6.記憶の中で

「王に対する反対勢力はなかったのか」

 ――この男に真実を語るつもりは微塵もない。

「ありませんでした。反対勢力があれば、徹底的に排除されました」

 アイリスは全くの嘘をついていた。

 王に選ばれた者もいれば、選ばれなかった者もいる。しかし王になれなかった者にも支持者は必ずいるため、少なからず反対勢力も生まれていた。

 だがその結果、民に選ばれし王でも独占政治はできず、反対勢力はその後も議会などで王の監視役、牽制役として残ることがほとんであった。選挙に敗れた王の候補者が自ら国の中枢議会に残ることもまれではなかった。

 しかし、問題は常に話し合いで解決してきていた。

 初歩的かもしれないが、それがその国でもっとも大切とされていた信念でもあった。

 ――神は、言葉を聞く。

 ポリシアでの教えだ。

 他の意見を受け入れないものは決して国を率いることはできない。常に対話を望む。その倫理観がこの国が長く平和を保ってきた要因だとアイリスは思っていた。

 しかし、だから軍の強化が他国より劣っていた。科学の発達も遅かった。

 冬になると食糧危機に陥ることも多かったため、政治の興味は、人々の生活をいかに豊かにできるかであった。

 厳しい冬を乗り越えるために、信仰心が強まったともいわれていた。厳冬での食料確保、特に保存食の発達などは目覚ましいものがあった。

 ――でも、それでは国を守れなった。


「食べ物は北部ではどのように確保していたのだ? ある時を境に、北部での食糧難がかなり減ったと聞いている」

「わたしは、それなりに裕福な家に生まれましたので。食糧難にはあったことがありません」

 アイリスは淡々と答え続けた。自分でもこんなに流暢に嘘が付けるのかと、少し驚いていた。

 アイリスの言葉を真に受けているようには思えなかったが、何かメモをしていたルーカスの手がふいに止まった。

 ベッドに座らされていたアイリスの前に近づいてきた。

「これは、お前の国にいた者たちのために訊いているのだ。協力しなければ、それはその者たちのためにはならん」


「……どういうこと?」

 アイリスはルーカスを睨みつけた。脅すような言い方に吐き気がした。

「……お前の同胞たちは、この国に併合されたのだ。この国の民になったのだ。それしか選択肢はない。しかし、わたしは彼らをこの国の制度だけに縛り付けることはできないと考えている」

 アイリスの返事を待たずに続けた。

「例えば、お前だ。この国では女はみな同じ。料理、洗濯、掃除、子育て。家のことをして、あとは子を産む。名前すらみなほとんど同じなのだ。ユーリ、ソーン、ジュリア。大抵の女はこのどれかの名前だ。女は個性を持たない」

 アイリスは聞かされる話に耐え難い嫌悪感を覚えた。これほどまでの女性軽視の国に、今こうして自分がいることがおぞましかった。

「しかし、お前たちにそれを押し付けることはできないと思っている。例えばいい例が、お前だ」

 ルーカスは、アイリスが知る限り初めて饒舌に喋っていた。

「お前はどんな知識や技術を持っているか分からない。ここでは、女の身元など誰も調べない。みな同じだからだ。学歴も職歴もない。だからお前の素性も誰も知らない。しかし俺は、お前が馬鹿には見えない。少なくとも、自分の意思が強くあるように見える。……ある日突然、この国を覆すようなとんでもないことをする奴も現れるかもしれない。その芽を摘むためにも、わたしはこの国の制度を少し柔軟にする必要があると思っている」

 アイリスはルーカスが語った内容が、自身の全く予想していなかったものであったため、思わず驚きの表情を見せた。

 先ほどまでの嫌悪感は少し薄れていた。こんなのは詭弁かもしれない。

 けれど、この国の中にもそんな蹂躙の方法を本気で考える者がいるのか。アイリスはにわかには信じ難かったが、目の前にいるアンデの男は真剣に話しているように見えた。


「……わたしは、女性蔑視のこの国のやり方が本当にいいとは思えないところがある」

 話すかどうか少し迷った様子であったが、ルーカスは言葉を続けた。

「どんなに技術が発達しても、いつか限界が来ると思っているのだ……。その証拠にお前の国では、役所では女性の勤務者の方が多かったのではないか」

「役所は男女同じくらいの割合でした、けれど、医者に関しては……女性の方が多かった。細かなことに気が付くのは女性の方が得意な人が多かったから。研究を進める学者にも女性が多くいました。逆に子どもに関する仕事は男性が従事しているところも多くありました。教育の現場に男性の気質が合っていたのかもしれません」

 アイリスは思わず、故国の事実を話していた。ルーカスが思わず口元を緩めていた。

「やっと、本当のことを話したな」

 アイリスは慌ててルーカスから目を離した。

「併合された事実は変わらないのだ。だから、これからはこの国で、どうやってお前たちの国の民を生かしていくのか。それを考えるべきではないのか」

 そのルーカスの言葉は、固く閉ざしたアイリスの心を少しだけ開いていた。

 

 この者たちに併合されたという事実は変わらない。

 それが今の現実である。それなら、そこからどうやって生きていくかを考えていかなければいけないのか。

 アイリスはしばらく自問していた。

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愛の国ー終わりと始まりー @Chinatsu_

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