第5話


 夢を見た。

 一日中絵を描いていたからだろうか?

 王家の森の、夢を見た。

 美しい碧の森。


『おじいちゃん』


 ユリウスの姿があった。

 ジィナイースは竜の子供を腕に抱えたまま、走っていく。

『この子かわいい。船に連れ帰りたい』

 大人たちが笑っている。

『竜の子供は、国の宝だから、外に連れてはいけないんだよジィナイース』

 誰かが言った。

『ではいつか、再びこの森へお越しくださいジィナイース様。竜はとても記憶力がいい生き物。きっと貴方のことを覚えていて、再会を喜ぶでしょう』

 別れは悲しかったけど、そうかこの子たちは国の宝物なんだと思って、ジィナイースは諦めた。またいつか会おうね、と手を振る。

 竜の子は一緒にいる間ずっと大人しかったのに、最後に別れる日、ずっと滞在時抱えられていたジィナイースの腕から大人の手に渡ると、両手両足をバタバタさせて鳴いていた。

 クゥ! と一生懸命、抗うように鳴いていて、初めて見る姿にジィナイースも少し、涙が出た。


 船に戻って、祖父の膝に凭れかかって寝てると、誰かが頭を撫でた。


 ――こら、起こすんじゃない。

 ――ジィナが泣いてる。

 ――可愛い竜の子と別れて来たんだよ。

 ――そんなに別れたくないなら持って帰って来ればいいのに。

 ――簡単に言うな、お前は全く……。

 ――泣くなよジィナイース。俺はずっと側にいてやるから

 ――お前みたいな小僧が側にいても有難み無いわ。……いてっ! 今この俺様を蹴ったか?

 ――蹴った。ジィナが竜の子と別れて泣いてるなら持ってこなかったお前のせいだもん。ユリウス。お前がいくらこいつのじーちゃんでも、ジィナを悲しませるなら蹴るぞ。お前は王様なんだろ。ならジィナイースの望みは全部叶えろよ

 ――聞いたか、セイン。この生意気な小僧の口を。一体チビのクセにどっからこんな物言いを覚えて来るんだ? もしこいつの側にいてジィナまでこんな口利くようになっちゃったらどうしてくれるんだ。そうならないうちに早々にこんな小僧海に捨てて来いと言ってるだろ

 ――無駄だよ。海に捨ててもこいつは泳いでまた船に乗り込んで来る

 ――へへっ。俺を捨てようったってそうはいかねーぞ。俺を捨てられるのはジィナイースだけだからな!

 ――まったく……あの小僧だけは……どうにもならんな

 ――あんたが子供に手を焼くなんて珍しいな

 ――うるさい! ジィナはあんなに天使のように可愛いのに、あんな悪ガキに悪い遊びを教えられちゃって覚えちゃったらどうしよう……酒に喧嘩に煙草に女遊びに……。

 ――全部お前も若い頃やったことじゃろが

 ――た、確かにそうだけどー! ジィナイースはじーちゃんと同じ事しちゃダメなの! お前ら俺の悪いエピソードをくれぐれもジィナに話すなよ! 俺は最初から立派で優しい王様だったの! いい⁉

 ――んー……

 ――返事が少ないけど⁉ 今絶対ここにいる十四人全員の返事の声量じゃなかったよな! えっ⁉ 海の男って確かもっと声大きくなかった⁉


 温かい笑い声。

 焚火の音がする。

 いつも船で、みんなで火を囲んで語り合った。

 楽器を誰か、弾いている。

 彼らの、それぞれの声の、音を、覚えていた。

 それを、大好きだったことも。

 ずっとこの人たちと生きていくのだと、あの頃は疑ったことなんてなかった。


 ――ジィナ。お前の好きな星が出てるぞ 一緒に見よう

 ――起こすなってば……。


 穏やかな笑い声が聞こえる。

 誰かが頭を、優しく撫でる。

 誰かが、呼ぶ。


 ――【ジィナイース】……。




【終】

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