第3話 弄んでみよう!

「どうでしたか、初日は」

「やはり、17歳なのである程度疑問を持つということは生まれているようです。しかし突かれたやり取りに対していとも簡単に怒りを出してしまう。いかがでしょう、キーロン拠点長。彼に日記を与えてみては」

 スルは拠点長室で初日の面談をしていた。

「それは拠点長の私が判断します。スル担当、初日に注意項目の1つ、干渉をするとは…。マニュアル読みました?子供に余計な変化を与えようとしましたね」

 キーロンはスルを叱責しようとしているようだった。

「17歳の子供を扱うということが初めてでしたので、加減をしたつもりでしたが思った以上に効いたようです」スルは極めて冷静だった。

「子供のせいにしないでください。それに、それは言い訳ですか?」

 キーロンは自分の机をバンと叩いて詰問している。

 

 それとはどのことを示しているのでしょう?とでも聞きたくなったが、スルは抑えた。

 今、大切なのは日記を書かせることだ。呼び水にできたらそれで十分。

 呼び水にできなくても少し状況を変化させてみたい。

 スルには本を読む前に自分の考えを客観的に捉える能力を育てることだ重要だ。

 よし、こう言ってみよう。あとは口から出まかせだ。

 

「言い訳だと感じてしまうような言い方で申し訳ございませんでした。彼は17歳、ある程度は自分で判断できる年頃です。どういう子供なのか気になってしまって興味が湧きました。湧いてしまいました」

「マニュアルを見返すように。注意項目の大きなテーマは、干渉・影響・渇望・扇動などなど。清掃員監視長の報告によると、扇動も含まれていたようですね。初日に免じて次回はこのようなことが無いように」

 キーロンの目が吊り上がっているように見えたスルは少し笑いそうになった。

「善処します」

「善処ではなく徹底です。メルロー担当とダルグ担当も連帯責任です。本日マニュアル第3章を熟読するように」

「はい」

 スルの後ろに控えていたメルローとダルグはただただ返事をした。

 メルローは背筋をピンとして座っていた。ダルグはスルの2倍以上の背丈、恰幅のいい体躯をしている。

 

「日記についてはいかがでしょう」スルはキーロンに問うた。

「日記を書かせることに対して、あなたが思うメリットを教えてください」キーロンはスルに尋ねた。

 

 こいつはマニュアル順守人間だ。変化を恐れる。つまらない。耳心地の良い言葉を響かせてやりたい。

 

「先ほども申し上げたように、シアは考える余地のある人間です。なぜ?という疑問を問いかける。すぐに。これからの担当者も彼の問いに答えるのに負担がかかります。マニュアル外の対応を求められます。注意事項を反してしまうリスクがある。自分自身、その時思ったことを書き留めて俯瞰で見てもらえれば、わざわざ聞かないとわからなかったことも自分で理解し完結することができると初日で感じました。メルローさん、ダルグさん、彼の問いに対しての答えに、困ったことは過去ありませんか?」

「ええ、確かに、渡した本を読んでわからないことがあったら聞いてきた時があったけど、私にもわからなかったからうまく答えることができなかったことがあるわ」メルローは髪をくるくると指で巻いて答えた。

「俺はだいたい筋トレすれば解決するって答えるけどな」ダルグは腕組みをしていた。

「メルローさんは思い当たるところあり、ということですが、ダルグさんに関してもこうは言ってますがうまく答えられずにシアも困惑したことでしょう。自分の思いを文字にして書いて読み返す。頭を整理することで怒りの感情も抑えられることも大いにあります。それに」

 シアは、〝それに〟の声のトーンをあえて小さくして、あえて行間を空けた。

 

「それに…?」

 食い付いた、こいつ簡単すぎる!

 このキーロンという男は自分に得のある要素があると思ったらいとも簡単に食い付く。

 姿の見えない餌に簡単に食い付く。魚より警戒心が無い。


「それに、新薬に対する効果的な提案ができます」

 新薬とは、紫色の得体の知れない〝毎日ジュース〟のことだ。

「新薬に対しては私もマニュアルを見て理解して納得しています。世界に対して画期的なものだと私も感じています」

「そうです。我がマゼンタ拠点では〝P-0624-BG〟の最終調整がメインですが、政府への提案としてはもうひとつ効果的な要素があると、それを以ってすれば絶対的に政府は二つ返事で承認すると私は確信しています。スル担当、新薬に対して未来のある効果が望めるという理解で相違ないですか?」キーロンは乗っていた。

「はい、今は毎日摂取すれば異能の完全制御が確認されています。もうひとつ、私は感情の制御ができるのではと睨んでいます」

「その根拠は」

 キーロンは乗っている。きっとこいつを頷かせることは容易だ。その確率をなるべく完璧までもっていきたい。

 スルは数秒思考した。

 

「それがまさに日記です」ここから先はアドリブだ。

「キーロン拠点長。日記が証拠になるのです。私がシアを煽ったのも、新薬の可能性を確かめるためです。きっと、明日には彼の怒りは冷めているでしょう。感情を可視化した資料を提出するのです、異能は感情の高ぶりで発生することもあります。異能の発現に付随する感情をコントロールすることができるのであれば、この新薬はまごうことなき政府が望む理想への第一歩に繋がります」

 こればかりはわからない。シアには会ったばかりだし。でも僕はそういう風にさせることはできる。どうだ、キーロン。

 

「しかし、私が危惧しているのは日記を書くことで子供が思いを俯瞰でとらえ、新たな悩みが生まれマニュアルに即した対応ができなくなるのでは、ということです。その点はいかが考えますか?スル担当」

 どこまで心配性なんだこいつ。スルは次なる手を考えようとした。

「恐れながらキーロン拠点長」ダルグが後ろで手を挙げた。

「発言権を頂けますでしょうか」ダルグは、マニュアル第6章、質問方法~監視間~に沿ってキーロンに発言権の許可を促した。

「良いでしょう、ダルグ担当。私への発言を許します」キーロンは承諾した。

「俺は主に子供たちがストレスフリーに快適に暮らせるように筋トレを提案しています。筋トレはもちろん食も大事ですが記録も大事です。昨日はこれだけの重量だったけど、今日、昨日以上に重い重量を上げられた。この成功体験がストレスフリーに繋がります。記録することは大事です。日記に組み入れる要素です」

 ダルグは言葉を選びながらもぶっきらぼうに正直に答えた。


「私も発言権を希望します」メルローは挙手した。

「どうぞ」キーロンはすぐ承諾した。

「ポジティブな効果が新薬、〝P-0624-BG〟に大いなる要素があると私も希望を抱いています。シアは一度読んでしまった本は記憶してしまって文字に起こすことは無いかもしれないけども、他の子供たちは違います。本を読んで思った事を書く。単純な読書感想文になるかもしれませんが、それでも政府へ提出する提案としての要素としては、素直に良いんじゃないのかしら。漠然とした感想で申し訳ないわ」

「いや、そういった意見もありがたいと今は私は思います」キーロンは乗り気だった。

 メルローの見た目がただ好きだったので、メルローに対しては意見関係なく肯定的だった。

 

「よろしい。資料の蓄積もできれば政府への提案も絶対的になります。全子供に日記を書くことを明日から加えましょう。拠点長の印を押しますので、今日中に申請書を提出してください」キーロンは意気揚々だった。

「提案に承諾頂けて感謝します」スルはにやける口元を抑えるのに必死だった。

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