霰と烏と

 彼女は霰の降る中に一羽の烏を追いかけている。吐く息に黒髪がどこか白くみえる。やがて羽ばたいた烏を目で追い立ちほうけた。曇天はまだほのあかい。冬の姿をした木々が一度に鳴りはじめる。まるで空がそのまま一部を切り取り降るように、霰が無愛想に落ちてくる。見上げる彼女の頬は冴えかえるように赤かった。

 「帰ろう」こちらを振り向き彼女はそう言ったように見えた。瞳が灰色に映った。私は楽音のかかったカフェの席を立ちながら、色の抜けた木々の間に佇む彼女が倒れやしないかと不安になり急ぎ荷物を詰め込んで外へ出ると、霰に冷えた午後の空気がにわかに明るむように見えた。彼女は変わらず一本の芽のように静かに仄白い木々の間に立っていた。そのすぐそばには椿が紅い花を満々とつけていた。それに気付いたのは彼女の手をとった後だった。

「何をしてたの」彼女に問いかけると、

「烏とわたし、霰にうたれてた」と独り言のように呟いた。私は曖昧にあいづちを打った。繋いだ彼女の手は冷えて固まっていた。彼女の顔はいつの間にか白くいつもの顔に戻っていた。彼女と私は知り合ってまだ数ヶ月だ。

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2025年1月11日 18:00

消えた彼女との365日の記憶 伊富魚 @itohajime

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