらしい
そう言えば、あの瞬間 右側から何かが接近しているのが見えて、咄嗟にハンドルを斬ったのを思い出した
トラクターのオッちゃんが直様、近所の家から救急車を呼んでくれたらしい
翌朝、聞いていたあーちゃんの病室まで点滴をぶら下げながら行ったが姿が見えない 一つ上の病室に戻る為エレベーターの前で待っている ドアが開いて中からあーちゃんの姿
『無事でよかった、もし何かあったら俺〜』
と同時に
『優君、よかった〜 私も何か...』
お互い、点滴をしたままのその腕で抱きしめていた
あーちゃんは午前中に、俺は夕方に退院する事が出来た
翌日に父親の車に乗って、あーちゃんの家に謝罪に向かったが、玄関にさえ入れてもらえなかった
インターホン越しに二人して頭を下げて帰ってきた
帰りしな、整備工場に寄ってもらい、車を見に行く事にした
車を見て思った、ほんの少し早かったら俺は直撃を受けていただろう 怪我もこれでは済まなかっただろう事を知った 車は修理さえすれば済むが、あーちゃんや向こうの家族には本当に申し訳ない感じだった
『もう会えなくなるかもしれない』
父親が、そんな気持ちを察してか一言だけ呟いた
『優 忘れろ そして以前同様暮らしていけ』
あの言葉を聞いた瞬間、事故った時の怖さと、これからのあーちゃんとの事を考えさせられ、何となく涙が出てきた
翌週からは、仕事にも復帰でき身体の方も順調に戻っていた 来週位には車も戻ってくる
ただ、あーちゃんとの連絡はとっていなかった
共通の友達の話では、大学も休学中で家から出してもらえて無いらしい 誰が電話しても出してくれないとの事 特に二つ上の兄貴がネックになっているらしい
子供の頃から知ってはいたが、俺とは肌が合わないのを感じていた それに俺の方がガタイがよく態度もデカい 決定的だったのは小学生の相撲大会で、あの兄貴を負かしてしまったのが悪かった それ以来、転校する迄 口を聞く事さえされなかった
三人兄弟の末っ子が、あーちゃん 兄貴としてはこんな奴が妹の彼氏なんだから、オマケに事故って怪我までさせられて これが拍車をかけた
実際、あーちゃんからも聞いていた
『何で優なんだ?あんな後ろの車両に乗っているような奴と、それに大野の後輩で、アイツが事件起した時も一緒に居たそうじゃねえか』
そうあの事件とは、ボーリング場で輩に絡まれ一人で三人を相手にし、大乱闘をして警察沙汰になり退学させられた話し 確かに俺も居た そして全てを自分一人で被って退学した事を俺は知っている 決して美談では済まない話ではあるが、少なくても周りに居た者は皆、卒業出来たのだ あの時先輩は連行される際に人差し指を口に当てて皆にニコッと微笑んでいた
俺が辞めた時は、物凄く怒られた あの時の先輩の気持ちを踏み躙ってしまったからだ
『優 お前何で辞めたんだ 学ランだってやっただろうがァ だから後の事をお前に任せたんだぞ』
当時、俺達が乗る路線とその他の路線で、日頃から揉め事が絶えず毎日のように駅のトイレではイザコザが絶えなかった
あの時、正直殴られると思い覚悟していたのを今でも覚えている でも先輩は、バイトなんか辞めて俺んとこ来て働けとだけ言って迎えてくれた
そんな事もあり、あーちゃんの兄貴や周りは余りよく思って無いようだった
アレから約一ケ月 あーちゃんからも俺からも連絡はしていない
『元気にしているのかなァ〜』
車に乗って、ただ行ったり来たり
子供の頃に一緒に遊んだ公園の噴水を冬支度をする作業を暫く見ていた
一人では、少し広く感じるベンチで
自信と覚悟
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エピソード5 自信
所詮、あーちゃんの周りをぐるぐると回っていただけなのか?
それとも馴れ合いになっていたのか?
あれから季節と同時に気持ちも変わって行くのか?
先輩や周りの同僚達も、その事には触れようとしなかった きっと気を遣ってくれていたのだろう それが、有り難かった 少し寂しい気もしたが...
日々の暮らしを淡々とこなし、自分自身も変わろうとしていたのかもしれない
思えば、最初から強引に しかも勝手に物事を考え進めていたような気さえしていた
『あの子と会わなければ、あんな事さえ無ければ』とさえ思える
きっと、幸せにしようと思う『自信と』が足りなかったんではなかったのか?若気の至り?
真剣だった この子を、この子との将来を幸せな物にしたいと思っていた
『一方通行』の思いだったのか?最近ではそんな事さえにも思えてきていた
ある日、いつものように仕事を終え帰宅すると、俺宛ての手紙が二階に上がる階段の途中に置いてあった
手紙なんか久しく手にした事がなったので、何だこれ?
差出人は『酒井明美』あーちゃんからの物だった
午後に届いていたらしく、恐らくお袋が夕刊でも取り行った際にあったのだと思う それを、敢えて居間にではなく必ず通る階段の、それも隅にそっと立て掛けるように置いてくれていた
手紙には、怪我もすっかり良くなり日々過ごしている事、あれから中々自由な時間がもらえない事、何より俺とは合うなと言われていた事、そして卒業したら地方で親戚がやっているスーパーを手伝うように言われている事が書いてあった
それからどれ程の時間が経ったのか?
ステレオから聞こえてきていた音楽が三曲位迄は耳に入って来てるのはは覚えているが、気がつくと それも終わり、針が上がって行くのが見えた
車のキーを握り、いつもは車庫の前の少し下りになっている所を腹を剃らないようにゆっくり走り出すのだが、今は違う けたたましい音と共に、一気に あーちゃんの住む町迄加速していた
会いたい、顔を見て話しがしたいと言う衝動だけだった
写真館の前に車を停めてドアを開けると、あーちゃんの父親が店先に座っていた
『あーちゃん、あーちゃんに合わせて下さい』本来ならば、きちんと挨拶をしてからの話になるのだが、正に無我夢中だった 唯ならぬ俺の勢いと、形相 そんな様子を見たあーちゃんの父親は、少し言葉を詰まらせていた
『ちょ、ちょっと待ってろ』
奥の方から母親や兄貴達があーちゃんに向けての罵声や色々と諭しているのが聞こえてきいた
あーちゃんが出てきた その顔は少し涙ぐんでいた そう!子供の頃 公園で雨に打たれていたあの顔
そのまま黙って抱きしめた
そして手をとりいつもの助手席に乗せて走り出していた バックミラーには家族の、その姿が見えていた
あーちゃんは運転している俺を唯、黙って見つめていたが、俺は何故かその顔を直視出来なかった
低い排気音と、いつも二人で聞いていた音楽が、今晩は特に腹に響いている
空港のライトが見える、あの自販機がある駐車場でコーヒーを飲みながら暫く黙って車に寄りかかっていると、もう直ぐ着陸してくるであろう飛行機の音が遠くから聞こえてきている
あーちゃんがいきなり、頬を膨らませながら
『何であんな風にしたの?』
手紙を読んで、どうしょうもなく顔が見たくなり会いたくなった事を話そうとしたが
『もう何処にも行くな ずっと側にいてくれ』
それだった 何故かそれが最初に出た言葉だった
あーちゃんは前と同様 頷くだけだったが、少し違っていたのは飛行機の着陸音に消されかけた『うん』と言う言葉と、あーちゃんの唇が目の前に見え、同時に体温と、あーちゃんの『覚悟』を感じていた
二人の息と車の排気が白く舞う 未だ春には少し遠い雪解けの始まった頃の事だった
自信と覚悟
鈴木 優
エピソード6 卒業へのカウントダウン
誰かが言った
"人は、人生において突然に起こりえるハプニングには免疫がない!だから心構えが必要"
あれから、約1年が過ぎようとしていた
周りの人達は、両手をあげての了解が得られていた訳では無いが、特に反対も無く順調?に時間だけが流れていた
今も相変わらず週末だけの触れ合い
迎えに行き、家迄送って行く 以前のように食事をしたり、ドライブを楽しむ事も減っていた
仕事疲れと言う事もあって俺は口数も少なくなっていた
あーちゃんは、そんな俺の様子を察してか 喋り続け、微笑んでさえいてくれている
『有難うね また電話するからね バイバ〜い』
バックミラーにあーちゃんの手を振る姿が映るのを見て正直、安堵と言うか ホッとしているのを感じている"無事に送り届けてよかった"
と言う感情の物では無く、それは『開放感』に近い感覚に似ている
先輩曰く『長く付き合ってりゃ〜そんな事位あるさ』マンネリと言う名の馴れ合い?
今年の春、あーちゃんは卒業を迎える 俺も助手から運転手になる予定だ
そんな気持ちのまま、また土曜を迎えていた
でも今日は違っていた
『優君 私、卒業したら暫く会えなくなるかもしれない』以前から卒業したら親戚が営んでいるスーパーで暫く商売経験を積むよう言われていたからだ 実家が商売をしていると言う事もあり 経験?を詰めと言う所だろう
ん?どう言う事 電話では何も言ってなかったのに...
『優君どう思う?多分、親達は試してんだと思う』
そう言いながらあーちゃんは暫く外を見ていた
言葉が見つからない 以前なら強引にでも引き止めていただろうし、そう言う言葉すら出てこない
『大丈夫だよ そんなに遠くないし、休みには会いに行くし』
違うのに 心とは裏腹な言葉だった
"本当に毎週末会いになんか行けるのか?それがいつまで続くのかわからない 自信は?気持ちは?"
いつも通っている通い慣れた道、今日はやけに長く感じる 空港には最終便であろう飛行機が離陸の準備を待っている姿が目に入っていた
途中、いつものP帯に車を停め自販機でコーヒーを買って戻ると、あーちゃんはうたた寝をしていた
若さ故と言うか、首筋 胸元その姿を見ていると"男"の部分が目覚める 助手席のシートを倒し、抱きしめた
『辞めて!優君 最近そんな事ばかり 私、沢山話したい事、聞きたい事あったのに 優君何も聞こうとしてくれないじゃない』
言う通りだった バツの悪さでタイヤが軋む程加速をし、音楽のボリュームを上げる 家まで無言状態をキメていた
その日のバックミラーには、あーちゃんの姿は無かった
"駄目だなァ俺って"
自分の事だけしか考えていなかったのだと思う きっとあーちゃんは、縋るような想いだったのだろう それを踏み躙ってしまっていた
そんな事と仕事が忙しいと言う事を言い訳にして暫く連絡はとっていなかった でもいつも考えている 今何をしているのか?仕事をしていても、一日中
簡単な事!電話さえすれば済むのだが、そして...
そう言えば、来週の金曜日が卒業式だ それ迄には何とかしないと このままでは駄目だ
そんな事を思いながら二人が好きな音楽を聞いていた
『お〜い電話だぞー』
下から親父の声が聞こえて来た どうせ会社から明日の予定変更だろう位に思っていた
ぶっきら棒な声で『はい、もしもし』
『優君 もう寝る所だった こんな時間に電話してごめんね 元気にしてた』
例の如く、居間では返答だけの会話
『来週の土曜日、会えないかな?このままじゃ私 向こうに行けない』
取り敢えず週末、仕事が終わったら連絡をする事だけを伝えた
"やっぱり、あーちゃんは行ってしまうんだ"
二階に上がる脚が重く感じる
あの言葉を思い出した
"人生を送る上でのハプニングには免疫がない"
俺には自信も覚悟も、オマケに甲斐性すら無かった事をつくづく痛感させられていた
ベッドに横になり、好きな音楽を聞いてみても耳には入って来ない 少し開いているカーテン越しに見える夜空が今夜はやけに暗く見えていた
自信と覚悟
鈴木 優
エピソードファイナル あの味をまた
あれから週末だけ、束の間の時間 片道約1時間あまりの行き来が続いていた
最初の半年は週末が待ち遠しい思いだったが それが、段々と減っていき 1年が過ぎようとした頃には、月に2度程になっていった
決して気持ちが冷めたと言う事では無く 運転手になった為、仕事が不定期になり身体がキツかった為でもあった そんな言い訳...
『愛があれば』なんて言うのは物語だけの世界 現実は色々なしがらみや、世間体など
あーちゃんは親戚の家で監視?状態
そんな2人の時間がどれ位経った頃だろうか
『優君、叔父さんがねー縁談の話があるから 会って見ろと言ってるの どう思う?』
仕事関係の付き合いがある所の次男坊らしく、もう親にも話は通っていて、後はあーちゃん次第 世話になっていると言う事もあり邪気に断れないと言う事情もある話しと思いを聞かされた
タバコに火をつけながらコーヒーを一口
『ま〜立場がそうなんだから、会うだけ会って適当に断ればいいジャン』
"あーちゃん ごめん 本音は そんなの辞めちゃえよ 今直ぐにでも帰ってこいよ"
時間だけが過ぎて行き、気がつくと東の空が開けて行く様子が見えていた
気の利いた事の一つも言えなかった日から普通に連絡だけはとっていたが、3日おき、十日おき、と間が空くようになって行った 時間だけが過ぎて行く
半年を過ぎようとしていた頃、あーちゃんからの電話
『あのね〜優君...』
暫く間を置いて 意を決したように
『私、私ね 秋に結婚するの』
受話器を持つ手が震えていた 目の前が真っ暗になって行くのを生まれて初めて経験した
そのまま何も言わないままそっと置いたが、手が離れない
そんな様子を見て、普段とは違う唯ならぬ雰囲気を察知してか、親父が一言
『仕事、最近はどうなんだ』
有り難い話だったが、今は、今は何も聞いて欲しく無かった
『うん』
ただそれだけが精一杯の気持ち、言葉だった
あれから十年、人並みに?それなりに幾つかの恋愛をして 仕事も運転手から廃車係の事務職に変わっていた あの時の車も、普通のセダンに変わっていた
それでも、夜明けの『明』とか美しいの『美』とか数字の『1209』とか見かけると思い出すワード?
人への思いとは好きになると言う事は、その人が何をしてようと、何処で誰と居ようと決して変わらない ただ幸せでいてほしい
"女々しい"話のようだが
会社の飲み会での事、先輩のやっこから、こんな話しを聞いた
それは あーちゃんの兄貴との共通の友人を返しての事らしい
『優 あーちゃん居たろ〜お前の元カノなァ あの子今どうしてるか聞いてるか?』
素知らぬ振りをしていた
『あの子な〜アレから3年程してから離婚して、こっちに帰って来てるらしいわ 今は、近くにアパートを借りてスタンドで事務やってるらしいぞ』
やっこには悪いけど『そうなんですか〜』
素知らぬ振りと言うか、嘘をついていた
あの街の事はよく知っていたし、今はちょっとした観光地 あの時2人で乗ったボート乗り場も、とうの昔に無くなっていた
"そうか〜あのスタンドの事務員なんかして暮らしているんだ"
元気でさえいてくれているだけでよかったはずだった
親父が叔父の所へ用事があるようで 俺が一緒に行く事になった 面倒臭そうに返事をした物の 本心はそうでは無かった
そう、あの子が居るあの街だ 妙な期待と不安
叔父の所へ送り届けた後、懐かしい街並みを見ながら
給油の為スタンドへ向かう 一昨日入れたばかりだったが それが目的では無かった
町外れの小さなスタンド 近くにセルフ式の大きなやつもあったが
『満タンで』
灰皿を渡し、フロント窓を拭いてくれている ついでに、時間稼ぎでボンネットを開けて簡単な点検を頼んだ
事務所に目をやると、此方を見ている人が居る
その子はその手を停め、じっと此方を見ている
もうあの頃の少女から女に変わろうとしていた姿ではなく、立派な"女性"になっていた
『優君 どうして?』その顔には驚きと懐かしさを感じとれていた
差し出したその手は、あの時のあーちゃんの手だった 取り敢えず、携帯の番号を伝え仕事も今は運転手から事務に変わった事を伝えた
窓を拭いてくれているオッちゃんもいたし 色々と...
その日の夜 あーちゃんから早速電話が来た 携帯からだった あのまま別れてしまった事、離婚して帰ってきた事、今の仕事の事 色々と話してくれた
俺はあの時、ろくな返事も出来なく気持ちを受け止めて上げられなかった事 情けなかった事を詫びるしか無かった
それからは普通に、本当に普通にあーちゃんとの時間が過ぎていった
俺は日々仕事をこなし、アパートに帰る
『そうか今日は、カレーの日』かァ〜
ただ一つ変わった事と言えば、目の前にはあーちゃんが居て 一緒に特製カレーを食べていると言う事と"3人家族"になると言う事
『明日は久し振りに実家に行ってみようか』
頬を少し赤らめ、初めて見たあーちゃん
あの日から約三十年が昨日のように思えていた
ベランダからは綺麗な星空が見える
『優 明日もきっと天気だね〜』
完
自信と覚悟 鈴木 優 @Katsumi1209
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