第4話 本の虫は考える
拠点長室から退室し、シアの担当、スル、メルロー、ダルグは急いで担当者専用の寮に戻った。
スルは椅子によりかかり、メルローはソファに寝ころび、ダルグはパソコンのキーボードを少し力強く叩き始めた。
「いや~助かった!ありがとう!」スルはメルローとダルグにお礼を言った。
「まあ、単純に思ってたことだし」メルローは酒を開けて飲み、眼鏡を取った。
「申請書類、送っといた」ダルグはタスクを抱えるのが苦手なのですぐに作業に取り掛かった。
「日記帳、届いてるわよ。台所の引き出しにある」メルローはすでに一缶空けていた。
「助かるよ、書物担当のメルロー」スルは台所に移動して日記帳を見た。
「シアの好きそうなシンプルな表紙にしてあるから、あとはよろしく。私は明日休みだからこれ飲んだら寝るわ」メルローは次の酒を飲み進めていた。
「スル、計画は順調ってことでいいか?」ダルグはパソコンで明日のシアのトレーニング表を確認していた。
「明日は肩と腕か」ダルグは重量を上げようとニヤニヤしている。
「うん。キーロンは単純だ。マニュアルでこそばゆいこと言えば二つ返事で承諾してくれる簡単な人間だ。シアのほうがよっぽど複雑で興味深いね。そういえばキーロンの異能はわからないんだよね?」
「ええ、私たち担当者の異能は資料としてまとめられているのだけど、拠点長クラスになると私たちの権限では閲覧不可なのよ。でも私たちの異能を制御できる力だってことは何となくわかるわ」
スルは考えていた。僕の今の役割は好奇心をくすぐること。
シアの好奇心、キーロンの好奇心をくすぐることができた。
シアにはひどいことを言ってしまったかもしれない。反省しなければ。でもまだやれることはある。
選択肢があるのであれば、それを試すしかない。スルも好奇心に満ち溢れていた。
「それで、スル。本当に俺らの約束は守ってくれるんだよな」ダルグの語気は強かった。
「大丈夫。シアをどうにかできたら、あとは僕に任せて。あと、明日の担当はダルグだよね?」
「ああ」
「日記帳の中にこれを挟んで渡してほしい」スルは一通の手紙をダルグに託した。
「またスルを不機嫌にさせるつもりか?だとしたら許さない。俺はスルが気持ちよく過ごしてくれたらそれでいい」
「それは私も同じよ。あの子は特別大事にしてあげたいのよね」メルローは通信機器を眺めていた。
「僕は口に出して本音言うの苦手だからさ、ちょっと頼んだ」スルもメルローと同じ酒を二口飲んで眠った。
ー
ーー
ーーー
ーーーー
目が覚めた。いつもの朝だ。
昨日のことはよく覚えている。とにかくあのスルという新しい担当者にイライラした。
その気持ちは朝起きても変わらない。俺はあいつが嫌いかもしれない。
いや、嫌いだ。人間的に合わない。
ああ言えばこう言う。めちゃくちゃ面倒くさい性格してる。絶対に水と油だ。
そうだ、水と油はなんで弾き合うんだろう。シアは思考した。
そうだ。仲が悪いんだ。俺とあいつは元から仲が悪い。最初から相容れないんだ。
「シア、今日は俺だ」ダルグが扉を勢いよく開けて部屋に入ってきた。
「ダルグ、おはよう」
「前に渡したメニューは維持してるか?」
「うん、やってる」
本当はちょっとだけ回数ごまかしてる。
「そうか、ならば、今回から重量を上げてみたんだ。いつもより重いものを持ち上げられたとき達成感あるぞ」ダルグは嬉しそうにしていた。清掃員が後ろから入ってきた。
「そうだ。朝ごはんだ。それと、これ」
「何これ?本届く日じゃないよね」シアは訝しげに日記帳を眺めた。
「パラパラとしてみろ」ダルグはシアを促した。
「ん…」シアは素直に日記帳のページをパラパラとめくると、手紙が挟まっていた。
「謝りたいんだって」ダルグはこっそりシアに伝えた。
手紙を開ける。
〝シア、スルだよ。僕はムキになる癖があるし本当のことは手紙に書く癖もあるんだ。昨日は本当にごめん〟
俺もそこまで怒ったつもりじゃない。
〝率直に言うけど君は外の世界に行きたいはずだ。でもその手段がわからないはず。僕の推測が当たってくれているのであれば嬉しいし僕は力になれる〟
本当かどうかはわからない。俺は17歳ってことで、17年間この部屋に暮らしている。2年前くらいからその気持ちはあったけど、もうそれでもいいって思ってた。でも、注文して届く本は外の世界のことを書いてる。
俺はただ外の世界で花も見たいし昆虫も見たいし触りたいし、野菜も育ててみたい。馬にも乗ってみたいし本当の空も見てみたい。それを言ったこともある。多分。
でも却下された。でもご飯もおいしいしジュースは苦くて変に甘くてまずいし慣れないけど。ふかふかのベッドに寝れるし伸びていらない髪も適度に切ってくれて清潔にしてもらってる。
でも自分でご飯を作ってみたいし花や虫や野菜とかでもご飯作れるのかなって、自分でも育てたものでご飯作れたり出来るのかなとか思うこともある。
今でも思う。自分の目で手で耳で鼻で世界を感じてみたい。
でも、その方法が分からない。
何をしたらいいのかわからない。
シアはうずくまっていた。ダルグは手紙を見ているシアを冷静に眺めている。
シアは手紙の続きを読み進める。
〝君が望むなら、僕は、僕らの仲間は君を助ける。その力がある。でも呼び水…ああこれは僕の口癖でモットーで、もっとわかりやすく言うとしたら、僕は君の助けになりたい。
君のきっかけを作りたい。どうしてそう思うのかはうまく手紙にも書けないから、今は信じてほしい。
君はダルグから朝食を渡される。その中にある紫色のジュースはどうか飲まないでほしい。君にも可能性がある。
今は巣の中でしか生きられない蟻、蝶になれない芋虫、花の蜜を吸えないオスの蚊が今の君だ。
僕らはその蟻を外から出せるように助けるし、芋虫から蛹にして蝶にする努力もする。花の蜜を吸えるように一緒に考える。だから君のきっかけを僕らに示してほしい〟
言わんとしていることはわかった。要はまずいジュースを飲むなってことだ。
「その手紙、読み終えたか」
「待って、最後隅っこに書いてる」
〝この手紙読んで手を組めるなら、ただ一言、わかったって言ってほしい〟
スルにはどうして謝ってもらえるだろうか。この手紙のこの文章では信ぴょう性がない。スルと直接話す必要がある。やっぱり直接耳で謝罪を聞きたい。だから―。
「わかった」
手紙は散り散りになった。
初めてのような大きな決断をしたシアを祝福するかのように、偽物の空を紙の破片がキラキラと宙を舞っていた。
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