戦斧の魔法使い

薄暮 長閑

第一章

第1話 勇者一行と魔王

 十年の旅路を経て、勇者一行はついに魔王のもとへたどり着いた。


 豪華に装飾された魔王城の最上階の玉座にふんぞり返る"魔王"と呼ばれる存在。世界中を恐怖のどん底へ落とした人類の敵。

 魔王の巨大すぎる身体の周りには、目視できるほど濃い闇の魔力が漂い、部屋中に充満していた。


 普通の人間であれば、恐怖でその場に立ちすくみ、絶望するのかもしれない。

 しかし、魔王を討伐するために選ばれた"勇者"とその仲間たち。怯えることを許されなかった彼らは、恐怖に鈍感だった。

 彼らの表情には、緊張だけが滲んでいる。


「作戦通りに行こうか」

「わかった」


 落ち着いた声色で仲間に語り掛ける勇者に応えるように、女戦士のは足を一歩前に踏み出す。エレナは背丈に近い大きさで、赤い魔法石が装飾された戦斧を構え重心を下げた。ルカも、腰に携えた"勇者の剣"を鞘から抜き、構える。

 

 鍔部分にあしらわれた魔法石とルカの魔力が共鳴し、息苦しいほど淀んでいた空気が少し中和された。


 魔王の持つ闇深い魔力に打ち勝つには、勇者の持つ光魔法のみ。しかし、そのまま魔法をぶつけ合ったところで勇者に勝ち目はない。だからこそ、仲間と力を合わせ勇者を守りながら魔王を消耗させる必要があるのだ。

 その役目の大部分を、戦士であるエレナは担うことになる。


「後方支援は俺らに任せとけ」


 魔法使いの男、も前方に杖を向け、戦闘態勢へと入った。視線を左右に動かし、魔王の動向に目を見張っている。誰よりも冷静であろうとする彼は、 勇者パーティの参謀のような役割を担っていた。今回の作戦も、骨組みはフィデスが考えたものだ。


「し、死んじゃ嫌だからね! 絶対だよ!?」

「ばぁか。お前が死なせねえように頑張るんだよ」


 回復・補助を専門にする魔法使い。の声はわずかに震えていた。彼女は恐怖を必死に押し殺しながら、この場所に立っているのだろう。しかし、震えていても現状は変わらない。

 フィデスは軽口を叩きながら、杖の先で軽くサナティオの頭をつついた。


「そ、そうだよね……! 二人のことはサナが護るからね……!」


 両手をぐっと握りしめて、自信を鼓舞したサナティオは一息ついてからエレナとルカの背中に触れる。淡く光った後、彼女の魔力が二人を包み込んだ。

 他者からの攻撃を和らげるための防御魔法である。


 その時、現状を静観していた魔王が動きを見せた。淀んだ魔力のモヤがゆっくりと形状を変え、複数の槍となる。


「……来るぞ、一旦寄れ!」


 一行が即座に身を寄せるのに合わせ、フィデスが、杖を前方に向ける。

 キィィィンという耳を刺す高音とともに、一行を中心にドーム型の壁が現れた。

 魔力を圧縮し、壁に形成した攻撃を無効化する防壁魔法。

 魔王が形成した槍が、一点を目掛けて激しく降り始める。防壁魔法を破るために、回転をかけられた槍は攻撃力を高めるばかりだ。


 ……しかし、防壁魔法が破れる気配はない。魔力の維持も、難しくなさそうだ。

 槍の回転は激しさを増していくが、彼らに触れることは出来ない。

 杖の先を魔王へ真っ直ぐと向け、フィデスは唇をゆっくりと動かし魔法の名を口にした。――瞬間、魔王の頭上に激しい稲妻が一点を目掛けて落ちる。

 雷を落とす魔法だ。城が揺れるほどの衝撃と雷鳴にサナティオが小さく悲鳴をあげた。


 目眩しと攻撃を同時に受けた魔王は、攻撃の手を緩める。その隙をエレナは見逃さない。防壁魔法から即座に飛び出した彼女は、殺意を持つ槍全てを叩くように斬った。

 床にカランと落ちた魔力の槍が、力を失い塵のように消えたことを一行は確認する。


「斬れた……。すごい、斬れたよ!!」


 真っ先に声を上げたのはサナティオだ。勇者一行は、魔王討伐に当たって確認すべきことが複数あった。

 魔王に攻撃は通じるのか。また、攻撃は防げるのか。

 奴が纏う淀んだ魔力にも、エレナの斧が通用する。その事実を知ることは、彼らにとって非常に重要なことだった。


「喜ぶのは後だよ」

「あぁ。こちらからも仕掛けるぞ……!」

「りょー、かいっ!」


 最低限、必要な情報は揃った。フィデスのゴーサインに対し、返事をしながらも激しく地面を蹴り出したのはエレナ。

 左腕と思しき部分に戦斧を突き立て、強引に押し切ろうとするが固くて深く入らない。淀んだ魔力は鎧の役割を担っているらしかった。

 エレナの攻撃に反応し、魔王の手が彼女に伸びる。


 しかし、その右腕はルカが振るった勇者の剣によって斬り落とされた。どれだけ攻撃を与えても、魔力によって直ぐに回復されてしまう。

 それを理解してなお、前衛二人は攻撃の手を止めない。


 また、魔王を責め立てるのは刃だけではなかった。後衛で防衛魔法を展開しながらも、フィデスの攻撃魔法も止まらない。

 雷鳴が轟き、竜巻が生まれる。――多彩な魔法が魔王を攻め立て、城内は極彩色に彩られた。すでに、王座の間は部屋としての機能を失っており、天井は吹き抜けていた。曇天が覗いている。


 その少し後ろでサナティオは膝をついた。フィデスの防壁魔法の中にいる彼女は、すでに震えを忘れている。両手の指を絡ませ、神に祈るような体制をして睫毛を伏せた。


 彼女の魔力には、癒しの力があった。


 直接魔王に攻撃を下す前衛の二人は、すでに致死量以上の血を流している。特に、ルカを庇いながら戦わなければならないエレナは酷かった。柄を握らなければならないはずの腕は、この戦いで何度も切断されている。

 それでも、未だに攻撃を続けられるのは、サナティオの癒しによるものだ。腕が飛んだことを認識するより早く、治癒魔法がかけられている。


 エレナ自身、痛みを感じないわけではないが、それ以上に高揚していた。

 刃が魔力を裂く感覚に、ではない。

 周囲を彩り、彼女を癒し、魔王を攻め立てる。数々の美しい魔法の強大な力に、激しく高揚していたのだ。


 ――綺麗。


 誰一人欠けても、ここまで善戦することはできない。

 戦斧を振るうだけでは決して作れない――それが魔法だ。

 

 だが、エレナは自身の能力に劣等感を抱いていた。魔力を扱えない彼女には、斬ることしか出来ない。盾になることでしか、仲間を守ることができない。

 遠くから放つ斬撃も、痛みの救済を与えることも、魔王を討つ強い光も、もたないのだ。だからこそ。


 ――身体を止めるな。冷静になるな。みんなに貢献しろ……!


 そう鼓舞しながら、彼女は刃で魔力を裂き続ける。

 勇者の剣が与える攻撃や、圧倒的な魔法量。永遠とも感じられた猛攻の末に、魔王の動きに変化が起こった。どれだけ攻撃を与えても、直ぐに回復されていた。

 しかし、ルカの剣によって斬り落とされた左腕が治っていない。魔王の回復が追い付かなくなっていたのだ。

 ――確実に弱っている。


「……ルカ!!」

「分かってるさ!」


 魔王の淀んだ闇の魔力に勝てるのは、勇者の持つ光の魔力のみ。

 しかし、魔力量の差により魔力のぶつけ合いでは勝てない現実があった。


 魔王の魔力を回復や攻撃によって削り取り、ルカの魔力量でも太刀打ち出来るようにする。これまでの行動は、お膳立てにすぎなかったのだ。


「『――シュラトール・チェルス』」


 勇者の剣を空に向けて突き上げ、ルカは詠唱をする。魔王にとっては死を意味する言葉に反応し、攻撃の矛先はルカに向かう。

 その攻撃を受けたのは、やはりエレナだ。戦斧で魔王の攻撃を受け入れ、ギリギリと力の押し合いとなる。


「『――スティレット!!』」


 詠唱を終えると、吹き抜けた先に見える曇天の隙間から光が差し込んだ。

 人が浴びても目に刺さるように痛い光だ。深い闇の中にいる魔王にとっては猛毒なのだろう。

 地が響くような呻き声と共に、エレナにかかる攻撃の重みがなくなった。


 苦しみに呻きながら暴れる魔王を、荒れる息を整えながら眺める。

 ジュウ……と焼けるような音がして、どんどんと魔王の形が崩れていった。


 人間よりも、随分と大きかったはずの魔王は、すでにエレナよりも小さな背丈までに縮んでしまっている。

 頭部に刃が届く距離になった瞬間に、ルカは魔王の頭を討ち落とした。

 数秒前までは、刃物が打ち合う音や魔法発動の音や極彩色に染っていた城内がシン……と静まり返る。


「――終わった、みたいだ」


 初めに口を開いたのはルカだ。塵となって空気に溶けていく魔王の亡骸を見下ろしながら、震えた声で言った。

 その言葉を皮切りに、サナティオが大粒の涙を目元に溜める。エレナは、遅れてやってきた疲労と痛みにその場に崩れ落ちた。一見冷静に見えるフィデスでさえ、薄い唇を噛みしめている。


 ――やっと終わった。

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