第11話 岡目八目の蜘蛛

  時間はスルがダルグの強行突破に賛成した後に巻き戻る。カナリはその後、新たな提案をした。

 

「カナリが囮になる?それかなり危険じゃないかしら?」メルローはモラル・マリーの著書を読んでいたが、カナリの提案に驚き本を閉じた。

「私が操られているフリをして、普段通り報告すると見せかけてキーロンに近づく。一気に近づいて、硬化で殴って気絶させる。1人なら操られたとしても抑えられると思うから、私がまず部屋に入る」カナリはダルグの脳筋と考えが似ていた。

 

「キーロンを混乱させる。彼は予想外の展開に弱いから」

「あえて捕まったフリをしてみるのは?」シアは提案した。

「シア、それは悪手だよ。捕まった状態だとキーロンに操られて抵抗も何もできなくなる。終わりだ」スルはシアの提案を否定した。

 シアは自身の提案が呆気なく却下されたことに少し凹んだが、すぐに納得していた。

 

「ずっと気になってたんだけど、スル、あなたの異能ではキーロンを防げないの?あなた、私たちに自分の異能の事だんまりじゃない」メルローはスルを指差した。

「僕の異能はここでは適さないんだ。だからここでは言う必要がない」

「それは不公平じゃない?同じ担当者なら言ってもいいんじゃない?」メルローは食い下がる。

「僕の異能は戦闘向きじゃないからさ…言ってもしょうがないんだよ…」スルは落ち込んでいた。

「じゃあ、私がキーロンの頭上から岩を落として気絶させる」メルローはふてくされてしまった。

「それだとキーロンを殺しかねない。俺らは別にキーロンを殺すことが目的じゃない。キーロンを殺してみろ。俺たちが将来不利になる」ダルグはメルローを制止した。

「ま、ここを抜け出すから多少生きにくさはあることは間違いないんだけどね」スルは補足した。

 

「スル、まだ大事な事忘れてないか?」シアはスルに尋ねた。

「ん?」

「この子達はどうなる?」シアは、少しずつ入眠し始めた子供達に目を配った。

 よく見ている。と、スルは内省した。

「それなら私たちが」他の子供達の担当者の1人が言った。

「私達担当者はこの子達をずっと見ていました。彼達彼女達は私たち残りの担当者が、少しずつ外の世界で生きていけるように、しばらくの間ここで様子を見ながら育てます。毎日ジュースを飲ませないようにして、最初の異能の発現のための暴走があったとしても、私たちが食い止めます」

「私も付き合うよ。フルルもそうさせたい」カメリは担当者と共にマゼンタ拠点に残る気持ちでいた。

「ハナからそのつもりだよ。私は元マゼンタ拠点の拠点長だし、拠点長の直下の権限を持ってる。私の下には担当者もいる。私が責任を持つ。スル、私が囮になるけどむざむざとはやられない。信じてほしい」カメリは決意のまなざしに満ちていた。


「カメリ清掃員監視長、報告を」キーロンは椅子に座ったまま入室したカメリに尋ねた。

「キーロン拠点長、申し訳ありません。シアの担当、メルローとダルグ、スルの制御をしきれませんでした」

「それはどういうことでしょう。失敗ということですか?」キーロンは椅子から立ち上がった。

「はい。失敗です」

 

 カメリはそう言った途端、硬化を発現しキーロンに即座に突っ込んだ。

 だが、カメリの体は走って向かった体勢のままビリビリと体が痺れ、キーロンに近づくことができなかった。

 

「ああ、驚きました。驚きましたが予防線を張っておいて安心しました」キーロンは拍手していた。

 自身への対策に対し自身に賞賛を讃えていた。

「体が動かない…」カメリは自身の体勢を戻せないでいた。

 無理やりに動かそうとするが、先で傷ついていた手から出血している。

 

「この際だから言っておきましょう。あなたを拠点長から清掃員監視長に降ろしたのは私」

「そんなことはさっき聞いたから知ってる。あなたが私を唆して本部に報告した。自作自演で私を捕えたあなたはこの拠点長になったこと、知らないとでも思ったかしら」

 キーロンは驚いていた。

 

「カメリ!」メルローは思わず拠点長室に入室した。

「こいつ、結構僕が思ってたよりすぐ驚くかも」スルも続けて入室した。

「魚使って溺れさせようか」ダルグは腕捲りをしている。

「俺がこいつを吹き飛ばしたらいいか?」シアも続けて拠点長室に入室した。

 壁には多くの本が収納されている。シンプルな暗い部屋だった。

 

「足元を見て」スルはシア達に伝えた。

「これは、磁場だ。床に張り巡らされている。これでカメリは抑えられてる」

「それを知ったからどうなるのですか!〝電磁砲〟」

 キーロンは左手で磁場を維持させたまま、右手で磁場を吸収して電磁砲を放った。

 

「私は緊急要請をしました。私の異能は許可無くしては発現できませんから、その申請は即許可されました。おかげで私自身が元拠点長のカメリ、あなたを立場だけではなく力を以って制御できます」キーロンの放った電磁砲はカメリに向かってゆっくりと放たれた。

「随分とゆっくりだね。それに、両手が塞がれてるようだよ。メルロー」シアはメルローに指示した。

「〝岩壁〟」メルローはカメリを岩壁で覆った。

 電磁砲はゆっくりとゴリゴリと岩を潰していきながら、カメリに向かって進んでいく。

「何も両手だけが全てではありません」キーロンは足で磁場を踏んだ。

 磁場は拠点長室の扉を貫き、隠れていた担当者達の足元まで拡がっていた。

 

「担当者達が隠れていることは私はすでにわかっているのです。なぜなら?その担当者達の中に私直々に命を受けた内通者がいるのですから!あなた方はここから抜け出すつもりでしょう。ですがここに居座りたい者もいます。私には各担当者の素性がバレバレですから、予めその中でも弱みを握れそうな人物をピックアップしていました」

「用意周到だな」ダルグはキーロンの意地悪さに少し引いていた。

「誰が裏切者だ」「お前か?」担当者達はキーロンと裏で糸を引いている担当者を炙り出そうとしていた。

「ハハハ、混乱しているようですね!集団とはいとも簡単に崩れますね。全くくだらないです」

 電磁砲は確実にカメリを守っているメルローの岩壁を破壊していく。

「このままじゃ危ない!〝膨張〟」シアは咄嗟に異能を発現した。

 透明な膜は拠点長室を覆っていき、電磁砲は霧散した。

 

 「とりあえず、担当者は動けなさそうだから、私が防ぐわ」メルローは岩壁を発現し、拠点長室の扉を遮った。メルローは何度も岩壁を出していたため疲弊しかかっていた。

「電磁砲が消えました。その子供の力がそうさせたのですか?」

「簡単に教えるか」ダルグはキーロンを脅した。

 ダルグは魚群を発現したが、キーロンが周囲に発現していた電磁により消滅してしまった。

「無駄です、私の大いなる力を誰にも突破できません!」キーロンは足踏みをして地を這う電波の強度をあげた。

 担当者がメルローの岩壁をいとも簡単に破壊した。担当者達は我を失ってしまっている。

「もう無理よ」

「メルロー。君たちが時間稼ぎをしてくれたおかげで、第一関門突破したよ」スルはニヤリを笑っていた。

「僕らは何も君を倒すことが大目的じゃないんだ。ただここを抜け出したいだけ」

 スルは手元のマスターキーをキーロンに見せつけた。


「いつの間に」キーロンは自身の机に隠していたマスターキーが無いことに気づいた。

「この蜘蛛はむかつくほど本当に万能だね。蜘蛛の爪で鍵を開けてたんだけど、見つけたよ」

「その鍵があったからといって出口はわからないでしょう?」

「いや、わかるよ?この蜘蛛はむかつくほど本当に万能だから、僕が配属された初日からどこにあるか最初から知ってた。フフ」

「あなた方は止めます。実験台にします。薬漬けにして開発のモルモットにします。何度も治験をして薬を開発させて私はさらに高みの地位に就きます。私はやがて世界を収める存在となります」

 キーロンは電波で担当者を操り肉壁を作った。

「これを壊せますか?あなた方の同志でしょう?傷つけることはあなた方を傷つけることになる。それをあなた方にできますか?弱い人間にはできないでしょう?弱い人間は強い人間にひれ伏すのです」

 電波を流し、弱っていたメルロー、ダルグ、カナリは気絶した。スルとシアはまだ意識を保っている。

 それどころかシアの体には透明な膜が張られていて、キーロンの一切の攻撃が効いていなかった。

 

「〝膨張〟」シアはキーロンだけを吹き飛ばすことを意識して異能を発現したが、弱く担当者の肉壁で塞がれてしまった。

「無駄ですね!その子供が何の異能を使ってるか私にはわかりませんが弱い!弱すぎる!私のことをまるでつかめていない!未熟ですね、子供の突然発現した力で私を何とかできると思ったのですか?」

 スルは笑いが止まらなかった。キーロンをシアの力で抑えられるなんて毛頭思っていなかった。その想定内のことを意気揚々と喋っているキーロンの虫けらっぽさが面白おかしかった。

「肉壁が増えましたよ」キーロンはダルグ、メルロー、カナリも肉壁に含めた。

「ハハハ、どうします?一気に傷つけますか?哀れなる子供よ」

 シアはこれ以上自身の力ではどうすることもできないかもしれないと呼吸を荒げて不安に思っていた。

「シア、落ち着いて」スルはシアに声をかけた。

 

「キーロン、君、目先の僕たちの事に意識しまくってて、自分の事、何もわかってないようだね」

 スルは蜘蛛を少しずつキーロンに近づけていた。マスターキーを探す蜘蛛とは別に、キーロンの口元に向かうための蜘蛛を張り巡らせていた。蜘蛛は迷彩効果があり、物理的な攻撃では不利だが、異能をすり抜けることができた。

 磁場が少しずつ弱まっていく。私の力が思う存分出せない。緊急要請で承認された新薬の効果が切れているのか?キーロンはようやく自身の体に付着している蜘蛛に気づいた。口元にも蜘蛛がいる。蜘蛛が私の皮膚を刺している?

「君の体に直接毎日ジュースを注ぎ込んでいる。血管から入ってるから少量でも効果があるようだね。君たちが開発している薬で君を無力化できる。皮肉なことだね」

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2025年1月11日 09:00

ど住 左耳右耳 @lreras

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