第3話 ハッピーエンド
「忘れてた……あたし、酒と男が苦手なんだった……おぇっ、気持ち悪っ!」
「ちょっと、こんなとこで吐かないでよ! っとに一口酒飲んだだけで吐くわ意識無くすわ、あれじゃ男たちドン引きよ!」
「ご、ごめん、バイオレット……」
「もういいわよ! それより、これで男漁りは無理ってわかったんだから、次はギャンブルでもする?」
ああ、異性問題に借金問題……これにDVが入れば完璧な離婚の原因ランキングのできあがりだ。
「と、とりあえず薬飲むわ……
「そうしてちょうだい……って、何その薬? 見たことないわ」
「ああこれ……(有名なパンダマークの整腸剤、前世であたしの常備薬だったんだよね……やっぱこの世界にはないのか)気休めのお腹の薬だよ」
「ふーん」
ああ、馬車の揺れで頭までガンガンしてきた。整腸剤と一緒に転生してきた頭痛薬も飲んでおこう。
「ねぇ、バイオレットはギャンブルにも詳しいの?」
「まあ、プリンスのやつには負けるけどね」
「……プリンス、ダメ男の見本市じゃん……」
「あんたさ、なんでダミアンを選ばないの? あいつちょっと軟弱だけど、面いいしクリーンじゃない」
うう、イケメンだとか、清潔感とかは関係ないんだよ。あたしは家庭に入るのが嫌なんだ。
「あ、そっか。マーガレットは男が苦手なんだっけ。じゃあ、それを理由に断ればいいんじゃない?」
「そ、そうだね。今度話してみるよ。ごっくん」
「ねぇ、この薬ちょうだい?」
えー、またぁ? でも薬に関しちゃ、こっちの世界にないものだから貴重品なんだよね。正直、あげたくないなぁ。
「もしくれたら、今夜私の顔に泥を塗ったの、チャラにしてあげるからさ」
「わかった。ほんとにごめん……じゃ、二回分だけね。これ稀少品なんだ」
「やった、ありがとう! これ闇市で売りつけて、遊ぶ金ゲットしよーっと! うひゃひゃひゃ!」
ああ、またバイオレットの知りたくなかった一面を見てしまった。本当、現実って残酷なもんなんだなぁ。
「ねぇ。バイオレットは、さみしくないの?」
「さみしい? なんで私が?」
「だってプリンス、女遊びしてるんでしょ?」
「あぁ……あいつね……ほんとに金と女にだらしないクズなんだけどさ。ちゃんと帰ってくるんだよ。私のところに」
そうか。実は根っこがしっかり繋がってるんだ、この二人は。
「私たちのことより、あんたのことよ。ダミアンのことさ、もっとよく見てあげたら? 好きな女が惚れたって嘘ついた男を真似ようとするなんて、健気だよ」
確かに、あの時はほんの少し胸が痛んだな。でも、だからってあたしがダミアンと一緒になるわけにはいかないよ。
「あたしさ(ちょっとリアルやばい人だけど)セレンちゃんにも幸せになって欲しいんだよな」
「あらあんた、随分あの子に肩入れするのね。私は正直、あの子のこと苦手だし向こうからも近寄ってこないから、どうでもいいけど。ただ、深入りしすぎるのはやめた方がいいわ。理由は言わないわよ。あんたも知ってるでしょうからね。あ、ほら、あんたの御屋敷が見えてきたわ!」
夜闇の中に、ランプを手にうろつくうちの執事が見える。うっ、なんか迷惑かけちゃったな……申し訳ない。まだ体もまだちゃんとしてないし、さっさと寝ようっと。
「おやすみ、バイオレット」
※※※※※
「謎の病で伏せっていた貴族のおっさん、回復したんか……あーあ、この人確かセレンちゃんの婚約者だよな。セレンちゃん悔しがってるだろうなあ……でも、なんで良くなったんだろ」
さすがにそこまでは、ニュースペーパーに取り上げられてないか。
と突然、ばぁんと派手な音を立ててドアが開く。
「えっ、セレンちゃん? どうしたの、こんな朝早くから」
「……どうしたのじゃねぇよ……てめぇのせいで計画が全部パーだ」
計画ってまさか……ジジイ婚約者の件かしら!? でも、なんであたしのせいなの?
「なんのことかしら、なにか勘違い……」
「この薬に見覚えがあるだろ?」
あ……それはあたしの常備薬。バイオレットが一週間前に闇市で売るって言ってたやつじゃん!
「さ、さあ、知らないわ……新種の米粒かしら?」
「しらばっくれんな! 調べはついてんだ、この転生者が!」
……え? なんでマーガレットの中身が、あたし(異世界転生者)だって知ってるの?
「驚いたか……なにを隠そう、この私も転生者なんだよ! 今度こそ、なにがなんでも金持ちイケメンの推しと結婚するんだ! 邪魔すんな!」
「いや、邪魔するつもりなんてないし……そっか、セレンちゃんもあたしと同じ転生者なのか」
「あのジジイを亡きものにして、私はダミアンと結婚し、一生金に困らずにウハウハで暮らすんだ! もう貧乏なんか沢山なんだよ!」
セレンちゃんは元々、下流貴族出身で貧乏な設定。でもこの口ぶりだと、どうやら中身の彼女の前世も同じだったようね。
「せっかく人生やり直せるんだもん、好きな人と一緒に生きたいよね」
「あのな、好きとか惚れたとかどうでもいいんだよ。世の中金だ! 金があればすべて解決できるんだよ!」
ん? ちょっと待て?
「えっ、あなたの推しだから……好きだから、ダミアンと結婚したいんでしょ?」
「そういうあんたはどうなんだよ? やり直し人生で、この世界でどう生きたいんだ? マーガレットは性格がクソだけど、生家は大貴族だから金には困らないもんな! ちくしょう、うらやましい! 私はここでも苦労しなくちゃならないなんて、不公平すぎる!」
このやり直し人生で、どう生きたい、か。そういえばあたし、ダミアンとセレンちゃんをどうくっつけるか、そればっかり考えてた。
「あたし、これを作りたいんだ」
答えは簡単だ。自分の好きなことを、好きなだけしたい。ただ、それだけだ。
「なによこれ……かわいい」
「これ、あみぐるみ。あたし、前世でパートと家事の合間みつけては、作ってたんだ」
こっちの世界じゃ、編み物は一般市民の生活必需品扱いなんだよね。だから、目をぱちくりさせた執事に何度も頼み込んで、ようやく道具が揃えられたんだ。
「こんなもの作ったって、幸せになんかなれない」
「うん……セレンちゃんに、あたしと同じ生き方したらいいんじゃない? なんて言えないよ。これは私が見つけた道だし。それよりまずは、ダミアンと結婚したかったら、ジジイ婚約者に婚約破棄をお願いしなくちゃね」
命を狙うんじゃなくてさ。
「は? そんなの無理に決まってるじゃない。家柄、向こうの方が格上なんだから」
「うん。だから有無を言わさずに婚約させられたんだもんね。でもうちの実家の方がさらにレベル高いからさ、なんとかなるよ。セレンちゃんの身代わりも探すし」
「……なんで? なんでこんな私にそこまでしようとするの?」
それはさ、今のセレンちゃんを見てると思い出すからなんだよ。
親、旦那、子ども。あんたたちのせいで、あたしはつまらない人生を送ってるんだ。
そう思い込んでいた、昔のあたしを。
「楽しんでもらいたいんだよ、人生を。せっかくもう一度、リベンジするチャンスを神様からもらったんだもん。他人を貶めて手に入れた出来事を、幸せだなんて感じて欲しくないんだ」
「そんなの……あたしの勝手じゃん……」
まっ、そうなるわな。
「まあ、あたしの意思は伝えたよ。このあとどうするかは、セレンちゃん次第。ちなみにあたしはもう家庭に入るの断固拒否だから、ダミアンとは結婚しない。だから安心して」
「断固拒否……」
「うん。もうたくさんしてきたからね、家のことはさ。このマーガレットの身体は二十二歳だけど、中身はもう五十歳のおばさんだから」
あーあ、実年齢ばらしちゃった。まあどうでもいいか、この際。
「そっか……そうなんだ……五十歳……そっか、五十歳」
いやそれ、二回も言わなくていいから。
「私も、結婚するのやめようかな。忘れてたけど、私にもやりたいことがあったんだ。バラ園を作ってみたい。私、今まで庭を持てなかったし、親に反対されて堅実な医療事務の仕事選んだから、トライできなかったんだ」
「おお、バラ園!! いいじゃん、素敵だよ!」
なにより、今のセレンちゃんの瞳が生き生きしてるのが素敵だ。とはいえ、叶えたい道にはそう簡単にたどり着けないかもしれない。でも。
「どんなに時間がかかっても、諦めずに頑張ろう! 応援するからね!」
「ありがとう、私もマーガレットの婚約破棄に協力できたらいいんだけど」
あっ、しまった。一瞬ダミアンのこと忘れてた。
「あー、失礼するよ、マーガレット」
「あっ、噂をすればダミアン……」
なに、その手に持ってる真っ赤なバラの花束は?
「ふっ、プリンスから女性を喜ばせる術を聞いたんだ。どうだい、喜んでくれたかな?」
「どうよセレンちゃん、このバラの花束は!」
「うん、やっぱりバラはいい! でも単色じゃ、ちょっとつまらないかなぁ」
「つまらないって、せっかくプレゼントしたのに……くすん……ん? なんだこの小さいぬいぐるみは? なんか癒されるな。マーガレット、いったいどこの玩具屋で買ったんだ?」
「それは買ったんじゃなくて、あたしが作ったんですよ!」
「なんだと!? マーガレット、君は天才か!! 私にも作り方を教えてくれ!」
「私も教わりたい!」
ああ、なんてことだろうか。自分の好きなことで、誰かがきゃっきゃしてくれるなんて嬉しすぎる。
やっぱり、好きなことをするって大事よね! あ、ダミアンとの婚約破棄するの、忘れないようにしなくっちゃ!
愛も金も、好きにはかなわん 鹿嶋 雲丹 @uni888
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます