SUPER HAPPY
田辺すみ
第1話
確かこの辺りだったはず、とこっそり見回すが、新しいお店ばかりでピンとこない。30年も同じ商売をしているのは角の金物屋と老舗の蕎麦屋ぐらいで、知っている商店街とは随分変わってしまったことに、今さらながら驚く。学生時代よく立ち読みした本屋も、揚げたてコロッケを買った肉屋も、よくオマケしてもらった八百屋ももう無い。ワンピースのポケットでマッチの箱がかさこそと鳴る。
就職で地元を離れ、結婚やら転勤やらでますます足が遠のいた。娘の目にもあまり仲の良い夫婦とは言えなかったと思うが、母が入院してからしばしば戻るようになった。父はその後ナーサリーアパートへ引っ越したので、片付けに実家に入ったのは何年ぶりかのことだった。
閉め切っていた雨戸を開ければ、晩夏の銅色に
お店はまだあるのだろうか、商店街は何度も通り過ぎているが、今まで思い出して探してみたことはなかった。改めて暑さを避けた午後遅く、人出も少ない商店街をゆっくり歩いてみる。新しいお店とシャッターが下りっぱなしの店の間をうろうろしていると、見慣れない脇道に、古い壁にもたれるようにして立っている女性が視界に入った。
「火をもらえませんか」
さっきこの辺りを通りかかった時には、気が付かなかった。そもそもこんな路地はあったろうか。不可解に思いながら、それでも暮情のなか異国のドレスを着て立つ女性の声音に誘われるように近づく。薄い唇に引いた紅が、火の無い煙草へ移ってにっと笑う。同じくらいの歳にも見えるが、旗袍にコートを羽織って伸びた背は華やかに艶めき、まるで映画に出てくるようだ。喫煙しないのでライターなど持っていない。けれども今日は『快楽飯店』のマッチがある。もたついてポケットから取り出し一本擦ると、火花が散るように火が着いた。驚いて目を瞬かせる私と、薄暗がりのなかしゅわしゅわと瞬く火の向こうで、女性は煌びやかに顔を綻ばせた。
SUPER HAPPY 田辺すみ @stanabe
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