ネギトロの降る町

ウォンバットのデカケツ

ネギダルマつくろう



ピピピピ♪ ピピピピ♪


「うーーん、ねむ」


「タカちゃんー、今日は忙しいんだからねー」


「うわー、そうだった。忘れてた」


「もう、しっかりしてね」


 モゾモゾと芋虫のように布団からい出ると、窓の外からはぺちゃぺちゃと音が聞こえてくる。

 部屋の電気も暖房もつけずに、リビングへと向かう。ドアを開けると冷気が流れ込み思わず身震みぶるいしてしまう。半纏はんてんを取りに戻ると、スマートフォンの画面が光った。


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「あー、通知うるさっ」


 慣れた手つきで広告メールを消して、再びリビングへ向かった。


 妻のハジメは、僕より先に起きて朝食を作ってくれていた。僕の分のサンドウィッチとコーヒーも机には置かれていて、美味しそうに湯気が立っている。二人で手を合わせると身体を温めるため、ズズっと熱いコーヒーをすすった。


 最近買い替えたにも関わらず、ラジオの調子が悪い。たまにノイズを出しながらも我々に情報を提供している。


「やっぱ、この時期は電波も電気もダメだな」


「本当そう、値は張るし使う機会も少ないけどうちも対策しないといけないのかな」


「いやー、どうせ毎年買い替えないと使い物にならないし、電気が使えないって言っても事前に充電しておけば最低限生きていけるし、デジタルデトックスにいい機会じゃないか、大丈夫だよ」


「そうね、軽く後片付けさえすれば、清掃トラックも回ってくるしちょっとの辛抱よね」


 ラジオでは先ほどから異常気象に対して注意喚起する内容が繰り返し流れている。


築森ちくもりインターチェンジから北築森きたちくもりバイパスにかけて大規模な交通渋滞が発生しております。本日は全国的に穏やかな天気でありますが、築森市では早朝からネギトロが降り続けています。今年度の初ネギです。お出かけの際にはお足元に十分にお気をつけてくださいませ。そして、出来る限り電気を使わない生活にご協力をお願いいたします。大事故につながる恐れがあります』


 毎年のように、この時期はせきネギトロに悩まされる。子供のころはこんな事なかったのに、テレビでも異常気象としか説明されていない。まぁ、なぜ降るのかなんていずれ解明されるだろう。それよりも、屋根や道に積もってるネギトロへの対策が我々一般市民が直面する問題だ。


「タカちゃん屋根のネギトロおろしよろしくね、埋まらないように慎重にね」


「ほいほーい」


 玄関にはハジメが用意してくれたネギかき用のスコップが立てかけてあった。スコップはネギトロが見えやすいように黒色に塗装されている。

 しっかりと防寒対策をして、外に出るとペチャペチャと音を立てながらネギトロが空から降り続いている。遠くに見える山々もピンク色に染まっており、この時期ならではの光景ともいえる。

 放置したままだと腐敗や屋根が抜けるため、定期的にネギかきをするのが僕に与えられた仕事だ。毎年ネギかき中に落ちてきたネギトロの塊に埋まる事故が絶えないため、慎重に行うことが欠かせない。

 とはいえ、全てのネギトロを除去するのは到底不可能なため、市が清掃トラックで一軒ずつ回って綺麗にネギトロ汚れを落とすことでようやくネギかきの日々から解放されるのだ。


「今年もすごい光景ね~」


 ハジメは玄関を開けて、外のネギ景色を堪能している。


「午前中いっぱいかかりそうだよ、かなり大変だ」


「いつもありがとうねタカちゃん」


 ハジメのねぎらいの言葉で少し元気を取り戻した。早く終わらせてしまおう、まだやることが沢山残っているのだから。



「ふぅ~、とりあえずこんなもんか」


 おろしたネギトロは台車に乗せて指定された区域に集められる。元々使われていなかった駐車場にネギトロの山が出来ている。

 かなりの重労働なため、動き始めて数分で身体はポカポカ。作業が終わる頃には汗まみれになってしまった。タオルで汗を拭ってから今すぐにでも防寒具を脱いでしまいたいが、ネギトロで中の服まで汚れてしまうため大人しくシャワーを浴びる。


「タカちゃん、お昼ラーメン出来てるよ。食べたら早めに夕飯の買い出し行ってくるから」


「買い出し? ネギトロ予報の時は出かけなくていいように備蓄してなかったっけ?」


「うーん、そうなんだけど。今日ってお客さん少ないからスーパーで大安売りしてるのよ」


「ふーん、そしたら僕が行ってくるよ。油で滑って転んだりしたら大変だよ」


 ハジメは現在妊娠5カ月目の妊婦さんなのである。負担の軽い家事は任せてしまっているが、出来る限り支えてやりたい。悪天候のなか買い物に送るなんて絶対ダメだ。


「お言葉に甘えさせていただきます」


 ははー、とハジメはわざとらしく頭を深々と下げている。オーバーなリアクションを取るところが彼女のチャームポイントだ。


「ん、このチャーシュー美味しい。手作り?」


「お~よく気づいたね、少し前に仕込んでたんだよー」


 ネギトロが降っている間は、電化製品を使うことが制限されている。ネギトロは雪と違って油が出るため、感電やそれに伴う火災の恐れがあるためだ。ガスコンロや事前にモバイルバッテリーを充電することが肝心である。


 ごちそうさま、と手を合わせてハジメは皿を洗ってくれている。洗い物をしようとしたら少しは動いた方が赤ちゃんにもいいんだよ、と張り切っていたため諦めた。


「そしたら、行ってくるね。何か目ぼしいものを買ってくるよ」


「うん、いってらっしゃい!」



* * * * * * * * * * * *


 どの家も屋根からネギおろしを終えてるところがほとんどで、子供たちが遊んでいる姿もチラホラ見える。


「肉だるま作ろう!」

「ちがうよ、ネギダルマつくろう~」


 小学生低学年ってとこかな、姉弟でネギトロを使って遊んでいるようだ。あのくらいの世代では、昔ネギトロが降っていなかったことを知らないのかもしれない。


 道端には清掃しきれていないネギトロがまだ残っている。そのため、自動車や自転車の運転はかなり危険である。雪と違って汚れると後が大変なので、通常は運転しない人の方が多い。

 ちなみに、清掃というのは様々な方法があるが道路の場合は凄く独特だ。二台一組で清掃に回る。一台目は高温でネギトロを熱して火を通す役割である。火を通したネギトロはカリカリになりかさが減るため、回収しやすくなる。二台目で炙ったネギトロと油を回収することで掃除が完了する。


 もちろん、これは応急処置のようなものでこうネギトロが終わった後は町総出で大掃除が待っている。


 そうこうしていると、目的のスーパーマーケットの前まで辿り着いた。やはり、訪れる客は少ないようで買い忘れを補うためと思わしき男性二人組とすれ違った。


「渋滞で商品入荷してないとかツイてないぜ」

「食品もほとんど売り切れてたね、は~ここまでわざわざ来たのに」


 なるほど、ラジオで言っていた交通渋滞の影響で運搬用のトラックが到着してないらしい。まずいな、手ぶらで帰るのも恰好がつかない。


ピポン♪

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 【スシギャング】

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 スマホから通知音が聞こえメールを開いて確認すると、またスシギャングから広告が入っていた。そういえば、近くにスシギャングの新店舗があったはずだ。


「手ぶらよりはいいか、あんまり魚って気分じゃないんだけど」


 そりゃそうだ、ネギトロの匂いで町中が充満しているのだから。魚臭くてたまらない。不幸中の幸いというか、ハジメは鼻炎気味であまり気にならないと言っていた。それなら寿司でもいいか。


「いらっしゃいませー! スシギャングへようこそ!! 店内でお召し上がりですか」


「いえ、持ち帰りで」


「お持ち帰りですと本日おまかせ握りが大変お安くなっておりますがいかがですか?」


「あー、はい。それで、二人前でお願いします」


 流れで頼んでしまったが、問題ないだろう。僕が好きなイカもハジメが好きなサーモンも入っているらしい。後は、適当にお腹いっぱい食べれたら満足だ。


 そこで思い出したのが、無料クーポンの存在だった。


「すみません、無料皿の限定クーポンって使えますか」


「え″ッ……なんですか、それ」


「え? いや、ほらこれ」


 店員さんはこの時点で三人ほど集まってきていた。そして、皆同様に知らない・聞いてないと困惑していた。

 メールに添付されたリンクアドレスへアクセスしてみると、そこで違和感に気付いた。

 今日限定のキャンペーンにも関わらず店員の誰一人も知らないことってあるのか。


「あ……すみせん、勘違いでした」


 そのまま店員さんに謝罪を告げてトボトボと店を出ると、近所の公園のベンチに座った。


「あ~~~やっちゃった~~」


 寒空の下、情けない声を上げざるを得ない。なぜならば、メールは偽広告でスマホがポップアップ広告が止まず操作できなくなってしまったのだ。

 そして、電源を消すにはボタン長押しの後に画面をスライドする必要があるのだが、ポップアップに邪魔されて不可能なのだ。


「どうしよう、電子決済しかないのに」


 最悪だった。僕は普段から財布は持ち歩かず、スマートフォン一つで支払いを済ませてきた。それだけならば、財布を取りに帰ればいいのだが今しがた座ったベンチにネギトロが積もっていたことに気付かずお尻とベンチがねっちゃりくっついてしまった。


「は~~踏んだり蹴ったりとはこのことか」


 ままならない現状に、うっすら涙がこみ上げてきたころに先ほどのスシギャングで受付をしていた店員さんがやってきた。


「あのー!すみません!」


 そういえば、店員さんはスマホが使えなくなったことを知らない。あちら側からはクーポンが使えないと分かると店を出たように見えたか。少し気まずさを感じていた。


「あれ、どうされたんですか」


「え、あぁ。ベンチにネギトロが残ってまして粘着性が高くて立てないんですよ」


 もうここまで来たら恥も外聞もない。ありのまま今起こったことを話した。すると、笑うでもなく店員さんはインカムで誰かに連絡していた。

 店の前だからインカム使えるんだーなどと、ぼんやりしていると店から屈強な身体をした店員が袋を持ってやってきた。


 そのまま、細い腕をした女性の店員さんと対比するようにはち切れんばかりの上腕二頭筋を持つマッチョに引っ張られ、無事ベンチとお尻が離れた。


「すみません、お客でもないのに助けていただいて……」


「いやいや、とんでもないです! お客さん近所の方ですよね、これからうちの店を利用することもあるかと思うので! 熊坂さん、ほら」


 マッチョの店員へ目をやると、何やら持ってきた袋を差し出してきた。


「無料クーポンがあったみたいで、こちらの不手際ふてぎわをお詫びしますので是非受け取ってください」


「え、でもどなたも知らないって」


 すると、熊坂さんと呼ばれた店員さんが耳元でコッソリと呟いてきた。


「今日はお客さんも少ないので廃棄はいきになっちゃう商品が大量にあるんです……いや、廃棄って言っても今日中に食べれば何も問題ないですよ……その、お客さん何か困ってそうだったので……これ」

 


* * * * * * * * * * * *


「ハジメ~、おつかい行ってきたよ、もう色々と踏んだり蹴ったりでくたびれたよ」


 本当に、いろんなことがあった。ネギトロはもうこりごりだ。

 でも、人の温かさにも触れられてそんなに悪い気はしなかった。絶対にスシギャングの常連になってお店の売り上げに貢献しないとな。


 はいこれお寿司、とハジメにビニール袋を渡す。少しは頼れるとこ見せることができたかな。こんな時こそ、お互い支え合わないとね。

 わ~、とワクワクした様子で袋の中身を見ると表情が消えた。


「ちょっとタカちゃん、これ見なさいよ」


「え……? うわ、やらかした~~」


「もう、しっかりしてね」


 必死の遠征えんせいの末に手に入れたお寿司の4割ほどを占めるネタがネギトロ軍艦とネギトロ巻であった。

 あきれた妻は大きな溜め息をついてた。ふと天を仰ぐとさくら色の空がどこまでも広がっている。まぁ、貰い物に文句は言えないな。感謝してハジメと美味しくいただきましょう。



 無限に降り注ぐネギトロは、まだしばらく止む気配はない。


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