第7話 初めての異能
かわいそうだ。
ダルグはシアを担いだ。
「医務室に連れていく」
「無断での判断は許せません。これは禁則事項の干渉です。拠点長に報告します」清掃員監視長は発信器を出した。
「お前に敵意はないが、すまん」ダルグは清掃員監視長が手に持っている発信器に向けて手を翳した。
「異能の発現は拠点長の許可無くては禁止されています!」
「お前も所詮はマニュアル人間か、だが、敏感すぎだな」
ダルグは手を振りかざして清掃員監視長が手に持っている発信器を弾いて破壊した。
「シア、大丈夫か!抜け出すぞ」
「ううう…」シアは苦しそうにしている。
ダルグはシアを担いで、シアが17年暮らしていた部屋からの強行脱出を試みた。
「ダルグ!」担当者寮から一部始終を映像で見ていたメルローとスルは飛び出して、メルローはダルグを呼んだ。
「随分強行だけど、咄嗟の判断としては及第点だ」
スルはダルグの強引さに感心した。
「一気に行くぞ、拠点長室だ」ダルグは声を荒げた。
一行は、監視長室がある方向に走った。
「ダルグ担当、待ちなさい」背後から清掃員監視長がそう言うと、清掃員達が立ちはだかった。
清掃員監視長は憤慨していた。
「さて、今日は何の日でしょう?清掃員監視長」スルは質問した。
「今日は…監視長間会議…この日を狙って…!」
「正解!ま、発信器壊してるから連絡もできないんだけどね、残念。僕ずっと思ってたんだけど清掃員監視長、長いんだけどあなたに名前は無いの?」スルは煽った。
「私にはここで伝える名前はありません」清掃員監視長はまだ冷静だった。
「そ、じゃあ僕が知ってる情報を言うんだけど、君の名前はカメリ。9年前のマゼンタ拠点元拠点長だね」
「カメリ…」メルローは狼狽していた。
「メルロー知ってるのか?」ダルグはメルローより後株でキーロンが拠点長として配属されてからの担当者だった。
「私のことはいいです、今すぐにでも部屋にその子を戻しなさい」カメリは激しい口調で命令した。
「カメリ元拠点長、君は…」
「スル、黙って」カメリのことを言おうとしたスルをメルローは制止した。
「カメリのことは言わない。わかったよ。でも僕やメルローは君の事を知っている。そういった事情があって、今、清掃員監視長になっているってこともね」スルはそう言うとメルローの目を見て窺った。
「カメリ、お前が何だか知らんがこのマゼンタ拠点は治験場だということだ。俺の背中で苦しんでるこの子供を見て何も思わないか?」ダルグはカメリに問うた。
「私は清掃員監視長であり、この暴挙を防ぐ立場です。キーロン拠点長は本日拠点長間会議で不在、代わりに最高権限は清掃員監視長である私にあります。せめて彼を部屋に戻していただければ毎日ジュースを飲んでいつも通りの生活に戻ります。あなた方の裏切りは伝達しますが、子供の安全を第一に考えてください」
カメリは妥協案を担当者らに提示した。
私は清掃員監視長として業務に従事している。
私の今までの事など捨て置いていい。私の目的はただ一つ。
「業務外で申し訳ありません。目の前の担当者を清掃してください」カメリは清掃員達に指示をしてダルグら担当者を抑えるように命令した。
「お待ちください」清掃員達の後ろにあるエレベーターから声がした。
「想定外」スルはただ一言そう言った。
「日記帳の許可はとても有意義だと会議で肯定意見が多くありました。子供達の意見を日記に書いてもらうことを義務付ける。治験の成果として画期的とのことでした。目指す幸福の一歩につながるとても好感の良い意見しかありませんでした。私もこのマゼンタ拠点の拠点長として誇らしい限り、でした。ですが、意気揚々にして会議が繰り上がりで終わって安堵して戻ったのですが、このザマは何でしょう?私は、あなた、清掃員監視長に担当者以下の権限を有する決裁をしました。その初日、あなた、これは一体どういうことですか?子供が部屋から出ているではないですか。ああ、よだれまみれで苦しそうです。あなたはそれを見たのでしょう?なぜあなたはすぐに私に報告しなかったのですか?」
キーロンが想定より早く拠点に帰還していた。スルは想定外であることに次の計画を考えていた。どんな一言を、急所になりえる決定打が無いかを考えていた。
「ううう…ああああ」ダルグの背に乗っていたシアはダルグの肩を思いきり噛んだ。
「ああ、かわいそうな子。私が毎日ジュースを持っています」キーロンはシアに声をかけた。
「苦しい……息が…」
「シア!」ダルグは思いきり噛まれた肩を抑えていた。
シアはダルグから離れ、床を這いつくばってキーロンに少しずつ向かっていた。
ダルグがシアをキーロンに向かわせないように抵抗したが、シアはダルグを殴った。
「結構痛いな…筋トレのおかげかもな…」
「シア!そっちに行かないで」メルローは叫んだ。
「俺は毎日ジュースを求めているシアを力ずくで抑えることができない。だって、今まで見てきただろう?素直で純粋で健気で、でも今こんな苦しんでるシアを俺は傷つけることができない」
「シア、僕も毎日ジュースを持ってるよ」
スルはシアを促した。
もちろん嘘だ。でもこれは僕の責任だ。
シアはスルの方向に向きを変えてのそのそと体を動かした。
そもそも毎日ジュースが無ければシアがこんなにならなかった。
一度飲まなかっただけでこんなに依存することもなかった。
「毎日ジュースを飲まないとどのようになるのか記録しましょう」キーロンは手元からカメラを出して録画し始めた。
「この新薬の開発はもともと画期的だということで補助金申請も承認されています。子供達の毎日ジュースを少なくしてみたらどのように変化するでしょう。そのために、シア、あなたが提案した日記は本当に良い提案でした。良い検体ですね」
キーロンは本物の毎日ジュースをシアにちらつかせた。シアはキーロンの元に急ごうとしていた。
「ハア…ハア…」
「俺が抑える」ダルグはシアの肩を掴んだ。
暴れるシアをダルグは抱きしめようとするが、シアはダルグを睨みつけダルグは肩を掴んだ手を離してしまった。
スルはゾンビのように地を這うシアを見下ろした。
時間の問題だ。もう少し…。
苦しい。ひどく喉が渇く。
水が欲しい、あの紫色の毎日ジュースが欲しい。あれを飲めば苦しくなくて済む。
シアの頭上には透明な小さい空気の塊が数個浮いていた。
あの先…毎日ジュースを持っている男…を抜けたら俺が願っていた…が待っている。…を抜けたら、…がある、…があって、…そうだ。虫にも触れるかもしれないし、自分で野菜を作れるようになるかもしれない…本に書いてなかった、部屋では感じることができなかったことがあの先には待っているはず…。
シアの頭上にある空気の塊はゆっくりと集合し少しずつ確かに大きくなっていった。大きくなった透明な空気の塊は薄く拡がっていき、一気に周囲の人間を吹き飛ばした。
スルやキーロンらは勢いよく吹き飛ばされた。
「これは…」キーロンは吹き飛ばされ、カメラを落とし壊してしまった。懐から緊急要請の発信器を出した。
「ダルグ、あれを壊してくれ」スルはダルグに命令した。
「きたんだな。〝魚群〟」ダルグの手から勢いよく発射された魚群はキーロンが手に持っている発信器を破壊した。ダルグの異能は魚類を発現し操ることができる。
「脱出の機会だ。改めて、僕らはこのマゼンタ拠点を抜け出して自由になる。キーロン、君に僕たちを止めることはできないよ」スルはキーロンに宣言した。
廊下でおこなわれていた一連の出来事を、他の子供達や担当者は隠れて眺めていた。
清掃員監視長はキーロンの指示を待っていた。
「背任行為です、私の計画を潰そうとしているということですね…」
「気づくのが遅いわ」メルローはキーロンを指摘した。
「拠点長の私を裏切ることが何を意味するか、あなた方には新薬の治験者になってもらいます。異能の開放をしてしまった子供、すでに異能を使用できるあなた方に、この新薬を飲ませたらどうなるのか、新薬の量を増やしたり減らしたりしたらどうなるのか、急に与えてみなくなったら自滅するのか、研究はつきませんね」
キーロンは異能の発現のため、手を翳した。
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