露出しないと強くなれない異世界

裏山かぼす

本文

 西野花彦にしのはるひこ、二十八歳独身、会社員。

 残業している最中に寝落ちをしてしまったと思って飛び起きたら、何故か俺は森の中に居た。


「いや何で?」


 思わずそう声を漏らすと、聞き慣れない可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。は? え? 何で? と続く声も同じだ。


 周囲には誰も居ない。この声は、自分が出しているのだ。


 驚いて自分の体を見ようと視線を下に向け――男には付いていないはずの、ドデカい二つの塊が谷間を成している光景が目に入った。

 自分の足下が見えないレベルの特大サイズなそれに、思考がフリーズする。やや白めの肌色をしたそれは、身動ぎするとたぷんと揺れた。


「……何で!?」


 明らかにおっぱいであるそれをわしづかみにする。感触がある。

 自分の手を見る。白魚のような細い指のついた手だ。

 体全体を触って確認する。生涯を共にするはずだったマイサンは消えている。


 間違いようもなく、ボンキュッボンで、デカパイデカケツデカ太股の、女の体だった。


 それを理解して、数秒思考が止まり――俺はようやく、自分が女になっているのだと気付いたのだった。


「目が覚めましたか、異世界の者よ」


 訳の分からない状況に混乱していた俺の頭上から、女性の声が振ってくる。


 俺は反射的に見上げて――宙に浮かんだ、光り輝く痴女を見た。


 いやもう、百人見たら百人が痴女だと言うレベルの露出度だ。指や腕、足首、首元、そして髪や耳に付けている、細やかな紋様を所狭しと刻み、美しくカットされた宝石をふんだんに使った、豪奢ながらも厳かで神聖な雰囲気があるアクセサリーの数々が霞むくらい、痴女だった。

 というかアクセサリーを除くと、アニメや漫画で、不思議な煙だったり光で隠されているような部分くらいしか隠されていない。おっぱいの先端はニップレスのような何かが張り付いていて、下半身は、少しでも足を開いたら絶対モロリするだろう面積の、紐のような布しか履いていないような格好だ。


 パンモロなんてレベルじゃない。パンツしか履いていなかった。


 流石にここまでモロ見えだと、ちょっと萎える。別に露出過多のドスケベ衣装は嫌いじゃないけど、俺は着エロ派なのだ。脱がせる楽しみを奪うな。


 天使の輪と翼を持った金髪金眼の超絶巨乳痴女は、アルカイックスマイルを浮かべて俺に話しかけてきた。


「私はこの世界の女神。あなたをこの世界へ連れてきた者です」

「うわっ!? ネット小説にありがちな展開!」

「あなたは前の世界で、寿命を迎えることなく過労で亡くなってしまいましたが、我が世界への適性が非常に高かったため、人生をやり直すチャンスを与えることにしました。手違いで魂を入れる肉体を間違ってしまいましたが……」

「だから女の子の体になってんのか!? このポンコツ駄女神、これじゃTS転生じゃねーか!」

「入れる肉体が変わったところで、能力には何の問題もありません。不利益は無いと思うのですが」

「俺は自分が可愛い女の子になるより、男のままイケメンに転生して、俺TUEEEなチートで無双して、そんな俺に惚れた女の子やお姉様に囲まれるハーレムを望んでいたんだよぉ!」

「まあ、あけすけな欲望だこと」

「いや、でも……」


 胸に付いている大きなメロンを持ち上げてみる。ずっしりとした重みに、柔らかくはあるが、想像上のものよりしっかりとした弾力。上下に揺さぶるとぽよんぽよんと跳ねるように揺れる。

 改めて尻と太股を掴んでみる。まろい曲線を描くそれはもっちりとした触り心地で、太股に至っては程良く付いた筋肉による、柔らかいだけでは無い肉感を出している。

 服の中に手を入れて下着を確認してみると、ブラジャーとは言い難い紐は乳首と乳輪をギリギリ隠せる程度の布面積しか無く、パンツも同様で、ローライズタイプのそれは、女性の大事な部分と肛門くらいしか隠せていない。

 ちなみにつるつるであった。


「……悪くないな……」


 悪くない。むしろ良いまである。

 この体をいつでも好きに出来るというのは実によろしい。


 ……この体の持ち主が無条件に俺を好きになってくれるヒロインだったら最高だったのになぁ!


 そんなことを考えていると、唐突に耳を劈く爆発音が鳴り響く。場所が近いらしく、爆発の衝撃が小さな地響きとなって感じられた。


「うわっ、何だ!?」

「どうやら、近くで誰かが魔物に襲われているようですね。さあ、貴方の力を見せる時です」

「いや、そんなこと急に言われたって……」

「あなたにはチート能力があります」

「よっしゃ待ってろ助けを求める人ー!」

「まあ、現金なこと」


 爆発等の戦闘音が聞こえる方に向かうと、ほぼ崖と言っていいレベルの坂の下に、街道らしき道があった。

 そこには、軽く三十は超えるだろう群れを成した、小学生低学年くらいの子供程度の大きさがある、いわゆるゴブリンめいた生物と――それに襲われている、若い女の子が居た。


 ピンク髪に金色の瞳を持つその女の子は、年は大学生くらいだろうか。そんじょそこらのアイドルなんて目じゃないくらいレベルの高い顔面をしている。

 服装は風が吹けば間違い無くパンツが見える程に短いスカートと、絶対領域を生み出すサイハイソックスを履いており、上半身はガッツリとヘソと胸の谷間を見せるデザインの服を着ている。


 ファンタジー作品だとよくある程度の露出度だが、現代日本で過ごしてきた俺にとっては大変目に毒、否、目に薬になる光景であった。

 着エロ派だったけど改宗しそう。これはこれでヨシッ!


 女の子は時折魔法を使っていて、時折、何も無い所に爆発や氷が発生する。爆発音の正体はこれだろう。


「うっひょー! めっちゃエロカワな女子発見! よっしゃ、今助け――」


 助けに行くぞ、と言いかけた瞬間。


 俺の服がはじけ飛んだ。


「な――何だこれえええええっ!?」

「戦闘モードに入ったので、余計な布が無くなるよう自動的に調整されたのですよ」

「何だそれえええええっ!?」

「何故そんなに驚いているのです? 女性は露出度が高ければ高いほど、戦闘力も比例して高くなる。常識でしょう?」

「そんな常識知らねええええええっ!!」


 紐としか言えない下着とブーツを残して消えた服の代わりに股間を隠す。屈んだために、重力に従って豊かなたわわがぼいんと揺れ、下着として信用が一切無い紐の数少ない布部分から乳首がまろび出てしまったが、元男である俺は、それを気にする事は無かった。


 最早ビキニかサンバ衣装の方が露出度が低いと言わざるを得ない状態で人前に出る訳にはいかず、とりあえず近くの茂みに隠れて紐の位置を直し、顔だけを出して、不思議そうに首を傾げる女神を睨み付けた。

 肌に触れる茂みの葉っぱと枝がチクチクして痛いし、こそばゆくもあるし、ちょっと痒い。

 畜生、どうしてこんなことに……!


「あなたは元の世界で、創作作品に登場する、やたら露出度が高い女性キャラクターを沢山見てきたでしょう。あれは魔法力や身体能力をといった、戦闘に直結する力高める為にしている事。むしろ、露出度で戦闘力に差が出ないあなたの世界が異質なのですよ」

「いやでも、アレは現実じゃ無くてファンタジーで……!」

「何らかの手段で別世界の光景を見た者が、それらを創作作品にすることはよくあることなのですよ」

「だとしても戦闘力目的で露出度高めるとか聞いた事ねえよ!!」

「論より証拠。さあ、適当な魔法でも使ってご覧なさい」


 女神が指差す方向には、そろそろマジで危なそうな状況の女の子。数の暴力に圧されて魔法を放つのが間に合わず幾度も攻撃を受けてしまっているようで、程良く日に焼け、健康的なハリのある玉の肌にいくつも痛々しい痣や切り傷が出来ていた。


 確かに、これ以上あの子を傷つけさせる訳にもいかない。

 俺は半信半疑のまま、手を前に出し、恐らく体の持ち主の記憶なのか、自然と脳内に浮かんできた魔法の名称を唱える。


「ふぁ、ファイアーボール……」


 瞬間、家一件分は軽くありそうな大きさの火の玉が眼前に現れ、真っ直ぐにゴブリンの群れの中心地である女の子に向かって飛んでいく。

 そして地面に着いた瞬間、それは爆発し――小学校のグラウンドくらいの範囲を吹き飛ばした。


 無駄に露出した肌に熱風が吹き付ける。通常なら熱くて悲鳴を上げていたかもしれないが、ありえん威力の爆発を目の前で見てしまった俺は呆気にとられて、間抜けにも口を半開きにしてその弾ける爆炎を文字通り目に焼き付けていた。


 熱風が過ぎ去って、十数秒。爆炎に焼かれた目が少しずつ回復してきたところで、俺はようやく意識を取り戻した。


「大丈夫か襲われてた人ー!」


 慌ててほぼ直角の坂を滑り降り、爆発の中心地に居た女の子に駆け寄る。

 あんな爆発が起こったというのに、不思議と女の子は爆発に巻き込まれていなかったようで、何が起こったのか分からないといった表情で呆然としていた。


「今のは……あなたが助けてくれたの?」

「さっきの爆発に巻き込んでなかった!? 怪我は無い!? 無事!?」

「う、うん。ゴブリン達にちょっとやられたけど、ポーションで回復出来る程度だから大丈夫。あの威力の魔法を味方識別付きで放てるなんて、あなた一体……」

「俺? 俺は――」


 自己紹介をしようとしたが、何故かふと、このタイミングで自分の状況を思い出す。


 そう、今の俺は――ほぼ裸なのである。


「わーーーーーっ!! ごっ、ごめん! 女の子の前でこんな格好……! いや俺も今は女の子だけど! だとしても人前でこんな裸同然の姿を見せるなんて――」

「え? 別におかしい所なんて、何も無いわよ。むしろ戦うために布面積を減らすのは、合理的じゃない」

「あっ、そういう認識なんだ……」

「あははっ! 肌を見られて恥ずかしがるなんて、変わってるね」


 慌てて股間を隠そうとした俺の行動がツボに入ったのか、緊張が解けたように女の子は笑う。


 いや、こんな下着姿と言うのもおこがましい格好を見られて恥ずかしがらない方がおかしくないか?

 現代日本とは違いすぎる文化に、けらけらと笑う女の子とは対照的に、俺はちょっと引いていた。


 女の子は一頻り笑うと、手を差し出し、握手を求めながら言った。


「私はデイジーって言うの。あなたの名前は?」

「俺の名前? 西野はるひ……いや、ハルでいいよ」

「ハル、ね。可愛い名前ね!」


 握手を返しながら、今度こそ自己紹介をする。


 女の子だったら、名前が可愛いと褒められれば嬉しいと思うものかもしれない。

 だが、俺は男だ。可愛いと言われてもあんまり嬉しくない。


「助けてくれたお礼がしたいけど、生憎、今は大した物を持っていなくて……」

「じゃあさ、何か羽織れるものとか、これよりマシな服とか持ってたら、譲ってくれないか?」


 初対面の人にこんなことを言うのは恥ずかしいこと極まりないが、元々着込んでいた服は既に弾け飛んで布きれに変貌してしまっている。


 この女の子――デイジーはもう状況的にしょうがないとして、他の人にこれ以上裸同然の格好を見られたくない。

 というか吹き抜ける風が涼しいを越えて寒い。早く服を着たい。


「確かにその装備だと防御面が不安よね……。ちょっと待ってて。私のお下がりになっちゃうけど、良いかしら?」

「お、おう……構わない、けど」


 こんな可愛い子が着た服をお下がりで着ることになる、という倒錯的な展開に、思わずどもってしまう。男だったら股間が大変なことになりそうだった。

 女装趣味は無いが、絶対に良い匂いがするだろうデイジーの服とか……ちょっと……大変にいけない……危ない……!


 デイジーは投げ捨てたのだろう大きな鞄に駆け寄ると、中をまさぐり、「あれー、おっかしいなぁ」「確かここに入れてたはずなんだけど」とぼやきながら何かを探す。

 しばらくそうしていたが、ぱぁっと顔を輝かせて「あった!」とそれ・・を取り出し、俺の手に握らせた。


 渡されたのは、いわゆるビキニアーマーであった。それも金ピカの。


「変わんねえ! よ!」


 俺は条件反射的に、最早下品ですらある金ビキニアーマーを地面に叩き付けた。


 確かに俺の着ている布よりは防御力があるし、どんぐりの背比べにはなるが、ほんのわずかにこちらの方が露出面積は少ない。

 が、これを着るのは、男としてのプライドが許さなかった。


「あっ、ひどーい! それ結構高かったのに! 確かに金ピカでデザインはダサいけど、捨てることないじゃない!」

「そういう問題じゃねー! 肌面積が変わんねえって言ってんの! こんな裸同然の姿でうろつきたくねーのよ俺は! 露出狂ちゃうねんぞ!!」

「何言ってるの!? 肌面積なんて多ければ多いほど良いじゃない! ハルって変な子……」


 変なのはこの世界の倫理観だよ!

 俺、この世界で生きていけるのか不安になってきた……。

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