第6話 脱出作戦開始

 計画の大目的はシアに毎日ジュースを飲ませないこと。子供に毎日ジュースを飲ませない前例が無い。どうなるか予想がつかない。

 メルローとダルグは自身らの異能の力をスルに共有したが、スルは自身の異能を明かさなかった。

 

 スルは間取り図はどこかのタイミングでシアにも見せるという事だった。あいつは何者だ、何の目的があってここに潜りこんだのだろう。どこまで信じれるかわからない。

 だが、俺とメルローの目的を果たしてくれるという約束もしてくれた。俺たちは共犯者だ。

 ここを抜け出したら何が待っているかわからない。でも目的のためには協力すると決めたんだ。

 

 手紙が散り散りに空を舞う様子をダルグは眺めていた。スルは用意周到だな。

 それに、シアは記憶力がいい。

 俺が提示した筋トレリストの違いを毎日指摘される。

 一度手紙の内容を見たら、きっとこれからも忘れないだろう。

 手紙に何か細工があったのだろうが、スルの異能があれなのか?

 あいつは頑なに出自を明かさずぼやかした。俺とメルローは明かしたのに。まあ、事が順調に進めばいいか。

 

「ダルグ、仮に聞くけど、毎日ジュースを飲まなかったらどうなる?」

「すまない、俺にもわからない」

 こればかりは前例が無いので本当に分からない。すまん、シア。

「ダルグ担当、毎日ジュースは必ず飲むように決められています」清掃員監視長がダルグの背後から答えた。

 監視長がつっこんでくるのは想定外だ。担当者の仕事だとダルグが答える。

 

「ええ、分業していますので私達清掃員は介入できません。ただカメラがありますので、一連の内容の映像は各担当に伝わり、担当は拠点長に必ず報告する義務があります」

「やけに詳しいな」ダルグが清掃員監視長の知識に驚いた。

 こいつは担当のマニュアルも熟知しているのか。ただ、この部屋にはカメラがあるから、シアが今どんな状況か担当者は見ることができるが同時に監視長にもバレる。

 なんで今日の担当がよりによって俺なんだ。


「シア、ご飯、ゆっくり食べろ。今日はいっぱい噛んで食べたほうが筋トレに良い」

 そんなことは嘘だ。筋肉には関係ない。恐らく。

 わかったと素直に応じたシアにダルグは少し安堵した。

 何となく、シアもここから抜け出したいということは前々からわかっていた。

 どちらかというと、この生活に飽きたというわけではなく、興味が外の世界に向いているのだと感づいていた。

 

「そうだ、ダルグ、今日の筋トレメニューは?」

 すっかり忘れていた。筋トレメニューはある程度期間を設けて作っていたのだが、メモしている手帳を持ってくるのを忘れた。

 シアの部屋から一時退出することは許されないため、自分の部屋に戻ることはできない。

「すまない。前回の筋トレメニューは憶えてるか?」

「うん。腕立てゆっくり30回、スクワット50回、あとはいつもの柔軟体操だったよ」

 シアはよく憶えている。朝食もいつもよりゆっくりのペースで食べ進めている。

 毎日ジュースには手を出していない。

 シアは毎日ジュースはご飯を食べ終えたあとに流し込むように飲むからな。

「今日も同じで大丈夫だ」筋トレをサボっていいということはダルグには言えなかった。


 清掃員達の清掃がどうやら終えたようだった。

 清掃員達はいつも清掃が終わると清掃員監視長の後ろに規律良く整列をして、事を終えたことを合図していた。

 だが、それを束ねる清掃員監視長の様子はいつもより違っていた。


「そういえば、ダルグ担当。これはこの子の担当者側にも共有はされているかと思いますが、彼は本棚の整理を希望していると」

 シアは本棚の整理をするための本を注文していたようだった。

「私は昨日も〝ここ〟の担当でした。どうでしょう?清掃員達がおりますので、本棚の整理をしてもよろしいでしょうか?」


 これは良くない時間稼ぎだ。一刻も早くこいつらには退散してほしい。

 シアは朝食はまだ食べ終えていない。ゆっくり食べてもらったからまだいつもより3分の1は残っている。

 それに毎日ジュースも飲んでいない。安心した。

 

 この柔軟な提案はなんだ?

 清掃員監視長はあくまでも清掃員の監視をするための役割しかない。

 だが、気になることがある。担当者である俺に意見を言った。

 本来であれば発言権のある序列は担当者が上なはず。

 

「さて、どのように整理すればいいか、ダルグ担当わかりますか?」

 そこまでは聞いていない。

「ごめん。俺はまだそこまで何の本を整理すればいいか、まだ考えてない」ゆっくりご飯を食べていたシアが答えた。

「種類別はどうだろう?」ダルグは苦し紛れの提案をした。

「当人の意見ではありません。我々は本棚の整理をするために、清掃はまだ完了していません」

「シア、どうだ」俺にはもうアドリブが効かない。

「うーん」シアは本棚を見つめる。大切な本ばかりだ。でもどれも記憶しているし本棚に置くのは不要だと思ったから整理したかった。

「処分というより他の人に分け与えてほしいかな。この一列の植物図鑑や動物図鑑、ミステリー小説ももう結末分かるしもういいかな。あと、隅にある本も」シアは立ち上がって本棚を指差した。

「承知しました。それではその部分の清掃を始めます」

 清掃員監視長がそう言うと、清掃員達は本の整理を開始して再び部屋に入った。

 

 良くも悪くも時間の消費をしてしまっている。

 だが、シアに毎日ジュースを飲ませない時間は稼いでいる。良しと思うべきか。

「ごめん、やっぱり本棚の清掃はまた今度でもいいかな」シアは恐る恐る発言したようだった。

 

 シアも少しばかり、毎日ジュースを飲まないように時間稼ぎをしていた。

 毎朝、同じように生活していた。

 だけどこのほんの少しのきっかけで何かが動こうとしている。

 何か、動かせそうな気がする。

 外の世界を見てみたいと単純な願望が、今まで外れていたかどうかもわからない噛み合わなかったネジが結び合い始めて、少しずつ動き始めようとしているそんな気がしていた。


「わかりました。それでは本棚の清掃は後日としましょう」清掃員監視長は承諾した。

 ダルグは清掃員監視長の承諾に対して素直に清掃員が応じたことに、少しばかりの違和感を覚えた。

 清掃員は退出し、ダルグは一安心してしまった。

 

「まだ朝食が完了していないようですが」清掃員監視長は部屋に残っていた。

 担当者は飯を与え、子供の要望に叶えられる範囲で応え、飯を食うまでを見届ける。

 その最後を清掃員監視長が担当者に指摘するということはダルグは今まで感じたことが無かった。

「辞令を見ていないのですか?」清掃員監視長は辞令の紙をダルグに見せた。

 

「本日より担当者は清掃員監視長の監視下とする…?」

「要は位が変わったのです。キーロン拠点長から直々の辞令がありました。私は清掃員監視長。あなたは担当者。担当者は清掃員監視長の監視下、私の権限は担当者も属しています。つまり、あなた方担当者の異変は拠点長に報告する、その権限が私にはあります」

 ダルグは想定外の事に狼狽えていた。シアは本棚を見つめている。

 今にでもこいつをぶちかましたい。だが、それは計画にはない事だった。

 こいつはきっと見ていた。俺らの違和感に。

 清掃員監視長の名前は知らない。キーロンがそうしたのか、こいつがそうさせたのか?


「ダルグ担当、彼は毎日ジュースをまだ飲んでいないようですが」

「朝食はまだ食べ終えていない。シアは食べ終えた後に毎日ジュースを飲む」ダルグは冷静を保とうと必死だった。

「ええ、なので彼にお願いしていただけませんか?毎日ジュースを彼が飲めば、本日の仕事は終えるはずですから。そうでしょう?ダルグ担当」

 ダルグは決意した。ダルグは、咄嗟に毎日ジュースを零した。

「ああ!」清掃員監視長は狼狽した。

 シアはダルグが零した毎日ジュースのコップにただ視線を送り、そのあと、ダルグに視線を向けた。

 ダルグは、咄嗟の判断であったため、床を見続けていた。

 

「部屋の清掃が増えました。清掃員も退出していますので、ここは私が清掃をします。失礼」

 清掃員監視長は持っていた綺麗なバッグから乾いたタオルを出し、毎日ジュースが零れた床を抜いて一瞬にして清掃を終えた。

 清掃員監視長の無駄のない身のこなしにダルグは既視感を覚えた。

 

「代替えの毎日ジュース…そうでした。万が一毎日ジュースを不足した場合、担当者の負担とする。でしたね」

 清掃員監視長は立ち上がった。

「もしかして、この前例はありませんが、もしかすると、あなた、毎日ジュースをこの子供に飲ませないつもりではないですか?」

 

「あの、すみません」

 シアは清掃員監視長に尋ねた。

「毎日ジュース、毎日飲んでいるんです。苦いし変に甘いしおいしくない。他のご飯はいつもおいしいのに、今日食べたご飯もおいしいんですけど…でもこればっかりは毎日飲んでも同じように飲んでてもおいしくない。このジュースは何ですか?」

「これは…」清掃員監視長はこの先に何を言おうとしたか考えていた。

「このジュースを飲まなかったとしたら、どうなるんですか?」

 

 シアはあえて聞いてみた。

 きっとダルグは結構精いっぱいなのかもしれない。

 毎日筋トレ筋トレ言っていたし、こんな状況のダルグは見たことが無い。

 聞いてみるリスクを考えるのは今は無駄だと納得していた。

「毎日ジュースはおいしくないかもしれませんが、あなたの健康を保つため毎日飲む必要があります。」清掃員監視長は整然と答えた。

 シアは自身の身体に異変を感じ始めた。

 

 この話を聞いたからか。

 いや、違う。

 ダルグは部屋のカメラに目線を向けた。

 

「うう…ああああ…」シアは苦しんでいる。

「ダルグ担当、替えの毎日ジュースを早く手配しなさい。これは命令です」清掃員監視長は赤い髪を耳にかけた。

「わ、わかった」ダルグは発信器を操作し、保管庫係に連絡を入れた。シアが苦しんでいる。今まで見たことが無い。

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