第1話 腹ぺこ皇帝陛下

皇帝が腹ぺこなはずない。

これはなにかの見間違いなのだろう。

見間違いであってほしい。

もしそうでなければ、鈴燕たちの首が飛んでしまうー!



宮女きゅうじょの朝は忙しい。

なんにしろ、妃や女官にょかんという官位持ちの者たちより早く起きなければならないからだ。

鈴燕りんえんはその中でも早起き。

なぜなら、厨房ちゅうぼうに一刻も早く行きたいから。

こんな厨房好きなのは、きっと自分しかいないだろうという強い気持ちで厨房に向かう。


「よーし!今日もやるわよっ!」


鈴燕は料理人用の大きな包丁を持ち、自分用のかゆ寿桃ももまんじゅうを作る。

宮女たちにまかなわれる料理もあるがそれだけでは足りぬため、こうやって作っているのだ。

無論、許可は得ている。


「できたっ。さて、みんな起きる頃かなー」


と勢いよく窓を開けた。

鈴燕の実家は料理屋の名華飯店めいかはんてんという結構豪壮な飯店で、役人である官吏かんりたちも来てくれる。

だがある日、宮仕えはしないかとある官吏に言われ、ここに来た。

それは正解だったかもしれない。

こうやって好きなときに好きなだけ包丁を握れるのだから。

ここに来て2ヶ月。家族がどうしても心配だ。


「また作ったの?」

桃愛とうあい

「久しぶりに作ったんじゃない?寿桃」

「うん、久しぶりに作った」

「でしょ?!で?!で、?!仕上がりは?!」

「うるさいなー、桃愛。自分が食べたいたけでしょ?寿桃を」

「せいかーい。いただきます」


桃愛が勝手に食べる。


「あっ!こらっ!桃愛っ!」

「1個くらいいーじゃん、ケチ」

「あん?1個くらいいいじゃないか??誰に向かって言ってんの?食べものの恨みは怖いよ?桃愛。わたしでよかったねぇー。わたしじゃなかったらとっくに殺されて…」


鈴燕が自分の肩に包丁の刃を置くと、桃愛は怖がって厨房を去っていった。


「ごめんなぁーい!」


ま、謝ってくれたのでよしだ。

食べ終わったら仕事の続きをするとしよう。

(待っててね、兄さん。兄さんの罪は絶対わたしが…)

牢獄にいる兄に向かって話しかけた。



***


「こんなもの、いらぬっ!」

「陛下、少しでもお召し上がりください。ではなくては陛下がお倒れにっ…」

「駄目だ。これではない!白龍はくりゅうを呼び戻してこい!」

「白龍ですと?!なりませぬ!あの者は罪人。陛下のお口に入れる者に毒を入れた罪人なのです!気を確かに…!」

「これではないと言っておろう?余は皇帝。余の命は絶対。聞け。今から命令する。雷 白龍らい はくりゅうを連れてこい」

「なりませぬ!陛下!」

「なぜだ、なぜだなぜだなぜだ!!」


狂うったように雷白龍が欲しいと嘆いでいる情けない男はこれでも皇帝、龍 蒼卒りゅう そうそつだ。


「余は白龍の料理でなければ食べぬぞ?!」

「陛下ぁぁー」


お付の者たちは困った顔をし、互いに意見を求めている。

(白龍が余の食事に手をつけるはずがない。ましてや、あの者は信頼における人間。余に忠を暑くしていたし、なぜ裏切った?なぜ毒を持った?理由が知りたい。理由を知って、余は白龍が申すことを片っ端から直していかねばならぬ。殺してはならぬ。料理を作る才能のある者は、なにかと役に立つから。余が馬鹿者だと罵られようが、そなたらの勝手だ!見ておれ、白龍!余はそなたのためだけに頑張ると誓った男だならな!)

自分を救ってくれた男のために馬鹿者になるぞ、と気合いを入れた。

馬鹿な気合いだ。


「今すぐ雷 白龍をいやがっても連れ去ってこい!」

「なりませぬ!それでは、あなたさまが悪者になってしまいまするぅぅ!」


ますます白龍が恋しくなる。

白龍は自分の言うことにいつも賛成し、このバカの世話係みたいに自分の都合のいい反対意見は一切言わず、蒼卒のためだけになることを進言し、あるいは反対した。

まるで人間の鏡のような人だった。


「そなたらに白龍の爪の垢をもらって茶に入れ、飲ませてやりたいものだな!」


というと周りは一斉に静まり返り、ひそひそと蒼卒の文句大会を始める。

白龍を取り戻せるまでは、なんとか我慢して自分が悪者にならなければならない。




***


仕事が終わると、鈴燕はまた趣味である料理を続ける。

誰もいない真っ暗な厨房で、ただひとり黙々と料理を作るのは鈴燕の囁かなご褒美であった。

(今日はなにを作ろうかしら。白龍兄さんがお好きだった、龍の髭の飴?)

うーんと頭を悩ましていると、ガタガタと戸が揺れる。


「なに?!」


慌てて包丁を武器のように持ち、扉の外を見ようとする。

…すると、誰もいない。


「誰もいないじゃないのー。さて、続き…」


肝が冷えた。

そこには黒髪の冕服(皇帝の着るもの)を着用しており、黒い垂れ下がっている長い髪をお化けのように見している。

こるではまるで先帝の幽鬼ゆうきでも見たのかと勘違いされるだけだ。

運が悪いことに鈴燕はそれと間違え、幽鬼ではない本物の皇帝に向かって包丁を振る。


「なにをする。余は幽鬼ではないぞ」


聞こえてきたのは可憐な凛々しく、甘い完璧なイケボイス。

まさか、その声は、もしかしなくとも…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後宮料理伝〜後宮女官は皇帝陛下のお気に入り!〜 𦚰阪 リナ @narin578

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画