京都の銭湯で友に会う

高瀬 八鳳

第1話

この物語はフィクションです。有難く、京都の某銭湯や某カフェをモデルにさせていておりますが、あくまでモデルとしてです。内容は創作ですので、その辺りご理解下さいますよう宜しくお願い申し上げます。


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いつの頃からかはっきりと覚えてはいないが、私は年に数回、自転車を二十分程こいで京都の北の方へ向かう。今回は、少し間があいてしまったが。友というには距離があり、知り合いというと少し水臭いような、そんな相手に会うためだ。


まず立ち寄るのは、西陣にあるカフェ。千と千尋の神隠しを思い出させる佇まい。元銭湯だったこの建物は、現在はカフェとして使用されている。外観も良いが、店内もまた、味わい深い。天井が高く、和製のマジョリカタイルがなんとも言えない。ここで、珈琲を飲む。


しばらく、可愛らしいタイルやレトロな電灯を眺めてから、本命の場所へと向かう。


カフェから徒歩3分もかからない場所に、とある銭湯がある。現役の銭湯だ。大きな岩が積まれた入口は、重厚でなんとなく違う世界への入口のようにも感じられる。


歴史あるこの建物の脱衣所と浴室部分は、たしか国の何とかいう文化財に登録されているらしい。欄干の透かし彫りや天井の立派な彫刻、そしてマジョリカタイル。昔の時代にタイムスリップした気分になれる、レトロな空間だ。


私のお気に入りは、露天風呂。日により、貴船石に当たるか、檜風呂側になるかはわからないが、どちらも大変心地よい。自然の風を感じながら、風呂につかるのは、最高に贅沢な気持ちになれる。


今日もまだ早い時間なので、利用者は少ない。これなら、問題なくあのヒトに会えるだろうと、いそいそと浴場へ進んだ。


まずは、体を洗い、軽く湯船につかる。しばらく心と体を整えてから、露天風呂へ向かう。積み上げられた大きな岩を眺めながら、湯の中に腰を沈める。私だけ、他に客はいない。貸し切り状態だ。


目を閉じ、顔に爽やかな風を受け、露天風呂を楽しんでいると、どこからともなく声が聞こえた。


「よう、久しぶりじゃの。元気にしてたか?」「お陰様で、まあまあ元気ですよ。あなたは、どう過ごしてはりました?」「ワシも、まあボチボチやなあ」


目を開けると、人間の子供位の大きさの、緑色の生物が岩を椅子にして器用に座っていた。その満面の笑みを見て、こちらも自然と笑顔になる。


「前回おぬしに会ってから、半年以上たったのではないか?」「そうですね。多分、八か月程かと」「人間界は、色々大変だったようじゃが」「はい、疫病とか自然災害とか、ほんまに色々ありました。カッパ様の界隈は大丈夫でしたか?」「ワシの周りは、いつも通り静かなもんだが。しかし、まあ言うても人間界とカッパ界が全くの無関係という訳にもいかぬ。それなりに、ざわつきはあるのオ」「そうですか……」


私達は無言で、空を見上げた。湯気がゆらゆらりと空に昇っていくのを、ただ眺める。


「最近のおぬしのお気に入りは、どんな物語じゃ?」「最近のお気に入りですか。そうですね、ちょっと今更ですがあるアニメにはまってましたね」「アニメとは、あれだな、鳥獣戯画の紙芝居のようなやつだな」「まあ、広義で言えば、そうともいえますね」「どんな話か、聞かせてくれ」「ひと言でいうと、巨人と人間の闘いを通して知る、人間の愚かさと可能性の物語ですかね。魅力的なキャラクター達に、久々に私の推し心を刺激されましたよ」「巨人と人間の闘い、とな」「はい。たくさんの事を考えさせられました。表面的なものにとらわれ過ぎず、本質をみなくてはならない。そして、自分と異なると認識しているものは、実は自分の内にあるかもしれない、または自分も実はその異なるものの一部であるのかもしれない。そんな教訓を得たような気がします。作者が意図したのか、私が勝手にそう受け取ったのかはわかりませんが」「そうかぁ」


興味なさそうな口調の相づちを聞き、私は自分が聞いてきた癖に、と少し思った。だが、それもいつもの事だと思いなおした。


「ワシ以外のものに会ったか?」「いえ、あなた以外のカッパにお会いした事はありません」「ワシら、カッパ以外のものはどうじゃ?」「え、カッパ様以外の、ですか……? いえ……、ありません」「おぬし、もしや、この風呂場にしか立ち寄っておらんのではないか? 他の場所にもいかねば、やつらには会えまいて」「え、やつらとは、誰なんですか?」


カッパは急に押し黙ってしまった。私は、静かに次の言葉を待った。こういう時に、こちらから質問しても、望む答えが返ってこないのはわかっている。


「このへんは、寺や神社がよおけあるじゃろ。有名な金色に光ってる寺や、立派で人がぎょうさん来とる神社だけやない。小さいけど、居心地のええとこもあちこちにあるし、昔からの自然が残る丘もある」「そうですね」「ワシは、あぶり餅を気に入っとった。あれは、旨い。昔は、ワシらが見える人間が、けっこうおったんじゃ。ワシだけでなく、やつらの事もな。皆で色んな事を話しとったもんじゃ。だが、いつの頃からか、人は明るい昼間のものしか見ぬようになった。夜の闇を友とするワシらは、ここにおるのに、居らんものになっていった。なんや、寂しいの」「はあ……。すいません」


あんまりにも悲しそうなその声に、なんだか悪い事をしているような気持にさせられる。正直、話の内容は、よく理解できていないのだが、人間代表として謝っておいた。


「そんなわけで、おぬし、他の場所もまわってくれぬか? ワシばかり人間と話してズルいズルいと、やつらがうるさいのじゃ」「えっと、はい。私でよければ、お会いしてお話させてもらいますけど」「よし、頼んだぞ」「それで私はどこに行って、どなたにお会いしたらよろしいんですかね? やつら、とは……」「やつらは、その、友とかそういう意味の存在じゃ。寺社や公園や山川に、やつらはおる筈だ。何気ない景色のなかに、静寂のほとりに、淡い花の隙間、濃い緑の端に、やつらはおる。街中の古い町家や地蔵の側もウロウロしとるかもしれん」「はあ、わかったようなわからんような……。具体的な場所は」「歩け」「はい?」「歩けばわかる。感じるがまま、呼ばれる方向へと歩け。さすれば、そこにやつらはおる」


なんだか映画のワンシーンみたいなドヤ顔のカッパ様の表情に、私は可笑しさがこみ上げてきた。露天風呂で、真っ裸で、真面目にカッパの話を聞く自分。これは、いったいどういう状況なんだろうか。


「フフフ……。フファハハハハッ……」


私より先に、カッパ様が笑い出した。


「ククッ、……アハハハハハ」


私もつられて笑い出す。互いに何が可笑しいのかわからないまま、二人で大笑いした。


「いやあ、こんなに笑ったのは久しぶりじゃ。感謝する。巨人のアニメの話も興味深い。明日会うツレに話して、自慢してやろうかの」「明日はどなたにお会いになるんですか?」「まあ、やつはツレのなかでも大将格じゃな。鞍馬に行くのは久しぶりやしの」「え、鞍馬? ……という事は……。まさか、天狗?」天狗が実在するのかとたいそう驚いた。私の慌てぶりを見て、カッパ様がニヤリと悪い笑みをみせる。「ワシに会うて話をしておるおぬしが、天狗だとその存在を疑う。おかしなものじゃ」「あ、そういわれれば、そうですね」人からすれば、かっぱも天狗も、同じことだろう。非現実的な、おとぎ話の領域だ。「では、またこの場所で会おう。次は、あまりワシを待たすなよ。おぬしは貴重な人間のツレなのじゃから」「私はあなたの友達なんですか?」「なんじゃ、いやなのか?」「逆です、光栄です。ほんまに嬉しいです。私がカッパ様の友かと思うと」「何度も言うな。友やない、ツレじゃて」


カッパは照れたのか、プイと顔を背け、そのまま岩の上に登っていった。私はあわてて、湯船のなかで立ち上がった。ザザーっと湯が溢れ、白い湯気が新たに立ちのぼる。「あの、次来るまでに、街中を歩いておきます」私は少し大きめの声で、そう言った。ウイーともキゥぇーとも聞こえるような、謎の声が岩の上から響いた。あれは、カッパ語なのだろうか?私は再び湯の中に浸かり、目を閉じた。水の匂いがする。風に揺れる木々のそよぎや水の流れを感じる。静けさの中にも、人々の声や車のエンジン音が微かに聞こえる。


『貴重な人間のツレ』


そうか、ついに私はカッパ様の友になったのか。悪くない。言いようのない嬉しさと、照れくささが胸に沸き起こる。カッパ様の言葉を反芻し、つい口元が緩む。


これからも何度も友に会いに、私はこの場所に来るのだろう。次回までに、カッパ様の他の友にもお会いしておかないと。


周辺の寺や神社や、町家や自然の近くにいると言っていたな。カッパに天狗とくれば、やはりツレとは、妖怪、物の怪の類だろうか。それとも、お地蔵さんや神さん仏さんのような、人を導く存在の方々なのだろうか? 


そういえば、カッパ様はあぶり餅が好きだと言っていた。今度、土産に買っておこう。


どこから、歩いたらよいだろう。やっぱり船岡山から攻めるか? それとも北大路や今宮通から、いやいや、千本、堀川通りを上がるのもありか。


額から大粒の汗が流れおちてくる。私は思考の渦に身をまかせながら、友との巡りあわせに、そして今この瞬間の何とも言えない幸福感に、心から感謝した。

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