5.記憶の中で
ルーカスにありとあらゆることを話すよう言われた翌日、アイリスは朝から雑用を
こなしていた。
ルーカスの住んでいた屋敷はとにかく広かった。彼の父親はこの国の要職についていたため、それ相応の財力のある家であった。
ルーカス自身も軍部に所属していた。隣国ポリシアとの戦争が終わった後は、政府中枢にある軍部戦略室に勤務していた。
戦時中は軍部の中でもエリートが集められていたという特殊部隊に所属し、その中でも小隊を任され指揮官としての力を発揮していた。若いながらもその才能を見込まれ、ポリシアとの戦いに勝利した後、政府軍部のポリシア統治戦略室に配属となった。
残りの抵抗勢力の排除と、この国がこれからどのようにポリシアを統治していくかを考えるのが、今の彼に課せられた主な任務であった。
しかし、抵抗勢力の排除についての作戦を考えるよりも、これから敗戦国を併合し、統治していくことの方が難しかった。そのため、ルーカスはいつしかその方針を考える仕事にかかりきりになっていた。
敗戦国となったポリシアの人々は勤勉で真面目な国民性であったが、長く寒い冬の季節を乗り越えるため、人との繋がりを大事にする明るく社交的なところもあった。
しかし宗教心が強かったため、表面上は従順で温厚に見えても心の内にはいつまでも燃える復讐心を抱いている、神のためにすべてを投げ捨てる覚悟がある、という心の中の強さが見え隠れすることにアンデの人々も気づき始めていた。
一方ルーカスたちアンデの人々には、宗教信仰があまりなかった。その分、科学の発達が進んできていた。
それがこの戦争に勝利できた大きな理由でもあった。そして温暖な気候で農作物には恵まれたが、科学の発展に伴う鉄鉱石などの資源が不足していた。
――それがアイリスたちの国を狙った最大の理由であった。
北の大地のポリシアでは、多くの鉄鉱石が採れるのであった。
女性蔑視の風潮が昔から色濃いこのアンデの国では、アイリスのように賢い女性の台頭というのが目障りであった。
強い男が国を支配する。その考えが守られるべきものと根付いていた。
アイリスは戦禍の中、アンデ軍に捕らえられアンデ国内に連れてこられた。今はこのルーカスの一家が住む屋敷で下女として働かされていた。
雑務をこなすのは苦にならなかったが、この国の女性を蔑視し雑用係と夜の相手としか見ていないような文化に、心底嫌気がさしていた。
この国の男たちのために働いていると思うと虫唾が走った。
しかし、確かにルーカスの言葉は的を得ていた。
あの男一人を捨て身で殺したとして、なんの得になるのか。誰が救われるのか。
自分らしくない、感情に捉われた短絡的な思考だと思った。
それでも、戦争での悲惨な光景はアイリスに感情的にならずにはいられないほどのトラウマを作っていた。
雑巾を握る手に自然と力が入る。
家族の行方がわからなくなり、恐らく父が戦死しただろうと知った時、心が引き裂かれる程に辛かった。
そして王を殺されたと知った時、国が終わったと思った。
ポリシアは、王が選挙で民に選ばれる不思議な国であったのだ。昔は神の啓示で、宗教省がトップを指名していた時代もあったという。
しかし、神の意思は人々の中にこそあると、徐々に国民がトップを選ぶことになっていったのだ。王という呼び名ではあったが、それは紛れもなく民が選ぶトップであった。
それゆえ、みな王への親しみも愛着もあった。
その王が斃された時、人々は希望を失った。首都が攻撃され、王宮が炎に包まれた時、完全に暗闇に放り投げられた気分であったのだ。
――光がなくなった。
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