第2話 激戦のその後

 静かな空間にサナティオの嗚咽と荒い呼吸だけが響いている。吹き抜けた風が、異様に寒く感じられた。


「……エレナ、立てっか」

「すぐには無理。血を流しすぎた」


 フィデスの声掛けに、エレナはそっけなく返事する。すぐにでも立ち上がりたいのに、瞼を開けても正常な視界が捉えられない。


「斧、預かるぞ」


 床に投げ出した戦斧にフィデスが触れると、それは淡く光を帯びて、消えた。――収納魔法だ。


「ルカとサナは……? フィデスの怪我は? 平気?」

「無事だ。お前よりはな」

「……そ。なら、良かった」


 全員無事。その事実に安堵したエレナは、ゆっくりと脚を動かす。立ち上がろうとして、片膝立ちの体勢になった時、強い怠さに襲われた。

 当然と言えば当然で、立ち上がることそのものが無謀なくらいの怪我だ。


「ごめんなさい、姉ちゃん。途中から、回復が間に合わなくて」

「おーおー。今は気にすんな。俺がこいつ運ぶからサナはルカにおぶってもらえ。いいだろ?」

「もちろん」


 フィデスの指示を受けて、ルカはサナティオの元へ駆け寄る。ペタリと座り込むサナティオの前髪を少し撫でてから、軽々持ち上げ横抱きにした。

 それを見てか、フィデスが「うっ」と小さく呻く。


「……俺はあんなん出来ねえぞ」

「別にしなくてもいい……。ちょっと待ってくれたら歩けるようになるし、私血まみれだし、重いし」


 「フィデスの服汚しちゃうし」そんな見当違いの心配をするエレナに対し、彼は深いため息をつく。そして、深くしゃがみ込むと、エレナの腕を自身の肩にかけた。


「ちょっと止めなよ、大丈夫だから」

「こんな辛気くせーとこで何分も待てるか。諦めて寝てろ」


 あっという間に、フィデスの背中におぶさる形になったエレナは諦めたように瞼を閉じる。フィデスの首に腕を絡め、体重を預けた。


「じゃあ……少しだけ」

「おう。お前らも、さっさと出んぞ」


 曇天が晴れて、空が見える。人里につくまで、何時間かかるのだろうか。


「僕たち、やっと帰れるんだね」


 魔王城を出る途中、ルカがポツリと洩らした言葉に、フィデスは穏やかに笑みを浮かべる。


「だな。けどまだ油断すんなよ」


 ・


 ――勇者一行は、幼なじみ四人で構成されたものであった。生まれたころから共に居た彼らは、魔王討伐という苦行すらもついに成し遂げ、彼らの冒険は一度幕を閉じられた。

 

 そして、次に始まるのは勇者一行の戦士であるエレナが、平和になった世界で、いつの日かに憧れた魔法使いを目指しながら旅をする。

 そんな冒険譚。

 


 ▼△▼△▼



 ――仄暗い大部屋。燭台の灯りだけが、周囲を灯していた。


「あーあ。魔王様、ニンゲンに殺されちゃったじゃない。どうするのよ?」


 気だるげに言ったのは、魔族の女。妖しい色香を持つ女は、黒に染め上げた爪を眺めている。

 円卓のテーブルを囲うのは、色女を含め七名。全員が、頭にある大きな角が特徴の魔族と呼ばれる存在だ。

 各々が、煙草の紫煙をくゆらせたり、惰眠を貪ったり、おしゃべりに夢中になっている。


「かまわん。あんなものはただのマガイモノだ」


 額に血管を浮かべる一人の魔族が、女をあしらう。それに合わせて、褐色碧眼の男がガタンと席から立ち上がった。

 

「じゃあよ、俺様がアイツら殺しちまってもいいんだよな! 任せとけよ、俺様一番つえェんだからよ!」


 傲慢とも言えるその物言い。男は、まるで子どもがはしゃぐように腕を突き上げると、円卓の部屋から勢いよく飛び出した。


「あらまぁ。せっかく、勇者の剣を手放してからにしましょうって決めたのにぃ」


 女は、呑気にそう言うとオレンジ色の紅茶を優雅にすする。

 

 ――彼女たちがいる円卓は、勇者一行と魔王マガイモノが戦った魔王城のとある一室である。

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2025年1月10日 12:02
2025年1月10日 20:02
2025年1月11日 12:02

戦斧の魔法使い 薄暮 長閑 @hakubonodoka

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