第10話 いつもいた部屋
「ようやく合流ね、で、どうなの?私はもう精一杯なんだけど!」メルローの額にはかなり汗をかいていた。
「やることはやった。もうそれ、解いていいかも」シアがそう言うとメルローは膝をつき、大きく呼吸をした。
「必死だったんだから。カメリ、相変わらず化物みたいな体力ね」
「あの人が俺を鍛えたからな」ダルグは疲弊したメルローを案じていた。
「ようやく見えました。異能の押し相撲では私には勝てないようですね」カメリの手からは血が出ていた。清掃員らはほぼダルグによって気絶させられている。
「確かにそうだけど、僕らの後ろを見てごらん」
スルとシアの背後には、スルの扇動が効いた他の担当者や子供達がぞろぞろと着いていた。
「彼らも僕らと同じ気持ちらしいけど、清掃員監視長、どうする?」スルはカメリに問うた。
背後から1人の子供が担当者らをゆっくりとかき分けて、スル達やメルローやダルグも抜けてカメリのすぐ傍に走っていった。赤い髪をしている子供がカメリ目掛けて走っていった。シアはその様子を眺めていた。
「ママ」子供はカメリに抱きついた。
「あのね、ここから抜け出せるんだって!この前11歳になったんだよ。ママ」
カメリは咄嗟に硬化の異能を発現した。
「ママ、ゴツゴツしてる」それでもカメリに抱き着いている子供は離さなかった。
「ママ、外でやりたいことあるの」カメリと同じ髪の色をしている子供はそのまま伝えた。
カメリは硬化を保っていたが、殴ることはせず黙って聞いていた。
むしろ硬化が少しずつ手や足から剝がれていく。
「あのね、ここから出たら、ママとしたいことがいっぱいあるの!サクサクした氷の食べ物を食べたり、水族館ってあるんだけどおそろいのリボンをして出かけたり、買い物したり、一緒にママとご飯食べたりね、パパはしばらく帰ってこないって言ってたよね。一緒にパパを待ったりして、お歌も歌ったりしたいし、そうだ、友達もできたんだよ!お菓子も一緒に食べたいし、ママ聞いてる…?」
私は何をしているのだろう。私は今にでも殴ることができる。
硬化の力は維持ができている。あの岩壁はひたすら殴れば破壊できるだろう。
メルローは疲れているだろうし、あのダルグの力は私には有利だ。
大した力ではない。私の力で難なく壊せる。
硬化を使えば容易い。
この子も殴れば、殴れない。
殴りたいとは思えない。
殴りたくない。
殴れない。私の拳は何のためにある。攻撃するためだ。
でも殴れない。
私と同じ髪をしているこの子。私はこの子を傷つけることはできない。
この手はこの子を傷つけるためにあるものじゃない。
カメリは硬化を解いた。
脳裏にあるふわふわした指示のようなものを遮るため、カメリは後部を手で振り払う仕草をした。
邪魔だ。今の私の手は、この目の前にある私の子供をただ抱きしめるためにある。
「フルル…」目の前で私の事をじっと抱きしめているのは私の子供、フルルだ。
懐かしい。少し大きくなったかしら。
カメリの目からは涙が溢れ出ていた。
カメリの背後にあるうっすらとした糸はカメリの体から離れていった。
スルはフルルとカメリを眺めて、微笑ましいねと呟いた。
そう言うスルの顔はあまり興味なさそうにシアには見えた。メルローは幸せそうに笑っていて、ダルグはカメリが何か起こさないかと身構えていた。
「カメリさん!」担当者達が後ろから駆け寄りカメリにハグをする。カメリは他の担当者からも信頼が厚かった。
「ここじゃ混乱するなぁ…シア、もう一度異能出せるかい?」
「うん、何となく出し方わかる。風船を膨らますようなイメージがある。膨張する力だ」
「よし、皆。感動の中悪いけどここで騒ぐのは馬鹿がすることだよ!画期的な〝場所〟があるからそこで話そう」
「画期的な場所って、俺の部屋?」
シアが元いた部屋には担当者や子供達が大勢いた。それでも十分収容できるほどの広さだった。
「シア、この部屋いっぱいにお願い」スルはシアに異能の発現を命じた。
スルはポケットに潜ませていた蜘蛛を部屋にあるカメラのレンズを覆い見えないようにしたり、零れたままの毎日ジュースを蜘蛛に調べさせたり、部屋の向こうに蜘蛛を配置させていた。
「うん…〝膨張〟」
風船を膨らますイメージだ。
この部屋にいる人の体をゆっくりすり抜けさせて部屋にいっぱい透明な風船を膨らませる。
無事、透明な膜はシアの部屋中に広がった。
「これでいいか?」
「シアにはしっかり見えてる?僕らは見えないけど」
「広がってる。膜は部屋中を包んでるよ」
「シアって何の異能なのかしら、空気?とも違いそう」
「膜は吹き飛ばすこともできそうだし、今は包み込んでるけどそれもできそう。あとは俺の体に透明な膜がまとわりついてる」シアは自身の腕や手をじっと見ていた。
「バリアのような力もあるのかもね」スルは推察した。
「そうだ。そろそろ子供達にも毎日ジュース、飲ませたほうが良いのでは。ここで一気に暴れられては困ります」カメリは提案した。
フルルはカメリの膝の上に座っている。
他の子供達の様子を見てみると、シアの本棚でおもむろに好きな本を読んでいた。
担当者はしばらくしてから少しずつ毎日ジュースを飲むよう促し、子供達は眠りについた。
「膜を開かせたのはなんで?」
「特に意味は無いけどね。念には念をだ」スルはシアが出した膨張の膜が見えなかったが、何とか見てみようと目を細めていた。
「お前に力の使用を慣れさせるのにもいいな」ダルグは腕組みをしていた。
「カメリの権限ではキーロンが何の異能を使うかわからないの?」メルローはカメリに質問した。
「私でもわからない秘匿事項ね。残念だけど」
「キーロン相手1人だぞ?突っ込んで捕獲すればいいだろ」
ダルグは子供達を寝かしつけた後、担当者全員とシアでキーロンを数の多さで捕えればいいと考えていた。
「増員されるリスクは?」
カメリはスルからの質問に対して回答する。
「キーロンならやりかねない。あの人、他人任せだから。責任を負うのが怖いのよ」
「確かに」スルは頷いた。
「これは私の予想だけど」メルローは挙手した。
「キーロンは人間を操ると思うのよね。カメリ、さっきと今とでは全然違うじゃない?今じゃ昔の口調だし。人格すらも操るんじゃないかしら。清掃員達は全員操られていたし、10人以上は一度に操れると思う」
「そうだとしたら、俺らが操られたら終わりだ」シアは答えた。
「そうだね。ダルグが言ってた強行突破、割とアリかもね」スルはダルグの無謀な考えを肯定的にとらえた。
キーロンは自身の拠点長室で資料整理をしていた。
今回の拠点長間会議はとても有意義なものだった。それはいい。
だが、反逆の担当者、あれはシアの担当者達…。シアの部屋のカメラだけ真っ黒で何も映っていない。
待て、他の子供達はどこにいる?私が緊急要請の決裁を得ている最中に…カメリはどうなってる?
「キーロン拠点長、よろしいでしょうか」
「カメリ清掃員監視長、入ってください」
カメリは1人、拠点長室に入室した。背後にはシアやスル、担当者達が隠れて待機している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます