第8話 清掃員監視長
シアは自身の体に起きている事を冷静さを取り戻し少しずつ大切に時間をかけるように理解しようとしていた。
視界はチカチカする。手や腕や身体を眺めてみると、うっすらと透明な膜のようなものが層を作っている。
周囲を見渡して、白い髪をした小さなスル達が近くにいる事もうっすらわかるし、清掃員監視長やさっき喋ってたやたら偉そうな男もぼんやり逆方向に離れた場所にいることもわかる。
次第に、大きな空気の層はゆっくりと消え、シア達や他の人をしっかり見ることができるようになった。
「シア、こちら側に来て」メルローはシアに声をかけた。
走ってシアはメルロー達に合流した。ダルグが肩から血を出している事にシアは気づいた。
「ダルグ」シアはダルグの様子を心配そうに見ていた。
「これは大丈夫だ」ダルグはシアに傷つけられたり殴られた事を黙ろうとした。
「何が大丈夫だよ」スルは黙っていなかった。
「君がダルグの肩を噛んだし、君がダルグを殴った」
シアはショックを受けていた。正直記憶が無い。だけど、シアは言う事は正しいのだろうと納得した。
「毎日ジュースを飲まなかったんだ。その好転反応で君は暴れてしまったんだね。君は僕が書いた手紙の内容を理解して実行してくれた。結果、君にはその異能が解放された」
「異能?」
「話をする余裕は今は無いのだけど、そうだ、僕の謝罪は受け入れてくれるかな?」
「考え中」
スルはシアにそう言われ、苦い顔をした。
「さて、清掃員は容易いです。下準備が整いました」キーロンの声が廊下に響いた。
「清掃員、眼前の忌わしい4名を力尽くで取り押さえなさい」キーロンが清掃員らに命令した。
清掃員らはひたすら走ってシア達に向かってくる。
ダルグは異能の発現のため再び手を翳した。
「ダルグ、数が多すぎてあなたでは不向きだわ」メルローはダルグを制止した。
「ここは私が抑える」メルローは勢いよくがむしゃらに走って向かってくる清掃員達の方向に手を翳した。
「〝岩壁〟」廊下の地上や壁が1つの大きな岩壁になり道を塞いだ。
メルローは周囲に岩がある時に操ることができる異能者である。
清掃員達は岩壁にぶつかり、それでもなお体をぶつけて岩壁を破壊しようとしていたが、岩壁はびくともせず簡単には崩せない。
「メルロー助かった。シア、これがここの地図だ」スルはシアにマゼンタ拠点図を見せた。
簡素な地図であったがシアは蟻の巣のようだと思った。
「メルロー、ダルグ。一旦ここは君達に任せられるかな?大幅な予定変更だけど時間稼ぎしてほしい」
「大幅すぎるわ!どうなるかわからないわよ」
「また時間稼ぎか!お前は何するのか教えろ」メルローとダルグは声を荒げている。
「僕はシアを連れて逆方向に行って、子供達の各部屋で子供達と他の担当者達に話をしてくるよ。これは賭けだけど。僕ならできるから!シア行くよ」スルはそう言うとシアの手を引っ張って走って行った。
「全く勝手すぎるわ、ビール奢らせないと気が済まない、無理」メルローは再度岩壁を発現し岩壁の層を作り清掃員達を抑えている。
「この岩壁があると邪魔で俺は魚群達を出せない」ダルグは岩壁をパンパンと叩いた。すぐ側では清掃員が岩壁を怖そうと勤しんでいる。
「邪魔で悪かったわね、岩壁が破壊されたらその隙に魚群出して」
「それでいけるのか?」
「多分無理、苦し紛れよ」
案の定、岩壁が破壊され向こう側が見える。
カメリが右手拳を前に出している。
「くそ、〝魚群〟」ダルグは魚群を発現し数匹の魚を放ったが、カメリが左手拳で殴り、容易く消してしまった。
「鍛錬が足りないようですね」カメリはダルグに指摘を入れた。
このセリフ、俺は憶えている。忘れるはずが無い。
故郷を壊滅されてから他の村を襲って食糧を奪って、何とか食い繋いで生き延びようと必死だった。俺の悪行は地域で広まってやがて荒くれ扱いされて、どうしようもなかった時にこの拠点の担当者になれば金も稼げるし飯も食えるという事でカナリから勧誘を受け配属させられた。
有り余る暴力は、あの人が言った、本当に大事なものを守るために使えと俺を軌道修正してくれた。
今目の前に清掃員監視長として立ちはだかってるのは俺の恩人、カメリだ。
ダルグは額から汗をかいていた。
「あなたも知ってると思うけど、あの人の異能は身体の硬化。練度の高い硬化は、私達の力では抑えることはできない。私の岩もあなたの魚も崩されてしまう。こうなる事はスルは予知していたかしら?今、私達はかなり不利よ」
「キーロン拠点長は火急的事項と判断して緊急要請のため拠点長室に戻りました」カメリは岩壁を殴り、崩して清掃員達が走って向かう為の道を開けていた。
「やけくそだ!〝魚群〟」ダルグは攪乱を試みるが、カメリは硬化した腕で魚群を弾いた。
「失敗したのに、効くはずないじゃないですか」カメリは足下の岩を蹴り岩の礫をダルグに飛ばした。
「〝岩壁〟」メルローは防御に成功した。
「こんな好戦的な人だったかしら…仕方がないのね。彼女を上から岩で潰すわ」メルローは苦渋の決断をした。
「それは危険だ、彼女を殺しかねない。周りにいる清掃員もだ。余計な犠牲は作りたくない」ダルグが制止した。
「優しいのね。そうでもしないと止められないわ。それに捕まったら今度こそ終わりよ」
私だってカメリや関係のない清掃員を殺したくないわ。乗りかかった船、これは絶好のチャンス。
何とかものにしないと。ちまちまやってる暇はカメリは与えないはず。
ちまちま…?そうだわ。
「カメリ元拠点長。あなたはなぜ拠点長から清掃員監視長に位が下がったか、理解できているかしら」
「何が言いたいのですか」カメリは歩いて向かってくる。
「それはキーロン拠点長がこのマゼンタ拠点にふさわしいと上が判断したからでしょう」
「いいえ」メルローは確かにはっきりと答えた。
「あなたは禁忌を犯した。だから今清掃員監視長の立場に成り下がってしまった。あなたの禁忌の内容は…」
「それは違います。残念ながら私は、残念という言葉は適切ではないかもしれませんが。…」カメリは黙ってしまった。
カメリはその先の言葉をうまく出せないでいた。
その戸惑いや躊躇いを遮り、キーロンに言われた言葉が脳裏にフラッシュバックしてきた。
〝あなたは清掃員監視長としての辞令を出しました。大切な役割です。これは清掃員の監視。綺麗に子供達の部屋の掃除を清掃員が終えるまで観察する単純で簡単な仕事です〟
私は何なりと了承した。清掃員達の監視。
だが昨日突然、この拠点における位の配置替えがあった。清掃員監視長は担当者含む監視の仕事を与えるというものだった。拠点長からの指示は絶対だ。
〝そろそろあなたの快復も見られたので、ひとつ仕事を増やす事にしました。徐々に元に戻していきましょう〟
「私はあなた方を止める義務があります」カメリはメルローとダルグを睨みつけ、清掃員達はカメリの後ろで2人のことをカメリと同じように睨みつけていた。
カメリの事は、私とスルが知っているみたい。
ここには私しか彼女のウィークポイントを知ってる人がいない。メルローはカメリと対峙した。
「あなたが犯した禁忌、それは大切なものを守るために行動した結果。何かわからないのかしら?」
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