第9話 新しい目的と選択

 シアとスルは子供達の部屋がある付近に向かって歩いていた。

 

「スル、さっき教えてもらえなかった異能って?逆方向だけど俺たちはどこに向かってるんだ?」

 シアにはまだ余裕なほど体力があった。どちらかと言うと、普段生活しているよりかも心身共に元気だった。

 視界が鮮明に、判断が明確になっているような気がする。

 シアとスルは拠点長室からは逆方向に歩いていた。

 異能の種類は人によって異なる。

 例えば、水の異能が使えたとしても池や海の水を操作したり、空気の水を集めたり、形状を変えることができたり。鍛錬や経験によって使える技の種類は増えたり変化したり、時には想像力が必要な時もあるらしい。


 「恐らく、メルローとダルグだけではあのカメリって人を制圧することはできない。僕は最初からそう思ってたんだ」

「つまり、その手助けをするために俺たちがここに来てるって事か?」

「飛躍した考えだけど随分察しが良くなってきたようだね、毎日ジュースを飲まなかった恩恵かもね」スルは何だか誇らしかった。

 灯りが少ない。だけど気配は感じる。

 部屋の外から担当者と子供達が僕らを見ている。

 さて、ここからは僕の専売特許。

 

「君たち、カメリは知ってるよね」スルの声は辺りに響いた。

「お前達何の真似でこんな事してるんだ」別の担当者の声がした。

「見てわからない?この子を外に脱出させようとしてるんだよ。ついでに僕らシアの担当達もね。子供達も君ら担当者も毎日毎日同じ生活、うんざりだろ?何の真似かと言えば現清掃員監視長、カナリが過去やって失敗したことを今してるって答えになるかな」

「カナリさんの…」

「君たちも薄々気がついてるだろ、彼女はカナリ、元拠点長。自分の子供も現在このマゼンタ拠点に収容されて毎日ジュースの治験体として扱われている。僕にはよくわからないけど親が子供の安全を願うのは当然の事なんだって。ま、彼女はそれを願うあまり無謀な行動をして失敗してしまったらしいけどね。僕らなら失敗に終わらせない。現に同じくして治験体であったこの子、シアは毎日ジュースを飲む事を止め、異能を得た」

「それはこの拠点での禁則事項ではないか?」担当者の1人はスルを指摘した。

「ねえ、外って何?チケン?」別の子供達もざわざわし始めていた。

「あいつの言うことは聞かないで」担当者は子供をまるで親のように扱っている。

「いいかい、禁則事項とかもうそういうレベルの事を言ってるんじゃないよ。最初で最後のチャンスだけど僕らはここを抜け出そうとしてる。君たちもどう?君たちも同じなら、それはとても心強いんだけど」数は多ければ多いほどいい。

「どうって…ここから出たらどうすればいいんだ。俺の故郷はもう滅びた。帰る場所がない」

 担当者から嘆きの声が聞こえる。

「ここにいればただ同じ仕事をするだけで生活ができる。飲み食いができる。生きる保証がある。保証の無い外の世界でどうやって生きればいい?」

「そんなの知ったこっちゃない。自由に生きれば?新しい街で住むのもいいし、子供達は親元に帰りたければ帰せばいい。僕らの仲間が外で待ってる。ちゃんと目的地に届けるけど、そこから先の生活は君たちがどうしたいか考えることだ」スルはシアの背中をポンと叩いた。

「シアは、ここから抜け出したら何したいんだっけ?」シアはスルに聞かれ、俯いていた顔を見上げた。

 

「俺は、外の世界が見たい。本に書いていないことを触れたり自分の肌で感じたい。あとは野菜も育てて食べたいし自分の力でどうにか本の知識を使いながら生きてみたいんだ。それに、よくわからない最近目覚めた俺の異能が何なのか、あと、俺の親がどこかにいるのなら会ってみたい。外で生きることは不安なのは俺も思っている。何が起きるかわからない。でもこのままの生活はもうまっぴらごめんだ。助けてくれる仲間も生きていればできるはず。そう信じてる。そのための一歩だと俺は思う」

 他の担当者がざわつきはじめた。子供達はスルとシアを見て目を光らせている。

「そういえば今日の清掃って来たか?」

「来てないわ。一体どうなってるの…?」担当者達はざわついている。

 

 スルはニヤリと笑った。

 「僕、昨日担当者に配属されたんだけど、ご挨拶のためにプレゼントを渡したんだ。お疲れでしょうから是非飲んでリラックスしてくださいって。疲れが取れますよって。中身をすり替えたジュースをね。まんまと飲んでくれたみたい。異能の制限と24時間の強い睡眠作用のある毎日ジュースさ。カナリの元で働いてる清掃員以外の人達やカナリ以外の清掃員監視長も皆、すやすやと眠ってるよ。さあ、僕らチャンスだよ。皆、これを踏まえてどうする?」


 カメリはメルローが発現した岩壁を未だに硬化の異能で破壊し続けている。

 メルローもまた、カメリを突破させまいと岩壁を発現し続けている。

 ダルグは崩れた岩壁の隙間から魚群を出し、少しずつではあるが確実に清掃員の意識を飛ばし、気絶程度に済ませている。

 

「カメリは実の子供の事や自分が何をしたか、記憶が無いようだわ。子供の事はわからないみたい」

「キーロンが何かやったのか」ダルグは魚群を飛ばし続けていた。

「あなたは知らないだろうけど、カメリはキーロンと違って高圧的な拠点長じゃなかったわ。カメリが拠点長だった時は、清掃員にも担当者にも在庫係にも、もちろん子供にも分け隔てなく全ての人に優しく接してくれて皆信頼していた。カメリがあの暴挙、自身の子供を脱出させようとした事を唆したのは、当時在庫係だったキーロンよ。キーロンはいつもの報告の時にカメリを扇動したのよ。禁忌を犯したカメリはしばらくの間投獄、成果を出したキーロンは一気に拠点長に繰り上がり。それと同時に子供達の総入れ替えがおこなわれてこのマゼンタ拠点は10歳前後の子供達が配置され、同時に毎日ジュースを毎日飲むようにという命令が下りたわ」

「その前に異能に目覚める子供達はいなかったのか?」

「いたわ。毎日ジュースを飲まずに目覚めた子達は暴れる事なく異能を発現したの」

 

 メルローはカメリと仲が良かった。

 カメリもモラル・マリーの愛読者で仕事を終えてから在庫係から注文した最新本を読み合い、ビールを飲みながら感想を言い合うことが楽しかった。

 モラル・マリーのサイン会にいつしか行きたいねとか、でもどんな人か素性を明かさないからもし会ってみてイメージと違ったらどうしようとか、このコラムは実体験が含まれているのかとか、様々な考察をお互いしながら時間を過ごすことを幸福に感じていた。

 お互いの出自も明かし、境遇が似ていることで尚更仲が良かった。

 

「ねえ、カナリ!聞こえているなら答えてほしい。あなた、本当に子供の事忘れてしまったの?赤い綺麗な髪があなたと似ている、何も疑うことの無い純粋で素直な子供よ。あなたはあなたの子供の名前すら忘れてしまったの?」メルローは岩壁の向こうでひたすら岩壁を破壊しているカナリに声をかけた。

「そんなこと知りません。わからない」カナリは手を硬化して岩壁を殴り続けているが、その手は傷だらけになっていた。


 スルとシアはメルローとダルグの元に向かっていた。

「やることはやったけど、シア、今のところ体調は大丈夫かい?」

「結構すっきりしてる。すっきりしすぎて目がチカチカしてる。ちょっと気持ち悪いかも」

 シアの目はパキパキと見開いて、足元は少しフラフラしていた。

 だが、いつもあの毎日過ごしていた部屋でじっとしていた頃よりかはいくらか心地よかった。

 気になることがある。親の事だ。


 蟻も蝶も自然発生して増殖する生物じゃない。親が子を産む。

 老いた生物は寿命を迎えて死ぬけど、子は親になりまた子が産まれる。

 命の循環が生物にはある。俺にも親が外の世界にいるのなら、どんな人なのか知りたい。

 外の世界に出る目的が増えた。

 

「スル、俺の親のこと、知ってる?」

「うーん、僕は万能じゃないよ。知らないことだってある。あと、あんな手紙ではやっぱり僕の事許せないかな?」

「もう別にいいよ」シアはフラフラしているが確かに踏みしめて歩みを進めていた。

 別にいい、か。大方、シアは僕の事許してくれたみたいで良かったと言質を取れたスルは安堵した。

 

「そういえば、ダルグとかメルローのほかにも担当者はいたけど、そもそも何でここにいるの?」

「僕が知る限りでは、拠点にいる担当者っていうのは、外の世界で何かしらやらかした犯罪者だったり、潜在的に犯罪をしようとしていた人たちの集まりだよ。捕まってここで仕事をしてるんだね」

「メルローとダルグも?」

「そ、でもそれは君が彼らから聞くのがいいんじゃないかな。こう見えて、僕は口が軽い時は軽いし、堅い時は堅いんだよ」

「わかった。あと、さっきさ、担当者は犯罪者もしくは予備軍って言ってたけど、スルもそうなの?」

 この子は勘が鋭いな、もしくは好奇心の塊ってだけなのかな。

「まあ、そうだね。簡単に言えば、僕はこの拠点の大元と敵対してる反抗勢力だよ。これはここを抜け出したらちゃんと話すから、ほら見えてきた。やってるやってる」

 スルとシアの眼前には大きな岩壁をひたすら作っているメルローと援護するダルグの背中が見えた。

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