ルブリフォリア建国記
森川さわ
星の記憶と宿命の子
血の契約
第1話血の契約
数十億年の星の歴史の中で、神々が君臨していた時代が幾度かあった。
高度な文明社会が存在していた時代も幾度かあった。
はるかな未来になって振り返ると、どの時代の人間も夢と野望のもと懸命に生き、失望と後悔ともに滅んでいく……。そんな歴史を何度も繰り返すのが人類であると感じさせる。
およそ五百年の年月は、星の一生から言ったら瞬く間の出来事だ。
しかし、文明と文明の狭間に生きた人間たちのシードを待ちわびる思いは、海の涙伝承となって十数世代に渡って受け継がれていた。
これは滅びゆく人類が生存をかけ、渇いた大地に這いつくばり、血で血を
見上げると、切り立つ断崖が高くそびえる険しい山並みがそこにあった。
その山の高台から見下ろす風景は、どこまでも続く荒涼とした砂と岩と、少しばかりの草が生い茂る原野だった。
ここは、神々が住まうと信じられている威風漂う巨大な剣山『フィーバーフュー』の裾野の一画である。
はるか遠くに、霞んで見える山脈はキャラウェイが行ったことのない未知なる世界を抱いた山々だった。
「今日は朝からやっとウサギ1匹だ」
原野を見渡しつつ、キャラウェイは額の汗を拭って、革袋の水を一口飲んだ。
12歳になった頃から変な夢を散り散りと見続けている。最近は眠りが浅いせいか、疲労感が強い。
「何だろう、あの夢?いつも同じ人が出てくる」
その人物の目は感情が無く、恐れを感じた。夢は知らない場所であり、断片的であるが、ストーリーが進行しているように感じた。
あの人物が近づいてくるような気持ち悪さで、ぞくりとした。
かぶりを振って、夢を振り払い、視線を遠くに向けた。
空は、青く澄み渡っていて、白い薄雲が散り散りと風に流されていく。一陣の風が耳元をさらい、原野に砂埃を立てながら渡っていった。
見渡す限り水だという伝説の海はおろか、水の流れの影すら見えぬこの大地は、同じような殺風景がどこまでも続いていた。
この乾燥した風の流れ方だと、1~2日で砂嵐が訪れそうだった。
獲物をもう1,2匹仕留めないと食べるものに困りそうだ。キャラウェイはウサギを袋に入れて担ぐと、獲物を求めて山をさらに登り始めた。
時には野宿もするが、嵐前の下山を考えると、むやみに山を登っていくのは危険だ。
「はやく獲物が見つかるといいんだけど……」
半時ほどしたとき、前方の茂みに物音がした。息をひそめて目だけで追うと、それは鹿だった。
「しめた。大物だ」やっと現れた大物だ。逃してはならない。
音を消し、気配を殺して袋を地面に下ろした。背から矢を抜くと、狙いを定める。矢を放った瞬間、矢を受けた鹿は嘶いて走り出した。
キャラウェイの手が俊敏に背中と弓を往復し、矢を放つ。まもなくドサリと倒れた音がした。3本の矢が鹿の喉元と胴を貫いていた。
キャラウェイはウサギを入れた袋に固定していた傘のようなものを取りだした。留め具を外すと、弾けるように大きな浅い椀状になった。乾竹を割いて編んだ携帯用のソリである。その上に鹿を引きずって乗せ、固定した。大きい獲物の時はこれに乗せロープで引いて歩くのだ。
狩りで生計を立てているキャラウェイにとっては狩りのためにいろいろ工夫して道具を作ることが楽しかった。
「2匹目は大物だったな。今日はこれで帰ることにしよう」
キャラウェイは弓を担いで、荷物はみな椀に固定するとソリを引いて、山の斜面を下ってケモノ道に出た。それを下っていくと、やがて父と自分で整地した道に出て、20メートルほどで生垣に囲まれた小さな広場に入る。その広場の隅に小さな小屋があり、煙突から煙が立ち上っていた。
「ただいま、父さん、いる?」
キャラウェイは小屋の中に向かって声をかけると、返答をまった。間もなく窓の戸が開いて、ひげ面の男が顔を出した。
「おお!キャラウェイか。お帰り。今日の獲物は鹿か。すごいな」
そういうと、ひげ面の男は顔を引っ込めるとほどなくして、戸口から外へ出てきた。そして山の岩肌から染み出ている泉へ行くと大なべに水を入れ始めた。キャラウェイは外に作った釜戸に火を入れ、その前に腰を下ろした。
「天気が悪くなる前に、肉の処理をしてしまおう」
水を運んできた父がそういった。水の入った鍋を釜戸に乗せると、父も息子の隣へ腰をおろした。
「ねえ、父さん。今度の嵐は雨が降るかな?」
「そうだな……少しでも降ってくれないと、原野で生活している者たちはつらかろうな。ここのところ少しも雨が降らないからな」
「父さんは研究ができないしね」
キャラウェイは明るく言った。
「そうだな。雨雲を何とか作り出したいな」
父もニヤリと笑って答えた。
キャラウェイの父、オリビエは科学者だった。
研究と実験と称しては日がな小屋の中でごそごそやっていた。村々の要請で便利な機械などを作っては売っていたが、そもそも部品や材料が足りず、商売としてはうまくいかなかった。雨を呼ぶための研究費にも困る有様だった。
村や町の知り合いは「そんな研究は夢物語だ」と本気に受け取ってはいない。しかし本人は何とか雨を降らせ人々の暮らしが楽になれるようにと、大真面目であった。
大昔の滅びた文明の発掘物には、今では到底作り出せないような、巨大で複雑な金属の塊があったり、手に収まる金属の動く何か・・・などが多数出てくる。多くが黒焦げだったり、溶けて固まったりしているが、
「昔は神々のようなことを可能にする科学技術があったはずだ」
と、オリビエは信じて、発掘しては分解したり修繕したりしていた。
この世はもう数百年も微々たる雨と、細々とわき出る地下水だけしか水がなかったのだ。人々は神が守るといわれる井戸や泉など水源の周りに集まり、町や国を構成していた。
その数は十一。
水源にまつわる伝説は、この時代の子供なら誰もが聞くおとぎ話である。
そんな世界で、この家ではもっぱらキャラウェイの狩りと、運送の仕事で生活が成り立っていた。
日が暮れるころには今日狩りで得た肉は燻製小屋に入れることができた。
「父さん、明日の朝一番にグレス村へ運送の仕事へ行ってきます。父さんは山に行くんでしょ?」
キャラウェイの問いに、夕御飯をよそいながらオリビエは答えた。
「そうだ。朝には風が強くなり始めるだろうから、早朝に家を出るよ。キャラウェイ、嵐が来る前に帰ってきて家を頼む」
オリビエは息子を頼もしく見た。まだ若干一二歳の子供だが、実にしっかりしていると思った。
「父さんも気をつけて。嵐が本格的になる前に山小屋へついてね」
親子は暖かなランプの下で語らいながら夕飯を取った。
その後は明日に備え、早々に床へ入った。出来るだけ早起きして、風が強くなる前にやっておかなければならない事がある。グレス村から町医者への配達依頼だ。嵐だからと言って、薬が手に入らなければ患者や病人が困るだろう。
「父さんを見送ったらすぐ出発して、風がひどくなる前に帰ってこなくちゃ」
そう考えながら目を閉じた。この頃の寝不足もあってか、眠りに落ちるのは速かった。
ブラインドからまぶしい朝日が零れ入る。うつらうつらと光の陰影を目にしながら心地のいい白い布団に包まった。
ああ、物説いたげな視線が見えるのは何故だろう?
そう思った瞬間、何故か鳴り響く警報の中にいた。そして氷のように冷たく刺すような瞳と対峙していた。彼は言った。
「血の契約を……」
彼の白くて細い指が目の前に伸びてきて、自分が彼の心臓を掴んだという感覚と、彼の指先が左目を
「うわぁあああ!」
激痛を想像して悲鳴をあげた。目の前は真っ暗だった。全身に水を浴びたような汗をかいていた。
「キャラウェイ!大丈夫か?」
「父さん、目が!」
キャラウェイは夢中で父にしがみついた。
「目がどうしたんだ?見せてみなさい」
息子の尋常ではない様子に、さすがに慌ててオリビエはキャラウェイの顔を両手で挟んで見た。しかし何ともなっていない。
「キャラウェイ。何ともない様だぞ。痛むのか?」
言われた方も驚いた様子だ。
「僕の左目、なくなってないの?あれ?痛くない」
滝汗をかいたキャラウェイは左目を触った。 堅い寝台の上で、綿糸で編んだざらついた肌がけが手に触れ、我に返った。
「夢を見たんだな」
オリビエは優しく言って背中をポンポンとたたいてキャラウェイを抱き寄せた。
激しかった鼓動が落ち着き始め、夢と現実が冷静に考えられるようになった。
オリビエは立ち上がってテーブルのランプを灯し、台所でパンに肉を挟んだ。山羊の乳がすでにテーブルに乗せられていた。
「昨日の肉はしっかり燻製になっていたから、朝食にちょっと食べよう。風が出始めたようだから燻製小屋の火は消しておいたぞ」
父の言葉を背に、キャラウェイは夜明け直前のうす暗い外へ出て、泉へ顔を洗いに行った。柄杓で水を汲み、洗面台の手洗に水を入れた。顔を洗うと水が冷たかった。
こっちが現実だ。
あの窓からの日の光といい、白いフワフワの布団といい、実際の物のようだった。いや、それよりあの眼。あの人は一体何者だろう……。
「血の契約……」
男の目と指を思い出し、ゾクリと寒気が走った。
これは夢なんだ。いやな夢。キャラウェイは生々しい夢の記憶を振り払った。
「キャラウェイ、大丈夫か?」家の方から父親の声が聞こえた。
「ごめん。今行く」
夢の生々しさを振り切るようにキャラウェイは家に向かって走り出した。
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ルブリフォリア建国記 森川さわ @crown_of_violet
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