第2話
以上のような事情のため,わたしは捜査協力を依頼すべく「探偵」がいるという物理学教室を訪れているというわけだ。何故物理学教室なのかというと,その「探偵」とやらがここを部室とする科学部の部員らしいからだ。
ただ正直,この科学部という部は得体が知れない。
生物部だとかパソコン部だとか,比較的分かりやすい部活がこの学園には数多くあり,そのいずれもが部員数・実績共に申し分ない。そんな強豪部が連立する中,名前こそ聞こえがいいものの具体的に何をするのか不透明な部活にわざわざ入部する生徒はいない。事実,去年「探偵」が入部するまでは廃部状態だったはずだ。予算もつかない部に入って,一体彼は何を目的としているのだろう。
いや,止めよう。
今日何度目かの溜息を吐く。これでは,少しでも多く予防線を張って自分が置かれた状況を弁明しているだけだ。自己弁護の準備をしていることに気付いて自嘲したくなる。
あーあ,何でこんなことになったんだろう。
室内からの返事を待つ内に,更に気が重くなっていく。
わたしだって,単に任された事件を途中で投げ出さなければならなくなったからといって落ち込む程幼くない。何もできない無力感と,それを中途半端な形で人に預け,しかもそれを見届けなければならない歯痒さ。何よりこれから会わなければならない人物のことを考えると,どうしても気持ちが沈むのを止められないのだ。
「っていい加減,返事してよ」
ノックしたきり中々反応が返ってこないことに苛立ち,思わず独り言ちる。もう一度ノックしてみる。けれどやはり,返事どころか身動ぎの音一つ聞こえてこない。
不審を覚え,悪いとは思いつつドアを開けた。
ぬらり。
目の前にこちらを覗き込む男子生徒の顔が現れた。
「わぁっ!?」
仰け反った勢いで,そのまま後ろに倒れるように尻餅をつく。しかしその生徒は直立したまま,わたしの一連の動きには興味がないのかじぃっと宙を見つめ続ける。よく見ると高身長なのだけれど酷い猫背だ。それでも,今の状態で180cmはあるだろう。姿勢を悪くしたまま,彼は無表情に口だけを動かした。
「むしろ学校の教室に入るのにノックをするような人物がいることに驚きです。普通学校内でノックするようなことはないでしょう。驚いて返事もしないのが通常の反応だと思いますが」
句点だけの,読点のない変な話し方。それも同級生相手に敬語だ。
どうやらわたしの悪態はすっかり聞かれているらしい。って当たり前か。ドア一枚挟んでいるとはいえ,面と向かっていたわけだから。
「……な,何やってたの?」
「あなたが来るのを待っていました。」
えっ? 初対面なのに,何でわたしが来るって分かったの?
「推理したまでです。不審火が発生したのは5月12日。そこから既に11日が経過しています。ですが公表されている情報から判断する限りこれはただのぼや騒ぎで済むような単純な事件ではありません。おそらく学園警察は然程事件性が高くないと判断し平の捜査員に担当させたのでしょう。しかし碌に足がかりを掴めず生徒会から急かされて私への協力依頼を決定。時間的に言ってそろそろそのタイムリミットです。更に言うなら学園警察に入って以来補佐ばかりで成果を上げることができていないあなたに私への依頼と監視を命じ捜査の手順を学ばせようとしている可能性もゼロではありません」
嘘でしょ,そこまで……。
言葉を失う。やっぱりこいつは格が違う。会っていきなりそう思わされてしまった。
「学園探偵」こと井上
しかし元々廃部状態だった科学部の部室だ。ただでさえ近寄りがたいのに,井上が居着くようになってからここに足を運ぶ生徒は皆無と言っていい。
来客があるにも関わらず迎え入れない態度から分かる通り,その振る舞いや言動,性格面から井上は英雄としてではなく,トリッキーな変人としての探偵と認知されている。大多数の生徒に言わせれば探偵ですらなく,ただの不思議君なのかもしれない。
けど,その実力だけは本物なんだよね……。
これは学察関係者では有名なことだが,井上は度々学察から事件の解決を依頼され,迷宮入りになりかけた事件を尽く解決してきた。勉強はともかく,教師を含め学園内で最も頭のいい人物とまで言われることもある。少なくともIQは一番高いだろう。尊敬する生徒はいないが,学察においてもその実力を認める者は多い。
だからこそ,今のわたしのように窮地に立たされた生徒はここへ依頼を持ち込む。くやしいが頭を下げるだけの価値はある。
「嘘です。時田さんから事前に事情を伺っていただけです」
……前言,撤回してもいいかなぁ?
「というか今の話を真に受けるなんてやはりあなたは頭がどうかしていますね。常識的に考えれば推理でないことくらい明白でしょう。仮にも学察に身を置いているのなら相手が言うことを真に受けちゃだめでしょうに。疑ってかかれってよく言いますよね?」
とわたしを一瞥すらせずに直立姿勢のまま,いや正確には猫背だから曲立姿勢のまま(果たしてそんな言葉が実際にあるかどうか知らないが)言うのだ。こいつの辞書にコミュニケーションという言葉はないのか。というか,時田さんも予め連絡しているなら教えておいてほしい。
溜息を吐いて立ち上がる。何だか,今日一日だけで1年分の溜息を吐いている気がした。埃を叩き落としながら,一先ず諸々の不満を堪えて確認を取る。
「あの,時田さんから話を聞いているんだよね?」
「いいでしょう。この依頼は引き受けました。」
……わたしが言おうとしていることを予測してそれに答えるくらい頭がいいってことは認める。認めるけれど,もしその予測が外れていたらどうするつもりなんだろう。というか会話のペースが乱されて,付き合わされる側のこちらとしては堪ったもんじゃない。
「ありがと。学園警察としては必要に応じて情報の提供も」
「いえその必要はありません。大した足がかりも掴めないソースから何度も情報を引き出しても無意味でしょう。ソースはこちらのものを使います」
言ってくれるやんけ。疲れを覚えてまた溜息を吐いた。
「そ,じゃあこれからどうやるつもり?」
井上は学園警察の情報網は(腹立たしいことに)大したことがないと断言したが,情報が集めにくいことに変わりはないだろう。事件から既に1週間以上も時間が経っている。通常ならさして問題はないように思えるが,学校という閉じ込められた場所においては話が別だ。
何故なら,閉塞環境において情報の伝達と衰退は異様に早い。
そう思って顔を伺ったけれど,井上は特に自信を臭わせることもなく無感動に口を開いた。
「とりあえず私のソースを立ち上げます」
付いて来て下さい,と物理学教室の奥に入っていく。わたしは慌ててその後を追って室内に足を踏み入れた。
学園探偵 阿久井浮衛 @akuiukue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。学園探偵の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます