第5話 担当者間脱出作戦会議
時間は巻き戻り、スル、メルロー、ダルグは担当者専用の寮で翌朝の計画について会議を繰り広げていた。
「協力するにあたって疑問点が色々あるのだけど」メルローはソファで酒を飲んでスルに尋ねた。
「日記なんて意味あるの?確かにさっき言っていたように自分の思いを文字に残すことは重要かもしれない。でもそれと今回の拠点からの脱出に紐づいているとはとても思えないのだけど」
「日記なんてブラフだよ。この手紙を挟み込みたいだけ。毎日ジュースを飲まないでってシアに伝えたいだけ。まあ謝らないといけないから書き直す必要があるんだけど」スルは手紙を書きながら淡々と話を進めていた。
「わざわざ日記って、毎週届く本じゃだめなのか?」ダルグは不思議に感じていた。
「だめよ。注文する本には必ず検閲が入るの。本の中身を見て子供に見せて安全なものとクリアされてから、わざわざパッキングしてから渡すの。変な物を挟み込まないようにするためね。注文する本は使えなかった。それに日記帳はこれよ」
日記帳と呼ばれるものは、担当者が普段報告書として使っている無地のノートだった。
メルローはソファに酒を少し零してしまっており、タオルで拭いていた。
「そう、私たちも報告書として使ってる何も書いてないノートを申請したら、本に比べたらかなり緩くてね。報告書の残りが切れそうだから新しいの発注してくれって頼んだら、書庫係が在庫からすぐに出してくれたわ」
「メルローは書庫係の人と仲がいいから、助かった」シアは手紙にどんな事を書こうか、ペンを置いて腕組みをして考えていた。
「で、毎日ジュースを飲ませないってのは一体どういうことだ?」ダルグは小腹がすいてバナナを食べていた。
「君たち、気づかなかったの?」スルは呆れていた。
「世界に住んでいる9割の人間は異能を使うことができる。異能は10歳を過ぎると徐々に発現が確認されているんだけど、この拠点に暮らしている子供達の年齢は全員10歳以上、異能の発現は確認できない」
「あの毎日ジュースが異能の発現を抑えてるってことか?」ダルグはバナナの皮をゴミ箱に投げ入れた。
「そう、毎日ジュースは異能の発現を抑えることができる。副作用として24時間の強い睡眠作用がある。彼らが朝食しか食べないし朝食後に眠りに至るのがそれだ。このマゼンタ拠点にいる子供達には全員、〝P-0624-BG〟、毎日ジュースと呼ばれている新薬を飲ませている。このマゼンタ拠点は大きな治験場で子供達は大切な治験者ってことだね」
「子供達が治験者…」メルローは驚き、すっかり酔いは覚めていた。
「スル、お前はシアに異能の発現をさせたいのか?」
「そういうこともあるかもしれないけど、僕は異能を抑えるあの薬やそれを是としている大元が気に入らないんだ。ま、それの抵抗をしたいってことだね」スルは手紙を書き終えていた。謝罪としてはこれで気持ちがこもってるはずだとスルは安堵していた。
「で、肝心の脱出なんだけど。私たちはこの担当者寮とシアの部屋、保管庫と拠点長室を行き来しているだけで、そもそも出口はどこにあるのかしら」メルローはビールの缶を片付けに台所に移動した。
担当者は配属が決まると拠点に到着し、拠点長室で拠点長と顔合わせをする。
拠点長室に行くまで目隠しをされているため担当者には拠点の出入り口はわからない。
「僕にもわからないんだけど、僕の仲間が渡してくれたこいつらが偵察してくれた」スルはポケットから複数体の蜘蛛を出した。
「おい、虫入れないでくれ」ダルグは虫が苦手だった。
「これは蜘蛛型のロボットだよ。こいつらを拠点に張り巡らせて、僕の仲間が拠点の間取りを転送してくれた」
スルは拠点の間取りが書いてある紙を見せた。
拠点長室は拠点の最奥に位置している。拠点長室の近くに保管庫や担当者寮、清掃員控室が配置されている。
その先に子供達の各部屋が左右に7つずつ分かれていて、シアの部屋は子供達の各部屋の中でも拠点長室から一番離れたところに位置していた。
「僕らはシアの部屋から出た後、拠点長室やこの担当者寮に移動する。出入口に続くらしき扉は普通に過ごしていたら見当たらない場所にある」
「そしたら、どこに?」メルローは間取り図を眺めていた。
「拠点長室の本棚が隠し扉だ。拠点長室にこの蜘蛛達を張り巡らせて確認してもらった。この蜘蛛は結構使えてね、この蜘蛛は定期的に迷彩機能がある分泌液を塗布する、らしいんだ。僕の仲間が言うにはね」
「有能ね、その仲間」メルローはスルのことを少し訝しげに思い始めた。
「そういうことが得意な奴でね。で、隠し扉の向こうには配属時に乗った出入口直通のエレベーターがある。これは配属した時に僕の体に蜘蛛をつけていて、蜘蛛がそれを見ていたから事実だよ。だけど問題がある」
「そのエレベーターを動かすための鍵ね」
「そう、正解」メルローをスルは指差した。
「その鍵は拠点長室にあればいい。嫌なのはキーロンが持っていること」
「キーロンが持っていたとしたら、キーロンと対峙は避けられないな。あいつの異能は何だ?」
「すまない、秘匿事項で調べることができなかった」スルは頭を下げた。
「私たちも見たことが無いのよね。拠点長や最悪、他の担当と戦わざるを得なくなるってことね。多分避けては通れなさそう。でもキーロンは明日拠点長間会議があるから、そこが狙いね。でも、シアはこの計画、理解して納得できるかしら?」メルローはシアのことを心配していた。
17年あの部屋でずっと暮らしていたシアはこの計画を飲んでくれるかしら。
そもそも彼がこの計画開始のスイッチで、そのスイッチが作動しなければ頓挫。失敗に終われば永遠に終わりで私たちも終わり。
でも、ここで死ぬまで子供達の面倒見るなんて私には正直うんざり。
子供達がもし死ねばきっと私たちは別の子供たちの担当になる。
これじゃあ、モラル・マリーのサイン会にいつまで経っても行くことができないわ。そんなの嫌、死んでるようなものよ。
それに、ダルグにも大切な目的があるって聞いたし、それは私にはあまり関係ない事だけど、何かあったら強行してでも脱出しないと。
「モラル・マリーに会えるのはいつかしら、楽しみだわ。どんな声してどんな顔してどんなことを私に言ってくださるのか、ワクワクが止まらないわ。私は共犯者になる。この事をモラル・マリーに伝えてみたら素晴らしい小説を書いてくださるかしら」
「で、もう1回聞くけどな、明日計画を実行するんだよな」
メルローの話が長くなりそうだと感じたダルグは遮り、スルはこくりと頷いた。
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