4.記憶の中で

「アイリスは、どうしてそんなにまつりごとに興味を持っているの?」

 彼はそう言って優しく微笑んだ。

 ――大学の講義室。

 授業が終わって教授に質問したアイリスは、熱心にノートに教授から聞いたことを書き留めていた。

「どうしてって?」

 ペンを走らせるのを止めたアイリスは、青年の問いの真意を理解することができずに、少し怪訝そうな瞳で訊き返した。

「だって、信仰のもとでは政さえも神の意思のもと決定される。実際に占いで大切なことを決める政治家もたくさんいる」

「彼らは本当に占いを信じているの?自分に都合のいいことだけを信じているので

はないの?これは神の示した啓示である、なんて言えば、なんの根拠もないことが急にそれらしく聞こえる。これだけ信仰心が強い国では、民は信仰心の篤いリーダーというだけで支持する。でも……」

 アイリスはそこで少しため息をつく。

「でも、何?」

 青年は先を促す。

「でも、それはとても危険なことではないかしら?物事にはきちんと根拠や理論がないと。宗教に根拠がないとは言えないけれど……わたしは、盲目的に何かを信じることができないし、そもそも、神が理由もなく啓示を与えるとは思えない。神だって何かを示すのであれば、そのための理由があるはずよ。神が誰かを殺めることを認めたとしたら、理由もなくそれには従えない。何か理由を教えてくれないと」

「つまり、アイリスは神様にも根拠を示して啓示を授けろ、と言うわけだ。ほんと大した奴だな。君は」

 青年はそう言って笑い始めた。

「ひどい!人が真剣に答えてるのに!」

 アイリスは青年の顔を見ながら怒った。

「ごめんごめん。君のその強さが好きだよ」

 そう言って、アイリスの頬に軽くキスをした。


 その青年、ランダはもうアイリスの隣にはいない。

 恐らく戦闘に巻き込まれたのだ。

 アイリスはもう何か月もランダの悪戯っぽい声や瞳を見ていなかった。

 大学で一緒に勉強した日々や、卒業して同じく政府の部署で働き始めて仕事のことを相談した日々が、もう遠い遠い過去に感られた。

 いや、遠く押し流された過去であることには間違いなかった。

 あの大学も、政府の主要な建物も、ほとんどが戦争によって破壊されたのだから。

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